第21話 町を救いたいんだ!

 ゆっくりと目が覚める。

 穏やかな眩しさと、心地よい感触。同時にやってくる倦怠感。

 一気に全身が重りをつけられたかのような感覚に辟易しつつ、俺は目を開けた。


「目が覚めましたか、勇者さま」


 いつものように気付け薬が俺の口の中に入ってくる。

 うぐーっ、苦いっ。

 なんとか飲み込んで、俺は起き上がるくらいの気力を取り戻す。ゆっくり上半身を起こして周りを見渡すと、かなり上品な造りの部屋だった。


 明らかに貴族の部屋だな。


 しかもいい香りもするし。

 ってことは、とりあえずの第一関門はクリアしたってとこか。


「大丈夫ですか?」

「ああ。どれくらい寝てた?」

「三時間くらい、です」

「そっか。まだマシだな」


 スキルをそこまで使わなかったからな。こういった手加減はちゃんと覚えていかないと。

 部屋の端っこには、ヴァンもいる。大きい窓から入る陽の光を避けているようだった。


「なるほど、勇者ちゃんが狙ってたのはこれだったのね」


 ヴァンはこんこん、と壁を軽く叩く。そこには、王家を示す紋章が飾られていた。


「私たちが助けたのは、皇女だったわ。で、恩人だからってここに通されたワケ。王宮よ、ここ」

「びっくりしました。何もかもキレイで……」

「たまに皇女があそこを馬車で行き来してるんだよ。お忍びの用事か何からしいんだけどな。で、運が悪いとああやって野盗に襲われたりする」

「そこを助ければ、晴れて王宮に招待されるってワケね」


 ヴァンは感心したように部屋中を見渡す。


「それで? 謁見を申し込むのね?」

「ああ。そうなる」

「こんなショートカットな方法があるなんてね……でも、とんでもない賭けだったんじゃない?」

「それと、いつでも使える手でもないんだよ」


 当たり前だ。こんな裏技。

 そもそもこのイベント事態、一度発生させると数カ月は発生しないようになっているしな。《デスティネイション・フロンティアサーガ》なら、の話だけど。


 とはいえ、本当にラッキーだ。


 条件を満たしても起こるか分からないランダムイベント。下手したら二日くらいはずーっと待ちぼうけになる可能性も十分にあったからな。

 こんな短時間で発生したのは激レアと言える。


「あら、目覚めたのですね。勇者様」


 ノックと同時に入ってきたのは、見覚えのある美女だった。どこまでも気品があるような縦ロールの金髪に、イヤミのないメイクとドレス。

 この王国の第二皇女だ。

 かなりのおてんばで、王家のトラブルメイカーでありつつムードメイカーでもある。いわゆる憎めないキャラだ。


「お久しぶりですわ」

「ああ、一年ぶりくらいかな?」


 恭しく一礼しつつ、皇女は頷いた。


「王家の危機を救ってくださった時といい、今回といい。勇者様は救世主ですのね」

「そんなんじゃないよ。今は堕落したしな」

「お話は色々と聞き及んでおります。わたくしとしてはとても信じられたものではありませんが……勇者パーティから本当に追放されてしまったのですね」


 苦笑する俺に、皇女は哀しそうな表情を浮かべる。


「少し力を使ったくらいで、このように倒れ込むなんて……確かに、衰えたと言われても仕方ないかもしれません。それに、堕落した、とも。正直、一年前の覇気はありません」

「だろうな。俺も同意する」


 態度だって、気怠さは残ってるから指一本の先まで神経を尖らせることはできない。どうしても態度もあまり良いとは言えない。

 それを気にする皇女じゃないから余計だ。

 明確な無礼を働かない限り、この皇女は怒らない。


「しかし、根が腐ったとも思いませんわ。誰かを守ろうとする強い意思はしっかりと感じ取れました」


 皇女は自分の胸に手を当てながら、ハッキリと言う。


「あなたは間違いなく勇者さまですわ」


 ああ、ちょっと泣きそう。

 なんか認めてもらえるっていいよな。


「認めてくれてありがとうな」

「いえ。助けていただいてますからね。それで、わたくしを助けたのには理由があるのでしょう? 父上との謁見でしょうか?」

「ああ、そうなるな」


 俺が首肯すると、皇女も頷いてくれた。


「かしこまりました。何かお困りの様子ですしね。明日には謁見が可能となりますから、今日はこの部屋で休んでください」

「何から何まで助かるよ」

「いえ、当然のことですわ。それではいったん失礼します。また晩御飯の時にご一緒しましょう」


 また丁寧に一礼して、皇女は部屋を後にした。

 まさに気品の塊だ。

 ……本性がどこまでジャジャ馬なのか知ってるだけに、一番驚いてるの俺かもしれないけど。


「はえー……」


 間抜けまくった声の方を向くと、アンネがぽかーんと口を開けてほうけていた。

 っておーい。大丈夫か?


「すっごいキレイですねー……お姫様って感じがしました。こう、気立てもそうですけど、立ちぶるまいとか」

「まぎれもなく姫だからな」

「すごく憧れます。私なんて……あ、いや、勇者さまからいただいた服が変ってワケじゃないんですけど」


 慌てて言いつくろうアンネに、俺は微笑みかけた。

 確かに、アンネにはシンプルな服しかあげられてない。アンネがどういうのを好むのかが分からなかったからだ。よく言えば安定感のあるコーディネイトとも言う。


 特に、ここ最近は鎧とかも装備できるようにしてたもんな。


 でもアンネも女の子なんだし、そりゃ可愛い格好とか、姫みたいな格好とかにも憧れるだろうなぁ。


「分かってるよ。いつか買い物いこうな」

「はいっ!」

「あら羨ましいじゃないの。ねぇ、勇者ちゃん。私には?」


 ゴツゴツしたヴァンが人差し指をくわえながら俺に聞いてくる。


「あー……フルプレートメイル? これだったら日中でも動けるだろ? その体格にもぴったり」

「微妙に返し辛いからやめて?」


 おかしい。割と本気で考えた結果なのに。



 ◇ ◇ ◇



 翌日。

 俺は皇女の手引きで国王陛下との謁見を果たした。

 簡単にかいつまんで事情を説明すると、国王陛下は大きく何度も頷いてくれた。


「事情は理解した。国王勅令にて町のレベルを上げることは承知した。しかし、条件が一つある」


 おっと?

 イレギュラーな反応に、俺が少し戸惑う。ゲームの世界じゃありえなかったことだけど、ここは異世界だしな。


「ここから北へ伸びる街道の先、雑木林があるのは知っておるかな?」

「はい」


 俺はマップを思い浮かべながら頷いた。

 かつて男爵が治めていた土地だ。ただ、魔族の影響を強く受けた状態で暗殺され、男爵が亡霊化。長らく王国を苦しめていたが、俺が退治した記憶がある。

 吸血鬼ヴァンパイアとかもいて大変だったんだよな。


「そのエリアは長らく放置されているのも知っておるな。しかし魔王が倒され、我が国も復興の流れが起きている。他国とのいがみあいもない現状、国内を盛りたてていきたい」

「そのお考えはとても良いことかと」

「うむ。故に、再開発計画も立ち上がっていてな。北の地域を再建しようと思おうのだ。その手助けをしてもらいたい」

「手助け、ですか?」

「うむ。お主にその町の代表となってもらいたいのだ」


 うわーっ。そっちか!

 俺は思わず叫びそうになるのを必死で我慢した。


 本来これは、第二期の主人公に発生するイベントだ。


 まさか、それが俺に来るなんて。

 どうする? って言っても、断れる状況じゃない。マジでどうしよう?

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