第19話 王都へ
スラム街を後にすると、ヴァンが不安そうに話しかけてくる。
「ずいぶんとタンカ切っちゃったけど、解決の糸口は見つかったの?」
「ああ。けど時間がない。すぐ動くぞ」
「勇者さま、全力で協力します!」
アンネはやる気満々だ。ヴァンも回復しているからか、大きく頷いてくれる。
期限は一週間。時間はない。急がないとな……。
俺は早速転移する。向かう先は、王都だ。
王都は、ゲームの世界でも当然重要な立ち位置だ。
むしろシナリオ一期の中盤、自分だけの町を手に入れるまでは本拠地になるからな。
それに、イベントもかなり多い。
「さて、これからどうするのかしら? 王都に入るんじゃなかったの?」
ヴァンの疑問はもっともだ。
移動したのは、王都の中ではない。王都の東側街道の近くにある森の中だ。
このあたりは王都に近いだけあって手入れはされているけど、整備まではいかない。理由は単純で、王都への主街道は南側にあるからだ。
あっちの方が街道は大きいし見通しもいいしな。
だからここはあんまり使われないんだよな。
その理由はもう一つある。
「ッギイィッ!」
唸り声に近い威嚇と同時に、モンスターが背後から襲ってくる。
オーガか! 結構な大物だな!
「勇者さま、あぶないっ!」
俺が振り返るより早く、アンネが背負っていた盾を構えながら間に入り、モンスターの一撃を受け止める。
俺より小さい体躯だが、びくともしない。
驚愕したのはオーガだ。いや、俺もだけど。
オーガの巨躯から繰り出された一撃だぞ。重武装の騎士でも軽々と吹き飛ばす威力がある。なのに、アンネは完璧に受け止めて見せたんだ。
マキアがタンク役にぴったりだって言ってたけど、マジだな。それに、展開したら自分の体躯よりも大きい盾を軽々と持ちまわすし。
かなり防御力に優位なステータスは持ってるとは思ってたけど……つか、反応もめっちゃ良かったよな。いつの間にこんな強くなったんだ?
「ここなら日陰が多いから――私も好きにできるわね」
戸惑う俺の傍をすり抜けて、ヴァンがコウモリから元の姿に戻る。
相変わらず筋骨隆々の
体躯で遥かに勝るオーガだが、ヴァンを前にして怯える。さすが純血。その威圧だけで相手を圧倒しやがった。
「勇者ちゃんに手をあげるなんて、根性あるわね」
たった一言の後、ヴァンは横薙ぎの一撃でオーガの首を刎ね飛ばした。
こっちはこっちで攻撃力が高いんだよな。
正直、このあたりの魔物だったら俺が手を出す必要はなさそうだな。うんうん。
「それで? どうするつもりなの?」
「ここでしばらく待つんだよ。野営の準備しないとな」
「野営ですか? 勇者さまっ! 王都に用事があるんじゃないんですか?」
アンネが早速不安そうに訴えてくる。
「用事はある。けど、ここで待つのが最善なんだよ」
「どういうことですか?」
「町を覆う謎の結界は、今の段階じゃどうがんばってもどうにもできない。どんな攻撃も干渉も受け付けないからな。だから強制的にもう一度町のレベルを上げて、町の状態を上書きする必要があるんだ」
バグの概念が理解できるか分からないので、そこらへんは端折って俺は説明する。
町のレベルを上げるだけなら、他にも手段はある。
けど、それじゃあ無理だ。
何故なら今の町は経験値が稼げても手に入らない状態。他の手段じゃあどうにもならない。けど、ここ王都ならそれを全部無視できる。
「町を強制的にレベルをあげる……国王勅令ね?」
ヴァンの言葉に、俺も頷く。
「よく知ってるな?」
「私たちにもあるからね、そういう制度。条件が同じかどうかは分からないけど、国王勅令を受けるのは大変よね? 莫大な献金もそうだけど……まずは謁見しなきゃ」
「謁見ってすぐに出来るんですか?」
「正攻法じゃ無理だな」
俺は首を横に振りながら答える。
謁見へ至るには、まず王都に入って自分の身分を証明し、騎士団長と会談してから大臣とも会談。許可を得てからようやく謁見申請となる。
ぶっちゃけ、かなりめんどくさいイベントだ。
