第30話 《剣聖》
アンネとヴァンが緊張する。特にヴァンの反応は激烈に近かった。
本能的に脅威を覚えたか、戦意を剥き出しにして飛び掛かる寸前までいった。辛うじて俺の目線での牽制が通じたけど。
ちょっぴりハラハラしつつも、俺はため息をつく。
「って、いつまで猫被ってんだ?」
辟易しつつ言うと、《剣聖》は顔を上げてからぺろっと舌を出した。
悪戯っぽい笑顔に悪意はない。
「ちぇ。ちょっとは芝居に付き合ってくれてもいいじゃんかよ」
「なんの芝居だよ、なんの」
「ほら。あたしって見た目から清楚な聖騎士って感じじゃん? だから厳かで品性の高いキャラを演出しようかなって」
自分のことを指差しながら《剣聖》は明るく語る。
こ、こいつは……。
「いやそれ、本性知ってる俺にやってどうすんだよ……」
「あっ。」
「アホか」
頭痛がする。
こめかみを押さえながら、俺はまた盛大なため息をついた。あーもう、やる気が萎えた。
明らかに脱力する俺の裾を、アンネがそっと引っ張ってきた。
「あ、あの、勇者さま?」
「うん? あー、大丈夫。こいつは敵じゃねぇよ」
戸惑う様子のアンネの頭を撫でつつ、俺は苦笑した。
勇者パーティ最後のレギュラーメンバー。それが今目の前にいる《剣聖》だ。
どっちかというと剣鬼とか狂戦士(バーサーカー)って表現する方が正しいけど。
ともあれ、剣の扱いに関してはピカ一、性格はざっくばらんのあっけらかん。嫌いなものは嫌いってハッキリ言うタイプ。ステレオ型の江戸っ子ってとこか?
知らんけど。
そんな性格からか、俺が勇者パーティから追放するのを最後まで抵抗してた唯一の人物だ。
で、俺が追放されるのと同時にパーティと別行動を取って行方知らずになっていた。
「つか、なんでここにいるんだよ。てっきり新大陸へでも殴り込みにいってると思ってたけど?」
「ああ、うん。あたしも新大陸いこうと思ってたんだけどさ」
マジで計画してたんかい。
「でも色々とややこしくてさー。シェリルとかがいれば別だったんだろーけど、連絡とかするのも胸糞悪いから。結局テキトーにぶらついてそこら辺の奴ら薙ぎ倒してたんだよ」
薙ぎ倒すな。辻切りかお前は。
目線で咎めるが、《剣聖》に反省する様子はない。というか伝わってない。
「で、なんか知らんけど町の代表権利があたしに回ってきたんだよ。気になって確かめたら、シェリルは再起不能になってるじゃんか。しかも《英雄》は行方不明。《大魔導師》に至っては闇堕ちしたっぽいし」
そう聞かされると、勇者パーティ壊滅してない? いやしてるよな? これってかなりヤバい気がするんだけど。
勇者パーティがこぞってダメになったら、どうなるんだ?
