第26話 《夜の王》の力と《大魔導師》の本性

 鈍い音が地面から響く。

 夜よりも深い闇が蠢き、《英雄》が包み込まれた。


「――《浄化》《展開》《ダブル》っ!」


 すかさず抵抗を始めるが、闇はびくともしない。

 《英雄》は舌打ちをしつつ、剣を抜いて光を宿した。


「《閃光》《拡散》《展開》っ!」


 光のシャワーが放たれるが、やはり闇に吸収されてしまう。


「《浄化》《爆轟》《暴風》っ!」


 次に《英雄》は浄化の一撃を爆発させた。

 強制的に周囲を清らかな力をばら撒くが、やはり闇に呑みこまれてしまう。

 さらに《英雄》は抵抗を続けるが、全て打ち砕かれた。


「そ、そんなっ……!」

「やだ、そんな抵抗しないでよ。嗜虐がくすぐられるじゃないの」

「くっ……!」

「格言を思い出した? 夜の世界で夜の王に手を出すんじゃないってね? いっとくけど、今の私に手を出せるのは、夜よりも深い闇の王か、三冠スキルを全力にした勇者ちゃんくらいのものよ」

「ちっ……《転移》っ!」


 不利を悟った《英雄》は逃げの一手を打つ。

 だが、あっさりと《転移》スキルがキャンセルされる。


「嘘だろっ……転移禁止!?」

「あーらイヤだ。それでも勇者パーティなの? 《デスティネーションチャンバー》の効果はスキルを超えるのよ。そうね。ギフトであれば対抗できるかもしれないけど?」


 しかしギフトに《英雄》はない。

 ぎり、と歯軋りをしながら、《英雄》は息を吸う。

 意識を集中させ、剣を構える。


「あら、差し違えるつもりかしら? いや、違うわね」


 ヴァンはすぐに意図を察した。


「確かに、私は今片腕を失っているわ。このまま直接仕留めようとすれば、隙がどうしても生まれる。容赦なくカウンターを叩き込むつもりね?」


 剣を構えたまま《英雄》は答えない。


「なるほど。確かに私は最初、君を直接倒そうと肉弾戦を仕掛けたわ。私の可愛い眷属ちゃんが操られてる状態だったからね。でも、今は違うわ」

「……何?」

「接近戦を挑む理由なんてどこにもないわ」


 ず、と、鈍い音を立てて闇が迫っていく。

 だが《英雄》は動揺しない。

 闇ならばスキルで追い払える自信があるからだろう。


「けど、接近戦を挑むしかないぞ」


 ヴァンは泰然として微笑んだ。

 分かりやすい心理戦に乗っかるつもりはない。


「あら。忘れてない? 私は夜の王。しかも純血の吸血鬼ヴァンパイアよ?」

「何を──」


 言いかけた刹那、《英雄》の足元からいきなり青白い腕が出現し、《英雄》の両足を掴んだ。

 驚愕しつつも剣で振り払おうとするが、一斉に地面から無数の腕が飛び出して《英雄》の腕さえ掴み取る。


「ちいっ! 舐めくさりやがって! 《浄化》《循環》《放出》っ!」


 一瞬の力を放ち、聖なる力が腕を壊す。

 だが、それだけで十分だった。

 次々とコウモリが縦横無尽に襲い掛かっていく。不意を突かれた《英雄》は次々と切り裂かれるが、諦めはない。

 ギラリ、と目を光らせた。


「《真空》《増殖》《トリプル》――《展開》っ!」


 その反撃に、ヴァンが驚愕する。

 スキルの四重展開。凄まじい力を発揮すると同時に、恐ろしいコントロールを必要する。


 ――まさか、ね。さすが勇者パーティと言うところね。


 内心で感心しつつ、ヴァンは野蛮の笑みを浮かべる。

 直後、無数の真空の刃がコウモリを切り刻んでいく。

 凄まじい勢いで血が飛び散る。


「《英雄》を、なめるなよっ!」

「いいえ? なめてないわよ」

「なんだと?」


 怪訝になった《英雄》へ、ヴァンは笑みを浮かべる。


「あなたが今斬り捨てたのは、あなたの力の源よ?」

「――しまった! 力がっ!?」


 気付いた《英雄》が叫ぶ。

 いきなり脱力感を覚えたか、そのまま落ちた。


「私の眷属たちは確かに一度、あなたに奪われたわ。そして私が取り戻した。でも、あなたにもたらした《英雄》の能力による恩恵まで奪われたワケではないわよ?」

「くっ……!」

「つまり、今のあなたは自ら力を削いだのよ。けどそれだけじゃないわよ?」


 降り注ぐ血の雨を浴びながら、ヴァンは微笑む。

 力が沸き上がる。

 血が凝結し、ヴァンは一気に吸い込み、腕を再生させた。


「なっ……」

「私にとって最高の栄養源は血そのものよ。それが例え、眷属のものであってもね?」


 これだけの量の血があれば、ヴァンは更なる力を得る。


「くっ、負けるかよっ!」

「負けん気の強さは認めてあげるわ。それに免じて、命を奪うのだけは押しとどめてあげる。でもね……」


 ヴァンの姿が消える。

 すかさず《英雄》が気配を探るように緊張させるが、反応が鈍い。

