第25話 《英雄》と《大魔導師》

 奇襲型の電撃戦。

 夜に紛れて相手の虚を突くのは常套手段だ。


 でも、相手はあの《英雄》と《大魔導師》だ。


 当然警戒網はしいてくるだろう。特に二人の探知スキルは大したもので、勇者パーティじゃ何度も助けられた。

 あれを突破するのは簡単じゃない。

 いや、無理だ。俺でも気付かれると思う。そりゃスキルを全部展開したら隠密はできるだろうけど。

 それを話したら、ヴァンは微笑んだ。


「あら。確かにそうかもしれないけど。でも――夜は私の領分よ。負けるワケないでしょ」

「ヴァン!」

「さすがに二人を相手どるのは無理よ? そうね……相性から見て、《英雄》ちゃんかしらね?」

「……ヴァン、お前……」


 思いっきり疑いの目を向けると、ヴァンが睨んでくる。


「失礼ねっ! 浮気なんてしないわよ! 私は勇者ちゃんにくびったけなんだから!」

「それはそれでどうなんだ……?」

「とにかく! ま・か・せ・て。《大魔導師》の方は頼んだわよ」


 ウィンクを一つして、ヴァンはコウモリに変化した。


「い、いっちゃいましたね」

「まぁ、確かにあの二人を一緒に相手取るのは俺もイヤだったけど」


 あの《大魔導師》もシェリルと同じ後衛型だけど、実力は段違いだ。

 それに《英雄》との相性がいいし、息もぴったり。


 ペアにさせたらシャレにならん。


 俺も全力を出せば勝てる。

 けど――それは周囲を一切考えない場合に限る。それこそ森ごと吹き飛ばすというか、そんな感じで。


「勇者さま……」

「よし、やってみよう。あの《大魔導師》は広範囲爆撃も容赦もなく仕掛けてくるからな。こっちから仕掛けるのは賛成だ。ちょっと苦労かけるぞ」

「はいっ」


 アンネは自分の胸を叩いた。

 俺は即座に頷いて動く。森の奥へ突っ込んでいくと、ヴァンの眷属が現れた。

 俺たちを包むようにしつつ、道も先導してくれるようだ。ヴァンの支援だな、これ。助かるぞ!


「これって……」

「ステルス効果があるな。慎重に近寄……」

「《閃光》《バースト》《シャワー》」


 俺の言葉を遮って、光が迸る。

 瞬間的にアンネが前に飛び出して盾を構えた。刹那、シャワー状になった閃光が降り注ぐ。


 凄まじい衝突音が立て続けに響き渡る。


 アンネも苦悶の表情を浮かべつつ、徐々に押されていく。

 さすがの破壊力だな。

 けど、アンネを貫通するのは不可能だ。


「――あら、随分と固いんですね」


 森の中から姿を見せたのは、他でもない《大魔導師》だ。

 ちっ、逆に不意打ちしてくるとは。

 さすが食えない女代表ってヤツだな!


