第18話 町の危機!
「どういうことだ、アンネ」
町に買い出しへいったアンネは、もう泣きじゃくっていた。
「あのね、入ろうとしたら、びりって全身が痺れて、そしたら強く弾かれたんです……まるで見えない壁があるみたい」
「弾かれた?」
「アンネちゃん、関所の門が閉まってたとか、そういうのじゃないのね?」
ヴァンの確認に、アンネは頷いた。
俺とヴァンは顔を見合わせる。そんな現象が起こるとすれば結界しかない。
「スラムからも回り込んでみたんですけど、やっぱり同じでした。町の人たちも出られないみたいで……」
「それ、町全体を結界が覆ってるってこと?」
「不可能だな。あの町にそんな大掛かりな魔道装置はないし、町全体を覆える結界は作れない」
即座に俺は否定した。
俺でもそんな芸当は無理だ。ましてそれを維持するなんて絶対ありえない。
古代から続く都市では、古代文明の遺跡が機能してて結界を展開してることもあるけど、この町の歴史は深くない。
「勇者さま、このままじゃスラムのみんなが危ないです!」
「スラムが?」
「食糧事情じゃないかしら」
怪訝になると、すぐに思い至ったらしいヴァンが教えてくれた。
食糧──そうか。
スラム街は常に困窮していて、町の市場での買い物もまともにできない。だから、彼らは町の外に出て狩りや採集をして最低限の飢えを凌いでいる。
後は善意からくる配給や、スラム街独自の市場で買うしかない。
けど、町が封鎖されれば、そのどれもが機能不全に陥る。
「勇者さま! 助けてくださいっ……」
「分かった」
泣きじゃくるアンネの頭を撫でながら、俺は頷いた。
とにかくこれは一度行ってみないと。
早速あの《英雄》と《大魔導師》が仕掛けてきた可能性はあるけど……町を封鎖する意味が分からない。
人の出入りを一切拒否するなんて、正気の沙汰じゃない。
泣きじゃくるアンネをなだめ、俺たちはスラム街の出入口付近に転移した。
景色が一瞬で入れ替わり、ボロボロに崩れ落ちた城壁が目の前に現れる。その先は古くさい建物の集落だ。
普段なら問題なく入れるはずなんだけど。
俺は警戒しながら手を伸ばし、街との境界線に触れた刹那、電流を食らったような痺れと共に腕が弾かれた。
これは……──っ!
衝撃はあるけど、ダメージはない。
「勇者さま!」
「今のは……見たことないわよ、勇者ちゃん」
「だな」
あわてて駆け寄ってきた二人に手を向けつつ、俺は真剣な表情で見えない壁を睨んだ。
今の、魔力を感じなかった。
つまり結界じゃない。
「どういう理屈なの……魔力も神聖な気配も感じ取れないわよ。ただ、明確な拒絶があるだけだわ」
俺は腕を組みながら考える。
「明確な拒絶っていうか、空間ごとズレてるって感じだな」
思い出せ。
俺はこの感覚を知っているはずだ。すごく前に経験したはずだ。これは……──
──……バグだ。
《デスティネイション・フロンティアサーガ》のテスト配信でプレイヤーやってた頃に出くわしたバグだ。
バグが起きた一帯は、何をやっても入ることができない。転移はもちろん、強行突破しようとしても弾かれてしまう。
まさに、今の弾かれ方そのものだ。
「なんでこんな……そうか、パレードか」
原因に気付いたぞ。
町がレベルアップした際、お祝いにパレードが行われる。けど、この町はパレードの主役であるシェリルがパレードを開催する前に失脚、追放されてしまった。
だからパレードが開催できなくなって、開催可能の期限を迎えた。
通常なら、ここで主役であるシェリルに通達が行われてイベントは終わるはずなんだけど……。
そのシェリルに通達がいってないんだ。
この世界でどうやって通達がいくかは知らないけど。ともあれ、シェリルはもうこの世のいないと考えて良い。
《デスティネイション・フロンティアサーガ》の世界なら起こり得ない事態だ。
つまり処理が詰まったんだ。
その間も、町は人々が営みを続ける限り町としての経験値を手に入れていくわけだが、パレードが執り行われる間は経験値はすぐ反映されず、蓄積されるシステムになっている。
これはパレード期間中にまた町がレベルアップするという事態を避けるためだ。
で、パレードが終わった後、一気に得られるようになってるんだけど……その蓄積限界がやってきたんだ。
それが、バグを呼び起こした。
めちゃくちゃ厄介じゃねぇか。
この推察が当たってるなら、だけど。
「何か分かったの?」
「十中八九ってとこだけどな。で、それだとして……まずいな」
「勇者さま……?」
不安そうにするアンネの頭を撫でつつ、俺は小さく息を吐いた。
バグかよ……今更その修正パッチなんて当てようがないし、そもそもどうやってパッチを用意するんだって話だ。
じゃあどうするかって話か。
何か良いアイデアはないか?