 ヴァンは息つく暇も与えない素早さで、《英雄》の真正面に立つとその拳を腹にめり込ませた。


 ずん、と鈍い音。


 衝撃が完全に貫通し、《英雄》の顔が大きく歪む。

 さらに一撃を放ち、肋骨をへし折る。さらにフックが《英雄》の側頭部を捉え、大きく吹き飛ばす。


「かはっ……!」


 ぐらり、と、《英雄》の姿勢が大きく傾ぐ。


「勇者ちゃんの命を狙った罪はたっぷり償ってもらうわよ。その肉体でねっ!」


 ヴァンは《英雄》に倒れることも、気絶させることも許さない。

 絶妙に力加減された一撃が、また《英雄》の顔面に直撃した。



 ◇ ◇ ◇



 全方位からの攻撃。

 巨大な盾を構えるアンネからすると、一番防ぎようがない攻撃だ。《大魔導師》も一目で看破したからこそ、全方位攻撃を仕掛けたんだろう。

 まったくもって食えない。


「《シールド》っ!」


 アンネは素早くスキルを発動させる。


「――《ヘキサゴン》っ!」


 さらに二重展開!

 って、いつの間に覚えたんだ!? いや、スキルを使い始めたのもつい最近だろ!


 マキアとヴァンに教えてもらったのも知ってるけど……


 ガチで才能がないと不可能だ。

 目を見開いて驚く間にアンネのスキルが展開され、半透明の盾が全方位に出現する。

 それは次々と襲いかかる木の破片を防いだ。


「あら。思ったより素晴らしい腕ですね」

「これくらいっ!」

「新しい勇者の相棒という矜持かしら? でも、所詮は付け焼刃に過ぎないわ」


 ゆらり、と《大魔導師》が腕を広げる。

 同時に魔法スキルが展開された。


「《雷神》《迅速》《破砕》」


 雷系かっ!

 叫ぶより早く、いくつもの雷がアンネの盾を襲う。

 光の直後、凄まじい轟音が響き渡る。

 衝撃が全身を痺れさせる中、半透明の盾が崩壊した。直撃だけは避けたけど、さすがに厳しいなっ!


 素早くアンネが立て直そうとする。


 だが。《大魔導師》の攻撃の方が早い。

 一瞬の隙も無く、スキルが展開された。


「《氷冷》《弾丸》《爆裂》っ!」


 次々と周囲の水分が凝固し、氷の弾丸となってアンネの真正面から襲い掛かる。

 慌ててアンネは盾を構え、氷の一撃を受け止める。

 次々と氷が張り付き、次の氷が着弾すると爆裂して衝撃を与える。


「ぐううっ!」


 アンネは歯を食いしばりつつ必死に耐える。


「アンネ、大丈夫か?」

「大丈夫、ですっ!」

「あら、耐えるのね。じゃあ――」


 《大魔導師》の攻撃は止まらない。

 また全方位からの攻撃が襲い掛かり、アンネがスキルを展開してなんとか防御する。


 ――ん?


 何か、おかしい。

 違和感がある。なんでだ? どうして? どういうことだ?

 どれもこれもギリギリでアンネが耐えられている。間違いなくアンネの技量が高いおかげだが……。


「あらあら、頑張るんですね」


 余裕そうな表情を浮かべつつ、《大魔導師》は次の手を使う。

 またスキルの雨が降り注ぎ、アンネは苦悶しながら我慢する。これじゃ厳しい。じわじわと削られていく感じだ。


 ……いや。これが狙いかっ!


 俺は察する。

 《大魔導師》は、アンネを疲弊させることが目的だ。

 理由は単純だ。

 気付いてるんだ。《大魔導師》はアンネがいないと俺が力を発揮できないって! それで、アンネだけを削るつもりなんだ。

 《大魔導師》が本気を出せばもっと猛攻を仕掛けられるだろう。でも、それだと攻撃間隔も広くなるし、《大魔導師》も大きく疲弊してしまう。

 だから、スタミナ消費の少なく、隙のない絶え間ない攻撃を選んだんだろう。


「まったく、本当に食えないヤツだな」

「あら、狙いに気付きました? でも、どうすることもできないでしょう。もうあなたは、私の術中にハマったのですから」


 確かに、この攻撃を続けられたらどうしようもない。

 けど、手がないワケじゃない!

 俺が思い至ると同時に、《大魔導師》がスキルを放つ。


「アンネ、代わって!」


 正面からの攻撃だ!

 俺は即座にアンネの盾を譲り受ける。そのまま必死に魔法を耐えようと身構えた。

 分かってる。《大魔導師》はアンネを削るのが目的だから、攻撃方法にパターンがある。

 それを読み切れば、次の一撃を俺が受け止められるかどうか判断がつく!


「――まぁ、そうでしょうね?」


 微笑みが、炸裂した。


「あなたが考え付きそうな作戦ですわ」


 って、読まれてる!?

 衝撃を受けた瞬間、《大魔導師》はその掌を見せつける。


 あれは……!? 《闇の波動》じゃないか……!

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