「《念動力》《範囲》《展開》」


 考える暇はない。

 閃光のせいで周囲の木々がボロボロにされたのを、サイコキネシスの影響で持ち上げてくる。


「これは、全方位攻撃っ……!?」

「とっとと済ませたいので」


 仄かな笑顔を浮かべ、《大魔導師》は怒った。



 ◇ ◇ ◇



「《英雄》――思ってたよりヤサ男なのね?」


 森の中で、ヴァンは暗闇の中に紛れながら声をかけた。

 同時に《英雄》が剣を抜き構える。

 一気に迫力が増し、周囲に威圧が放たれた。周囲がざわめくが、ヴァンは揺るがない。


「そう怖がらないで。大丈夫」


 ゆらり、と、陽炎を伴いながらヴァンは姿を見せる。

 その筋骨隆々な姿と迸る魔力に、《英雄》も身構えた。さすがに純血だと一目で見破ったらしい。

 そんな《英雄》に向けてヴァンは舌なめずりをした。


「あなた、そこまで好みじゃないから」

「どういう基準だよ。っていうかお前誰だ」

「勇者ちゃんの恋人よ?」


 挑発的に言うと、《英雄》は顔を歪めた。


「えっ」

「あ、ちょっとマジな反応やめて? 後で勇者ちゃんにバレたら私たぶん全力で浄化昇天させられちゃうから」


 慌てて訂正すると、《英雄》は目を細めながら呆れた。


「どっちにしろ、仲間ってことなんだろ?」

「事実ね。仲間よ?」

吸血鬼ヴァンパイアなんて仲間にするとか……魔に落ちたのか? なるほど、だからあの力か。勇者はどうするつもりだ。魔王にでもなるつもりか!」

「むしろ逆なんだけどね。それに、私は彼に惚れ込んで仲間になったけど、別に魔性に惹かれたワケじゃないわよ。私、強いオトコが好きなの」

「あっそ。どうでもいいや。一つ、勇者を追い詰めるネタになったからな!」


 言質を与えたらしいヴァンは目を細めた。

 静かに怒りを抱きながら、ふわりとマントを広げる。


「あら、それは大変。悪いけど手加減できなくなっちゃった」

「おいおい。舐められたもんだな。この《英雄》が簡単に倒せると思ったら大間違いだぞ!」

「やってみなさい?」


 ヴァンが余裕を見せながら、周囲から眷属を呼び起こす。

 一気にコウモリが襲い掛かるが、《英雄》に油断はない。


「夜の世界なら、お前が有利だって、そう思うのか?」

「――うん?」

「《英雄》の力をなめるなよっ!」


 瞬間、《英雄》が光を放つ。

 同時にコウモリどもの動きが止まった。ヴァンはすぐに違和感を覚えた。


「眷属のコントロールが……?」

「これが《英雄》の力だ!」

「眷属の力を奪う? まさか、支配権の上書き……? なるほど? その上で、周囲からの支持を得て自分を更に強化していくってわけね」


 強大化した《英雄》の威圧を肌で感じ取り、ヴァンは微笑む。


「さぁ、滅びろっ! 《浄化》《範囲》《ダブル》っ!」


 即座に《英雄》がヴァンの弱点を突いてくる。

 清らかな光が暗い森を照らし、致命的なダメージをヴァンへ与える寸前だった。


「《借景》《拘束》《展開》」


 出現したのは、闇だった。

 それは一瞬にして光を飲み込み、消滅させる。

 浄化の力が消え去り、《英雄》が驚愕に絶句した。すかさずヴァンが奇襲を仕掛ける勢いで肉薄した。


「うぅっ!」

「接近戦で、愛し合ってみる?」

「なめるなっ! 《剣技》《絶技》《浄化》っ!」


 剣に光が帯び、凄まじい剣閃が駆け抜ける。

 光の残滓はあっという間にヴァンを切り刻む。

 だが、そのヴァンは陽炎のように消え去った。


「――なっ!?」

「夜の王を舐めすぎじゃないかしら」

「なめんなっ! その程度っ!」


 背後に回り込んだヴァンに、また鋭い一撃が走る。だが、ヴァンの方が速い。 

 一瞬で潜り込むと、その脇腹に痛撃を浴びせる。


「がはっ!」


 身体をくの字に曲げ、《英雄》が崩れ落ちる。

 ヴァンはすかさず顎を殴り上げて空中へ打ち上げた。


「あなた程度の光じゃ、夜を照らすことは不可能よ」


 ヴァンがトドメを刺そうとして――その腕を《英雄》が掴んだ。同時に光が迸る。


「――っ!」


 爆音。

 光が明滅していく。ヴァンは一瞬の判断で腕を自ら切り離し、すぐにその場から逃げ出す。

 激痛が駆け抜けるが、すぐに忘れた。

 《英雄》は苦痛の表情ながら片腕を消し炭にして、また剣を構える。その動きには鋭さしかない。

 辛うじて着地したタイミングを狙って、《英雄》が襲撃を仕掛ける。その剣にはまた光が宿っていた。


「誰が夜を照らせないだと!? 夜の王気取りがっ!」

「あらあら」

「仲間に食い殺されるがいいっ!」


 《英雄》の指揮に従って、ヴァンの眷属たちも襲い掛かる。

 その牙は鋭く、まるで弾丸のようにヴァンを狙う。


「あらあら――本当に舐めすぎよね」


 ヴァンの目が細くなる。

 直後、眷属の動きが止まる。直後、一瞬にして軌道を変えて《英雄》へ一斉に切りかかる!

 完全に不意打ちを食らった《英雄》は、次々と切り裂かれた。


「ぐはっ!? 支配が、解除されたっ!?」

「当たり前だ」


 ヴァンの声が低く怒りに染まる。


「才能――勇者ちゃんは《デスティネーションチャンバー》って言ってたかしらね。私にもあるのよ、もちろん」

「何……っ」

「――《夜の支配者》」


 ヴァンが力を発動させる。

 瞬間、《英雄》の周囲が――森が闇に包まれた。


「これはっ……!?」

「夜の王の力、見せてあげるわ」


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