第23話 ぶち抜け!

「勇者ちゃん!?」


 すぐにヴァンが咎めの声をあげるが、俺は無視する。

 今、俺は割りと本気で怒ってるんだ。

 俺だけを閉じ込めるんならいざ知らず、アンネやヴァン、シスターまで! いくらなんでもやりすぎだ。


 だから、みんなを助ける。


 そのために、この力しかないなら使う!

 俺は漲る力のまま、牢屋のドアを思いっきり殴りつける。


 凄まじい破砕音を立て、鋼鉄のドアがへしゃげながら吹っ飛ぶ。


 それは直線状にいた騎士を背後から襲った。


「ぎゃっはあああんっ!?」


 かなり情けない声があがるが、無視だ。

 一撃をくらって昏倒もしてくれたし、ちょうどいい。

 牢屋から脱出して、俺はすぐに力を収束させる。一気に気だるさがやってくるが、今は我慢だ。


「アンネ、《伝播》だっ!」

「はいっ!」


 俺の指示に従って、アンネが走りよってくる。

 さすがにヴァンも意図を見抜いて、自らシスターを担いでくれた。気が利く。


「《剣聖》――《英雄》――《賢者》っ!」


 俺は即座に三冠スキルを発動させ、《光の聖剣》を呼び出す。


「《貫通》《掘削》《穿孔》《トリプル》《集中》《激甚》っ!」


 スキルを連打し、俺は強烈な一撃を天井に向けて放つ。

 光の聖剣から巨大な閃光が放たれ、天井の岩を蒸発させながら直進、一気に貫通。

 地上の光が入り込んできた。

 よーし、これでオッケー。地上とつながれば、座標が指定できる!


 俺は即座に《転移棒》を取り出した。


 うっ、さすがにキツいな。

 座標がかなり合わせ辛い。仕方ない。ここしかないな!


「《転移》っ!」


 ぐにゃり、と景色が捻じ曲がり――一瞬で景色が変わる。

 目の前にあったのは、古ぼけた教会の礼拝堂だった。


「ここは、スラム街の教会?」

「悪い。近距離移動しか出来なかった」


 とりあえず逃げ出せただけで僥倖だ。

 追手の心配はあるけど、周囲に囚人はいなかったし、見張りもあの騎士一人だけっぽい。ってことは、夜の交代までは見つからない可能性のほうが高い。


 なら、すぐ行動に出るべきだ。


 けど、俺の限界も近い。

 もう《怠惰》が襲ってきていた。


「アンネ……ヴァン。後は頼む……できれば、町を……」

「分かりました、勇者さま」

「任せてちょうだい」


 ああ、頼りになるな、この二人は。

 俺は安心して意識を落とした。



 ◇ ◇ ◇



 二人のもとへ脱走の報せが入ったのは、夜も更けてからだった。

 慌てて駆けつけると、地下牢には穴があいていて、閉じ込めたはずの四人はどこにもいなかった。


「信じがたいな……この岩盤、厚さ二〇メートルはあるんだぞ」

「勇者としての力を解放すれば、可能でしょう」

「地下牢に閉じ込められてたのにどうやって?」

「わかりません」


 さすがに《大魔導師》にも余裕がなかった。

 苛立ちを見せるように指で額を叩きながら、険しい表情を浮かべる。


「ただ、何かしらの手段を使って鋼鉄の扉を穿ちぬき、勇者のスキルを持って天井に大穴をあけた。登った形跡は見当たりませんから、おそらくは転移したんでしょうね」


 実に賢いやり方だ。

 転移なら、足跡も残らない上に、移動先はこの大陸中のどこでもが対象となる。追跡は困難だ。


「マジか……」

「勇者ならではの反則技ですわね。甘く見てました」


 言ってから、大きいため息が漏れる。


「やはり強すぎる力。ここで息の根を止めておきましょう」

「物騒すぎるだろ、その物言い」

「管理できない力は脅威でしかありませんから。今ならまだどうにでもできましょう。弱点があるようですから」

「弱点?」


 おうむ返しに《英雄》が聞くと、《大魔導師》は頷いた。


「ええ。スラム街の住民たちです。どういうわけか、いたくご執心のようですから」

「連中を人質にするのか?」


 《英雄》の提案に、《大魔導師》がにこやかに微笑む。


「人質ですね。利用するだけ利用して、勇者を仕留めた後は生贄になっていただきます」

「生贄って……」

「スラム街は潰して再開発しましょう。住民たちは生きる価値などないので、生贄にします。いえ、それこそが唯一の生きる価値でしょうね。そうすることで、守り神を召喚します」


 その笑顔の奥に、狂気が歪んで見えた。


「守り神がつけば、町の格は上昇します。この辺り一帯の中心都市になることも夢ではありません」

「そのための生贄、か」

「ええ。すべては町の発展のためですから」


 あくまで笑顔を崩さない。

 どこまでも正義は《大魔導師》にあった。


「た、大変ですっ!」


 そんな二人の部屋に、騎士が息を切らせながら入ってきた。無礼な、と怒る前に騎士の顔面蒼白さに驚く。

 ただごとではない。

 二人は緊張を走らせる。


「何があった。話せ」

「スラムが、スラムの連中が誰もいません! 夜逃げした様子です!」

「「なんだって?」」


 二人は声をそろえて驚愕し、思わず立ち上がる。


「どういうことだ?」

「分かりません。必要最低限の荷物だけをまとめて、家を捨てて町から出てしまっている様子です。今検分をさせていますが……どこももぬけの殻です!」


 まるで示し合わせたかのようなタイミングだった。

 とたん、《大魔導師》の表情がひび割れたように険悪なものになった。


「勇者の仕業でしょうね」

「このタイミングならあり得そうだけど……けど、俺たちの狙いはバレてないだろ?」

「バレてなくても、感づいている可能性はありますから。追いかけましょう。今なら追いつけるはずです。スラム街の住民はおよそ三〇〇程度。全員がほぼ素人です。一斉に動いたとしても高速移動なんて不可能です」


 《英雄》の言葉に、素早く《大魔導師》が言い返す。

 さすがにそれだけ大量の人員を転移させる芸当はいかな勇者といえど不可能だ。

 ならば、彼らを引き連れて移動しているに違いない。


「追い詰めて仕留めます」

「本気か?」

「今なら勇者は弱点まみれの上、思うように動けません。絶好のチャンスですよ」


 言いながら《大魔導師》は準備を整える。

 釣られるように、《英雄》も支度しながら騎士団に出撃命令を出した。


「騎士団は騎兵編成で追いかけてきてください。私と《英雄》は先行して奇襲を仕掛けます。爆発音がしたらそのまま突撃してくるように」


 《大魔導師》はそう告げると、窓を開けて飛び出した。


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