第16話 《闇の波動》とは

 結論から言うと、シェリルは生き残っていた。

 ……ボロ雑巾のようになったけど。

 で、治療を受けたシェリルは俺の熱意ある説得に負けて、シェリルは自らの悪事を全て白日の下にした。

 当然、町の重要ポストから解任された。


 まぁ、詐欺に賄賂、恐喝。さらに奴隷商人と癒着、人身売買。


 あらゆる犯罪のオンパレードだった。

 まぁよくもこんなに出来たもんだよ、逆に。

 つか、人のこと堕落しただの腐敗しただのほざいて追放したクセに、自分の方がよっぽど腐ってんじゃねぇか。


 ったく、呆れて物も言えねぇな。


 当然教会の本部からも問題視され、《賢者》も相まって要職についていたようだが、全て解任されて組織から除名までされた。

 つまり、シェリルは完全に全方位から追放されてしまったのである。

 まぁ、完全な自業自得だよな。


 これでもう再起不能だ。シェリルは敢えなく町からも追い出されてしまった。


 で、俺はというと。

 表向きはこの騒動に関与してないことになっていた。

 シェリルを町に連行した後、あっさりと倒れてしまったからである。

 思いっきり体力を使ってしまったせいで、《怠惰》が強烈に発動したのだ。


 結局、三日間も寝込んでしまった。


 で、目を覚ました今もほとんど動けない。そんな状態の俺が色々とやったと訴えても信じる人はいない。

 そもそも俺はシェリルの屋敷に単独で転移したし、町外れで成敗したんだ。誰も証人なんていないんだよな。


 事態の早期収集のためにも、あくまでシェリルが良心の呵責に堪えられなくなって自白したという流れになった。


 この情けなさよ……。


「勇者さまっ!」


 そんな俺の世話をしてくれるのは、アンネだった。ヴァンはまだ復活していないから当然なんだけど……

 どうしてかすっごい楽しそうなんだよな。

 今日も俺を起こして、きつけ薬を飲ませてから朝ごはんを持ってきてくれる。


「具合はどうですか?」

「悪くないよ。ありがとう」


 《怠惰》による身体のだるさもあるんだけど、それ以上に疲弊してしまって、あまり動けない。全身がヒドい筋肉痛になった感じだ。

 たぶんこれは、いきなり発動した《闇の波動》ってスキルのせいだ。


 いや、これのおかげで俺は一時的に《怠惰》を封じ込めた。


 ただ――弊害もあった。

 三冠スキルが使えなかったんだ。だから光の聖剣も出せなかった。

 もちろんそれ以外のスキルは仕えたから、シェリルを圧倒できたんだけど、ちょっとこのスキルは危ない気がする。


「どうですか、勇者さま」


 考え込み始めた俺に、アンネが声をかけてきてくれる。

 ここ最近アンネの料理はちょっと凝ってきている。

 いつもよりも具が多いスープとか、味付けが変わったりとか。たぶん誰かから料理を習ってるんだと思う。


「うん、今日も美味しい」


 俺は素直に答える。

 ちゃんと料理の基本にそって作ってるんだろうな。なんか落ち着いた味がするっていうか。ちゃんと褒めてあげないとな。

 アンネは嬉しそうに顔を綻ばせていた。


「ふふっ。良かったです。はやく良くなってくださいね」

「ああ。そのつもりだ」

「町の様子も大分落ち着いてきたみたいですよ」


 アンネは嬉しそうに報告してきてくれた。

 シェリルは勇者パーティの一人で、レアスキル《賢者》持ちだった。他の勇者パーティの面々が遠征している関係で、町は事実上シェリルのものだった。


 町からすれば、勇者パーティの一人に面倒を見てもらっていたんだ。


 すっかり任せきっていたし、逆らうものはいなかった。

 事実、統治そのものは悪くなかったんだと思う。……って言っても、たぶん俺が時間をかけて積み重ねてきた運営土台が上手くいってただけなんだろうけど。

 シェリルはそれに乗っかってただけだ。


 だから、その管理者がいなくなって、町は少し混乱した。

 それが落ち着いてきたんなら良いことだ。


「でもまだ管理者は不在なんだよな?」

「はい。でも、勇者パーティの人たちが戻ってくるそうです」

「《英雄》と《大魔導師》か?」