いや、外聞的にかなり悪いよな。
どうしたもんか……。いや、どうしようもないけど。考えてなかったし、ほとんど自滅したようなもんだし。
そも勇者パーティは多国籍軍みたいなもんだし、壊滅したからって王国の評判がガタ落ちするワケじゃないしなぁ。
「で、あたしにお鉢が回ってきたってワケ」
めんどくさそうに《剣聖》が呆れた。
「ま、お前は単独行動取ってただけで勇者パーティからは除名されてないからな」
「とっとと除名してくれて良かったんだけどさ」
「お前を除名できるパーティメンバーなんていないだろ」
俺はジト目でツッコミを入れる。
実力だけで言えば、俺に次ぐ強さなんだからな。ついでに言えば着火点が低い。あっさりブチギレるし、暴れ出したら手がつけられない。
聖騎士なんて身分だけど、全然聖騎士っぽくない言動なんだよな。むしろよくクビにならないよなって思う。
……皇女だからなんだけど。
ただ、これを口にしたら俺もぶっ飛ばされるので言わないけどな。
「けど、あたしが代表だなんてさぁ……」
「なった以上はやるしかないだろ。別に面倒見は悪くないんだし、適性はあるんじゃね?」
「テキトー言わないでよね。早くもうんざりなんだから」
がっくりとうなだれて《剣聖》は頭を抱えた。
「すんごい陳述書の数なのよ」
「だろうな。シェリルの頃からメチャクチャだったし」
その上でスラム街の住民が全員出ていったのである。
人口が急激に下がると、町のレベルが下がるし、空っぽになったスラム街は治安が最悪になる。確実に良からぬものが入ってきてるはずだ。
「あたしじゃ無理。だからさー、勇者に戻ってきて欲しくて」
「俺に?」
「そ。あんたなら上手くやれるだろうって思って」
「けど、今の俺は新しい町の代表だ。今更無理だって」
「うん。どうやらそうみたいね」
あっけらかんと《剣聖》は言ってから、苦笑した。
「すっかり落ちぶれたって聞いてたし、実際かなりボケまくってたはずなのにね。すっかり更生しちゃったみたいじゃん?」
「あのなぁ……いや、言えないけどさ」
「でしょ? ヒドかったもんね」
なんでそんな軽々しく言うんだ。
確かに《怠惰》の影響が強い頃は、本当にダメダメだったけど。
「まぁどうして立ち直ったかはまた聞かせてもらうとしてさ」
「うん?」
「あたし、あんたの町の住民になる」
「おっと待て。それは待て。お前、町の代表は?」
「辞任する」
即答されて、俺は顔をひきつらせた。
「お前、辞任って、誰に任せるんだよ」
「え? だっているじゃん。二軍にちょうど適任たちがさ」
二軍って。言い方。
俺はツッコミを入れそうになって、思い至った。あいつらか。
勇者パーティには、レギュラーメンバーとサブメンバーがいる。
なのでメンバー全員だと結構な大所帯なのだ。
ちなみにサブメンバーは、レギュラーメンバーに何かの事情があったり、彼らの方が適切だと判断したらパーティに同行してもらってたメンバーたちだ。
ほとんどワンポイントで使うことが多かったし、実力だけを言えばレギュラーメンバーには一歩も二歩も劣るんだけど、気の良い仲間たちだ。
「アンディとエレナ……《賢人》と《魔導師》だな?」
「あ、最近ちゃんと《賢者》と《大魔導師》になってたよ? 久々に鍛えてやろうと思って立ち寄ったら、教えてくれた」
「へぇ、そうなんだ」
頑張ってるんだな、あの真面目純朴二人組。
俺の中ではさっさとくっつけばいいのにランキングトップの二人である。幼馴染だし、お互い尊敬してるし。
「で、その二人に押し付けようかなって」
しれっと言うんだよな、こいつ。
「あのなぁ……いや、確かに俺も適任だと思うけどさ……」
「でっしょー! じゃ決まりってことで。早速押し付けるとするわ。で、そっちの住民にして? ついでにパーティに入れてよ」
「ついでかよ」
「だってー、今はまだ楽しそうってだけだもん。なんか小娘に純血の吸血鬼なんてパーティ組んじゃってさ。何するつもりなのかなって。話聞かせてよ」
「《剣聖》……」
すると、ちっちっち、と指を振る。
「称号で呼ぶのやめてよね。あたしはマルチナでしょ?」
また悪戯っぽく、白い歯を見せながらマルチナは笑った。
ああもう、勝てないな、こいつには。
俺は後頭部をがりがりしながら、アンネとヴァンを見る。
「こ、これは……強力なライバルっ……」
「いやに勇者ちゃんと馴れ馴れしいじゃないの……これが過ごしてきた時間の差ってヤツなのね。見せつけてくれるじゃないのっ」
「おい。お前ら何言ってんだ。」
なんか変な方向に脅威を感じてるっぽい二人に、ジト目でツッコミを入れる。
「で、でもここで拒否したら器の小さい女になっちゃう……! 勇者さまに幻滅されちゃうかも……!」
「ふっ。時間がものを言うなら、千年は軽く生きてる私の方に分があるはずよ。いいわ、その勝負のってあげるっ!」
いや、だから、ね?
何に対して対抗心燃やしてんの?
と、とりあえず異議なしってことで。
俺としても本音は助かる。
何せマルチナは《剣聖》だからな。この上なく頼りになる戦力だ。
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