第17話 デスティネーションチャンバー

 俺にとって、闇堕ちからの魔王化は絶対に避けたい事態だ。

 けど、最悪なことに魔王化の元凶である《闇の波動》に目覚めてしまった。しかも《デスティネーションチャンバー》だ。


 一度目覚めたら、どうしようもない。


 確かにこの《闇の波動》は強力な恩恵をもたらす。ステータス上昇も大きいが、何より《怠惰》の効果を封印した。

 反面、三冠スキルは使えない。

 さすがに《闇の波動》単体じゃあこの合体スキルのステータス上昇幅には及ばないんだよな。

 レベルアップしたらどうなるか分からないけど……


 いや、最悪なのはレベルアップすることで魔王化することだ。どれくらいのレベルで魔王化するか分からないんだ。

 使わないようにしないと。


「……なるほど、難儀ね」


 事情を聞いたヴァンは、腕を組んで難しい表情を浮かべていた。

 闇の能力には闇のものを、という理由で、マキアと一緒にヴァンのもとへ移動したんだ。


 ヴァンはだいぶ良くなっていた。ちょっと安心。俺を庇って大ダメージ受けたからな……。


 で、アンネはキッチンに向かっていた。

 ヴァンもために何か作っているようだ。妙に手慣れてるのは何故だろう? マキアの家のキッチンなんて、初めて入るんじゃ?

 いや、いいか。今はヴァンの話を聞こう。


「《闇の波動》は私も少し知っているわ。何せ魔王因子。今まで何人もの魔王を見てきたもの。全員所持していたわ」

「……だろうな」

「《闇の波動》は必要能力値のカテゴリが多い上に要求値も高いわ。けど、三冠の勇者ちゃんなら問題ないわね」


 無駄にステータスは強化しまくっているからな……それが仇となるとは……。


「他にも、レベルアップする条件は地獄のように難しいわ。何せ、それは修羅の道。魔王とは孤高の存在だもの」

「条件は知ってるのか?」

「尋常じゃないわよ。過剰なストレスをためる、黒の魔力を溜める、仲間に裏切られる、居場所を失くす、仲間に殺されかける……」

「……それ、わりと全部達成してるわ……」


 軽い頭痛を覚え、俺はこめかみをさする。


「勇者ちゃんっていったい……?」


 さすがにヴァンも顔をひきつらせる。

 いや、言わないで。お願い。

 これ以上の情報はない。このあたりも調べたいところだな……。


「うーん。私の知ってることはこれくらいだけど……そうね……情報が欲しいなら、王都を目指してみたらどうかしら?」

「王都? 王都……王立総合図書館か」


 俺の出した結論に、ヴァンは深く頷く。マキアも同意する様子だった。

 もしかしたら隠された資料があるかもな。


 ここ最近、考えてたんだ。


 この世界はほぼ《デスティネイション・フロンティアサーガ》そのものだ。そして、極秘の設定資料まで存在している。

 なんで、っていうのはこの際棚上げだ。

 事実として俺はこの世界に転生してて、生活を営む生きた人々がいる。そして俺は闇堕ちして魔王化しつつある。


 ……絶対に嫌なんだけど。


 で、その《デスティネイション・フロンティアサーガ》に戻るんだけど、テスト版がリリースされた時、テストプレイヤーやデバッカーたちから噂が立ったんだ。

 このゲームに、正体不明のファイルがあるようだ、と。

 結局謎のままだったんだけど──もしかしたらそれ、設定資料だったんじゃね?