「はい。そうらしいです」


 アンネはニコニコしていた。

 シェリルに対する印象は最悪だったけど、あの二人への印象は悪くないみたいだ。


「あ、でも、勇者さまを追い出した人、なんですよね」

「うーん。厳密に言うと違うかな」


 俺は追放された頃を思い出す。といっても記憶は薄い。

 追放されたのはほとんど転生直後だったんだよな。

 しかも俺も《怠惰》のせいでかなりダルかったし、あっさりと追放も受け入れた。

 だから《英雄》と《大魔導師》の二人とは会話もしてないと思う。ただ、シェリル一人じゃ俺を追放するなんて無理だから、追放は賛成してたんだと思う。


「考えたら、俺を追い出したのはほとんどシェリル主導だったからな……あの二人がどう考えてるのかは知らないんだよ」

「そうなんですか?」

「ま、堕落しきった俺を見てあきれてた可能性大だけどな」


 苦笑していると、俺は唐突に胸の疼きを覚えた。痛みのような、むず痒いような。

 なんだこの違和感は……。


「勇者さま? すごい眉間にしわが」

「え? あ、いや大丈夫」


 俺はテキトーに誤魔化しつつ、違和感も忘れようとする。

 これは、マキアの出番かな。

 まだ身体は回復しきってないけど、これはすぐ対処した方が良い気がする。

 多少無理して、俺はマキアのとこへ訪ねることにした。ヴァンの様子も気になるしな。



 ◇ ◇ ◇



「《闇の波動》……やっぱり、目覚めた時に解放されたんだね?」


 マキアは厳しい表情だった。

 こぽ、と、壺で煮込まれている液体から空気が弾けた。

 ちなみにこの部屋はマキアの研究室で、俺とマキアしかいない。

 付き添ってもらったアンネには、ヴァンの面倒をお願いした。あまり聞かせたくない話だからな……。


「だと思う。レベルは今、2だな」

「もうレベルアップしたのかい。業の深さが分かるってもんだね」

「マキア。これはなんなんだ? 鑑定しようとしても弾かれて何も分からん」

「だろうね……こいつはスキルじゃないんだよ。天星命座……つまり運命だよ」

「運命?」


 おうむ返しにきくと、マキアは頷く。


「個人が先天的に持ってる因子とも言うべきかね……条件と能力が揃うと発動するようになるのさ。これは魂とくっついてるから、自分では解読できないもんだよ」


 ……ん? んんん?

 それって、その説明って……


 《デスティネーションチャンバー》か!


 俺は手を打って理解した。

 《デスティネーションチャンバー》。それは個人に割り当てられた才能や資質と呼ばれるものだ。

 特定の条件や規定の能力値に達すると開花していく。

 これはレベルアップした時の能力値補正やスキル習得の難易度に影響が出る。特定の《デスティネーションチャンバー》に目覚めるとスキルが習得出来なくなったりもするから、育成には慎重にならないといけない。


「理解したようだね」

「まぁな。で、この《闇の波動》ってのは何なんだ?」


 俺の知識にもないぞ、こんなの。

 マキアは眉根を寄せる。


「……端的に言うと、魔王因子だね」


 ぶはっ!


 たまらず俺は吹き出す!

 迷惑そうにするマキアを尻目に、俺は目を白黒させてしまっていた。

 いや、おいおいおいおいおい。

 嫌な予感はしてたけど、マジか!


「ちょっと待て、じゃあ俺は魔王になるのか?」

「このまま《闇の波動》を使い続ければいずれそうなるんじゃないのかい」


 しれっと言われ、俺は顔をひきつらせた。

 う、嘘だろ……


 拾ったのかよ、闇堕ちフラグ……!?


「マキア」

「あんたなら分かってるだろ。魔王化したくないならそのスキルを使わないこと。《怠惰》でさえ抑え込む強力なモノには違いないけどね」

「あとは条件を満たさないことか……」

「そうだね。魔王因子なんだから、負の感情を溜めないことだね?」

「それ、すっげぇ難しくない?」


 俺のツッコミに、マキアは苦笑しかしなかった。

 ヤバい。これはマジでヤバい。どうする!?



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