シナリオ上、必ず一度は経験しなければならないものなんだけど、いやーメンドクサイ。金もかなり飛ぶし、時間だってめちゃくちゃかかる。
ただ、それだけに恩恵はかなりデカい。
どんな状態でも町のレベルを即座に強制で上げる効果は特に大きい。町づくりをしていれば分かるけど、町のレベルアップは一気に懐事情も改善するしな。
「だから、正攻法じゃない方法で挑むのね?」
「ああ。謁見までの準備を全部かっ飛ばす」
「そんな方法があるんですか?」
「ああ。ただ、ちょっとした賭けでもあるけどな」
今から狙うのはランダムイベンドだ。
この森をうろついていると、たまに発生する突発系の戦闘イベントだ。期限は一週間しかない。その後の展開も考えると、三日くらいしか時間はない。
それでも発生するかどうかは、本来なら五分五分だ。
だから、ここに仕掛けをもう一つ。
俺はまた街道から外れて森の中に入る。またモンスターが襲ってくるが、あっさりと駆逐。
モンスターの襲撃を何度か凌ぐと、周囲のモンスターが消えていく。これでこの森は一時的だけどモンスターがいない平和な森になった。
ついでに経験値稼ぎもできて、アンネのレベルが上がった。
「勇者さま、力が湧いてきました!」
「ステータス上昇幅大きいな……特に防御系」
アンネはやっぱりかなりの才能があるみたいだ。
スラム街にいたのが不思議なくらいだな。
「このあたりの魔物はいなくなったけど?」
「待つ。しばらく待ってたら、野盗が入ってくるはずだ」
魔物と野盗は基本的に共存しない。
大量の魔物が住み着くような森では野盗も活動できないからな。だから、人為的に野党が住み着きやすい状況を作ったってわけだ。
こうすれば、イベント発生確率が各段に上がる。
「王都も近いというのに野盗なんて。治安が知れるわね。これでも王都なのかしら。ここの王国って、人間界じゃ有数の大国なんでしょ?」
「ここらへんは使われてないからな」
むしろ魔物を住まわせておくことで、野盗の発生を抑えてるとも言う。
王都にとって、魔物より野盗の方が厄介だからなぁ。
「勇者さま、どれくらい待てばいいんですか?」
アンネが俺の裾を掴んでくる。
「こればっかりはな……ただ、これしか方法はないんだ」
イベント発生確率はかなり上がったと思うけど……。
「私、スラム街を守りたいです」
「俺もだよ」
「それにしても、不思議ね。どうしてあそこまでスラム街をどうにかしようとしているのかしら」
ヴァンは腕を組みながら木に背中を預ける。
「あれだけの町なら、スラムはあった方がいいと思うんだけど」
スラムは対象地域の治安や清掃、経済事情は悪いが、対照的に隣接する地域の治安などを向上させる効果もある。
だから、大都市には多かれ少なかれスラムが形成されていて、放置されている。
大規模な反乱が起これば別だけど……。
「町の拡大が一番の目的。二番目は防備の強化だろうな」
「なるほど? 人口と町の規模が釣り合わなくなってきたのね。あそこのスラムはそこそこ広いものね」
「けど、あそこのスラムはちょっと特殊だ。本来なら政策で救済するべき地域だ」
それなのに、全部排除なんて。
「スラムの人たちは、悪いことはしてません。ずっと苦しくて、みんなで手を取り合ってたのに……」
「ふーん。複雑なのね、人間界も」
「っと、始まったぞ」
異音が耳に入ってきた。
これは、逃げる馬車の音だ。よし、思ったより早くイベントが発生したぞ!
「あれは……馬車? 王族のものじゃない」
そう。それを待っていた。
王族の野盗襲撃救出イベント。
これこそが、俺の待っていたもので、今の状況を打破する唯一の手段!
「助けるぞ!」
俺は声を上げて身体を勢いよく起こし――ビシィッ! と全身に激痛が走った!
って、いってええええっ!?
同時に《怠惰》が待ってましたと言わんばかりに俺の気力を奪っていく。う、うそっ……!?
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