要するにパレードが引っ掛かってるんだ。そこさえどうにかできれば……。
「勇者様」
深く考え込んでいると、シスターの声がした。ゆっくり顔を上げて──……は?
俺は絶句した。
そこには、縄で捕らえられているシスターがいた。どう見ても罪人に対する扱いだ。
シスターの両脇には、しっかりと武装した騎士が二人。シスターを捕らえる縄を持っていた。
「シスター!?」
「すみません……捕まってしまいました」
「捕まったって、なんで!?」
意味がわからん!
「そりゃもちろん、今回の事件の首謀者だからですよ」
俺の疑問に答えたのは、シスターではない。
「……《英雄》! 《大魔導師》!」
「久しぶりだな、勇者殿」
「お久しぶりです」
名を呼ぶと、二人が頭を下げてくる。
少なくとも敵意はない。けど、やってることがシャレになってない。
シスターはスラム街の顔役だ。彼女を拘束するのは、スラム街へ喧嘩売ってるに等しい。
「どういうつもりだ。シスターを離せ」
「なりません。彼女には町を封鎖した容疑がかけられています」
「町を封鎖……!?」
「シスターはそんなことしないもん! シスターにそんなことする理由がないです!」
アンネが悲鳴のように否定する。
だが、二人の目線は冷ややかだ。
「それをこれから調べるんだよ、お嬢ちゃん」
「尋問するつもりか? シスターは聖職者だぞ。教会を、教団と敵に回す気かよ」
「もちろんそんな真似はしません」
穏やかに笑いながら《大魔導師》が返事をする。しれっと胸元の印象を見せつけてくる。
司教の証だな、あれは。
いつのまに教会の偉いさんになったんだ。
「教会としても調べますから。言うまでもなく丁寧に丁重にね」
尋問は否定しないんだな。
「人道にもとる行動だな。シスターに容疑をかけるとして、正当な理由はあるんだろうな? スラム街出身だからって理由は成立しねぇぞ」
「勇者パーティーから追い出された勇者殿に答える義務はありますかね?」
挑むように《英雄》が答える。
つまり図星ってわけか。いや、狙いは他にもあるな。
「強引に犯罪者扱いして、それを足掛かりにスラム街をどうにかするつもりか?」
「答える義務はありませんな。しかし、犯罪の温床となっているのなら、解体は視野に入りますね」
やっぱりか!
シェリルと同じこと考えやがって。
「ふざけんなよ。今回のトラブルにシスターたちは関係ない。スラムも関係ない! 無実だ! すぐに解放しろ!」
「ほう? ではどう証明するので?」
「俺がどうにかすればいいんだろ」
挑発なのは分かってる。
でもここで乗っておかないと、シスターが、ひいてはスラム街のみんなが危うい。
「俺が事態を解決させる。それで問題ないな?」
「……なるほど? それはこちらとしても願ったりかなったりだ。しかし、堕落したあなたに何が出来るのかな?」
「出来るさ」
「ははははは。ならば証明してみせてください。しかしシスターの拘束は解きません。そうですね……一週間は待ちましょう。それまでに問題を解決できなかったら、シスターへの取り調べを始めます」
「上等だっ! 無実を証明したら覚悟しておけよ!」
《英雄》の条件を、俺はすぐにのむ。
やるしかない。
この腹立ちやり取りで、俺は一つだけ思い付いたんだ。このバグを取り除く方法を。
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