 このゲーム配信会社はかなりファンキーで毎回ファンを驚かせるギミックがあるし、細部の細部まで作り込んでくる。


 だったら──特殊なファンサービスとしておいていたか、もしくはオンラインモードで存在したGMがこっそり見れるための資料置き場だったか。

 真相までは分からないけど、有り得る話だ。

 いや、フツーはないと思うけどさ、そういうことしてても不思議はないって話だ。

 で、そういうのは普段は立入禁止になってるとこにこそっと置いてあるもんだ。となると、王立総合図書館は絶好の場だ。


「どう思うかしら?」

「有り得ると思う。禁書目録がある棚になら隠されてるかもな」

「王都にいくんですか?」


 ちょうどいいタイミングで、アンネが戻ってくる。ヴァン用のおかゆと、俺たちにはお茶を淹れてくれたようだ。

 小さいのにすごく気が利くんだよな。

 ありがたくお茶をもらって、俺は一口すする。うん、美味しい。甘いハーブがきいてて、なんだかスッキリする。


「勇者さまは特別ですよ」

「ありがとう」


 やっぱり、気力を回復させる系の効果があるんだろう。正直助かる。

 もうかなりダルかったんだよな……。


「美味しいわ、アンネちゃん。知らない間に腕をすごくあげたわね?」


 おかゆを一口食べたヴァンも目をきらきらさせていた。ステータスが更に回復したのが良く分かる。

 アンネは嬉しそうに背伸びをしながら胸をはった。鼻も高くなってるし。

 俺はそんなアンネの頭を撫でた。


「で、王都へ?」

「向かいたい所ではあるけど、目的地がな」


 禁書目録がある棚は当然非公開だ。厳重に管理されていて、侵入は無理。転移魔法も弾かれる。強行突破なんて論外だ。

 普段、そこに入れるのは国王か、世界規模での異変が起こった際、専門の識者だけが入れる程度だ。


 裏を返せば、国王の許可さえあればいい。


 まずは謁見してから、か……。

 奥の手を使えば時短はできるけど、いざって時に置いておきたい手段だ。となると正攻法しかない。時間がかかるな。とりあえず手は回しておくか。

 手紙の準備をしないと。


「大変な場所なんですね?」

「ちょっとだけな。ま、いずれ王都にいくってことで。マキア、ヴァン。助かった」

「別に構わないさね」

「お礼は勇者ちゃんの身体でいいわよ?」


 とりあえずヴァンの戯言はスルーする。

 真顔でマキアを見ると、マキアは苦笑しながらも水晶を取り出した。


「仲良しだね。純血の吸血鬼ヴァンパイアとここまで絆を深める人間なんてはじめて見たよ」


 一方的に好かれてるだけなんだけどな!

 まぁ、ヴァンは戦力として頼りになるからいいんだけどさ……。


「さて、と。町に戻ってきたようだよ。かの《英雄》サマと《大魔導師》サマがね」

「妥当だな」

「どうやら、町外れに出来たクレーターを調査しているようだね?」


 ぎくぅっ!


「「クレーター?」」


 ぎぎくぅっ!!


 マキアが面白がるように俺を見て、アンネとヴァンが不審そうに俺を見てくる。

 いや、確かに?

 シェリルを懲らしめるためにさ、ちょーっとばかり隕石を落としたんだけど。ちゃんと町に被害出さないようにしたから!

 泳ぎまくる目線で訴えるが、ヴァンが咎めの目線をぶつけてくる。


「勇者ちゃん。クレーター作っちゃったのね? 腹が立ったのは分かるけど……つけいる隙を与えてどうするの」

「い、いやぁ……」


 そこまで考えてなかった。

 クレーターが勇者の仕業だってなったら、幾らでも悪評たてられるんだよな、確かに。シェリルの罪は消えないけど、俺の立場は悪くなりそうだ。


「勇者さま、隕石って、流れ星ですか?」


 俺の裾を掴みながら、アンネが聞いてくる。


「ん、まぁ、そうだな。流れ星にもなるぞ」

「すっ、すっごおおおいっ!」


 アンネが興奮したように顔を赤くさせ、目を思いっきり輝かせる。

 えっとどうした何があった。


「勇者さま! じゃあこんど流れ星をだしてください!」

「うん? どうしてだ?」

「お願い事するんです! 流れ星見つけて三回お願い事言ったら叶うっておまじないがあるんです! だから、勇者さまが助かりますようにって!」


 かわいいかよ。

 思わず抱きしめたくなるのを我慢して、俺はありがとなーと言いつつアンネの頭を撫でてやった。


 とにかく。


 方針はなんとなく纏まったな。

 まずは《闇の波動》を使わないことと、レベルアップ条件を達成させないこと。

 次に情報収集のため、王都へいく準備を整える。王への謁見も手回ししないと。

 最後は……──勇者パーティである《英雄》と《大魔導師》の対処だ。


 まずはこの二人がどう出てくるか、だな。


 なんて考えて二日後。

 予想外のところから仕掛けはやってきた。


「町の出入りが……できない!?」

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