第24話 電撃戦

「う……」


 しきりに身体を揺すられる感覚の中、俺はゆっくりと目を覚ました。

 目の前には星空が広がっている。

 なるほど。

 どうやら夜まで寝ていたらしい。まだ身体がダルいのは、回復しきってないんだろう。


 どうやらワラを敷き詰めた荷車に乗せられているらしい。


 自分の周囲を確認していると、すぐにアンネが顔を覗かせてきた。


「勇者さま」


 有無を言わさず気付け薬を飲ませてもらう。

 むせ返りそうになるのを我慢しながら、俺はゆっくりと起き上がる。


「今、街道を突き進んでるところよ、勇者ちゃん」

「そうか」


 つまり成功したんだな。

 スラム街の人たちを説得して移住してもらう作戦。

 正直、スラムっていっても愛着はあるだろうから、成功するか分からなかったんだけど……。

 気配を探ると、結構な数がいそうだ。


「どれくらい付いてきてくれたんだ?」

「全員よ」

「マジか」


 俺は思わず言ってしまった。

 いやだって。まさか全員って!


「当たり前だと思うけど?」

「勇者さまはスラム街の英雄ですからね。シスターだって助けてくれましたし」

「はい。この命は勇者さまあってのものです」


 同調するように、シスターが声をかけてくる。同じ荷台で寝ていたらしい。

 よかった。顔色はちょっとマシだな。


「シスターは今やスラム街の聖母であり顔役なのよ。そんな彼女が勇者に一度ならず救われたと語り、声を尽くしたんだから。ついてこない住民なんていないってことよ」

「それは嬉しいけど、決して楽な道じゃないぞ」


 当然、子供もいるし、年寄だっている。

 そも、いちから町を作るって大変な重労働だ。家だって作らないといけないんだし。


「それでも、スラムで暮らすよりはマシだと思ったんです」


 シスターの表情は真剣だった。 

 確かに迫害を受けてたからな……。

 どれだけ頑張っても収入は増えないし、認められないし。お互い痛みを分かち合って肩を寄せ合ってみんな生きてきてるって感じがする。

 だったらいっそ新天地に、か。


「それに勇者さまが作る町なら、きっとステキだろうって」


 う、地味に期待されてる。

 確かに《デスティネイション・フロンティアサーガ》じゃあ町づくりは割と簡単なのにやり込み要素が多くて、徐々に覚えていくうちに本格的っぽい感じになるからハマりまくったんだけどさ。


 ただ、町づくりだけで言うと、俺はトップじゃない。


 あくまで攻略班――(※ただしソロ)としてはトップだっただけだ。

 他の人たちとかがアップしてた動画見ると、面白い造りばっかだったんだよな。あそこまではさすがにな……。


「あまり期待しすぎないでくれな」


 俺は苦笑しながら言いつつ、そっと星空を見上げる。

 この景色は最高なんだよな。

 満天とはまさにこのことってくらい綺麗だ。


 俺はそっと見上げつつ――気配に気づいた。


 なんだ?

 何かが、飛んでる? あれは――偵察ワシ!

 夜空に紛れて飛んでる! こんなところを? って、あの動き方は……俺たちを偵察してるのか。


「ヴァン、上だ。ワシが見えるか」

「え? ……あら、あらあらあら。あれは偵察ワシじゃないの。珍しいわね」

「ていさつわし?」

「ワシは目が良い上にかなりの上空を飛べる。それにあの種は頭もかなりのものだ。だから偵察にはもってこいなんだ。

ただ、繁殖や飼育には金がかかるから、大きい騎士団とか、国が背景にいないとまず持ってないものなんだけど……」


 《英雄》なら持ってる。あいつは鳥使いだからな。

 これくらいはできるけど、まさか偵察ワシなんてものを使ってくるなんて、ちょっと予想外だった。

 あのワシは鳥なのに夜でも異常に目がきくからな。確かに偵察にはもってこいなんだけど。


 俺の見立てじゃあ放置してくれると思ってたんだけど……。


 これは何か狙いがあるな!

 すぐ襲ってきても不思議じゃない。


「ヴァン、偵察出せるか?」

「夜なら私の眷属の出番ね。任せて」


 ヴァンがぱちんと指を鳴らす。

 それだけで、周囲からコウモリが飛び立っていく。

 ほどなくして、ヴァンの表情が強張った。


「思ったより近い場所にいるわね。二人いる、かなり強い」

「間違いなく《英雄》と《大魔導師》だな」

「なんだって勇者パーティの二人が? いや、もちろん狙いは勇者ちゃんなんだろうけど」

「それだけ、でしょうか?」


 ヴァンの言葉に、アンネが疑問を呈する。


「何か、もっと大きいものを感じます」


 アンネは本当に良いカンをしてる。

 俺は不安そうにするアンネの頭をゆっくり撫でてから、周囲を見渡した。

 狙いは……住民たち?


 だとしたら、どういう狙いだ?


 何かあったっけ。

 確かに住民の数は町の発展に重要だ。でも、奴らはスラム街の住民は追い出そうとしてたよな?

 何せスラムを再開発しようとしてたんだから。


 ……いや?


 ちょっと待て。

 再開発はいいとして、どういう再開発をするつもりだったんだ? あの町には必要な機能は全部そろってる。

 じゃあ、何を……。

 後、町づくりの要素って……まさか!


「大きい、もの?」

「アンネのカンは直撃だと思う。今すぐ住民を逃がさないといけない。できれば、連中の手の出せない場所へ」

「ちょっとそれって!」

「狙われてるのは俺の命もそうなんだろうけど、たぶんも何も住民たちの命も狙われてるってことだ」


 ハッキリ言い切ると、ヴァンとアンネ、そしてシスターまで言葉を失う。


「い、命って……!」

「住民たちを生贄にするつもりだ」

「「「い、生贄っ!?」」」


 三人の声が揃う。


「守り神の召喚に使うつもりだと思う」

「守り神って……竜か何かでも召喚するつもりなの?」

「だろうな。そうでもないとこんな何百もの生贄なんて必要としない」


 町の守り神は、町に様々な恩恵をもたらす。

 特に魔物の襲撃に関しては強い効果がある。強い守り神であれば特に絶大で、町の周囲にさえ近寄らせない。


 特にスタンピードには影響が大きい。


 竜なら、発生そのものを防ぐ効果もあるだろう。

 町にとっては願ったりかなったりなのは分かるけど、それでスラムの人たちを全員生贄にするってのは間違いだ。

 そもそも生贄を必須とする守り神の類は危うい。

 うっかりしたら守り神が祟り神となり、町を滅ぼすかもしれないし、毎年生贄を要求するかもしれない。


「そ、そんな……」

「とにかくあの二人を止めないと。シスター、全力でみんなを逃がしてくれ。はぐれないように頼む」

「は、はい」

「こちらは迎撃準備をするんですか?」

「そうだな。相手の攻撃は容赦がないから、まずは盾を……」

「あら、それじゃダメよ」


 俺の言葉を遮ったのは、ヴァンだった。

 思わず顔を見ると、いたずらっぽい笑顔を浮かべる。いや、どっちかというとこれ、野蛮だな。


「せっかく来てくれてるんだもん。こっちから出向いてあげないといけないんじゃない?」

「出向く?」

「ええ、そうよ。電撃戦ってヤツ」 


 嬉しそうに両手を合わせ、きゃはっと片足まであげる。

 瞬間、周囲からコウモリが大量に生まれた。

 なるほど、そういうワケか。


「よし、乗った!」


 俺は即答した。

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