第15話 成敗!
俺は、完全にぶちギレていた。
それは、全身を無気力化させる《怠惰》でさえ凌駕していた。自分の全身にドス黒い何かが入り込んできて、気力を与えてもらっていることも大きい。
あれ、なんだっけか。何かの波動だったっけか。まぁいいや。
俺は渦巻く怒りに身を任せ、一瞬で転移する。
その先は言うまでもなく、シェリルの屋敷だ。
本当なら屋敷ごとブチ壊しても良かったんだけど、そこにはアンネやシスターたちが囚われているし、シェリルとは関係のない使用人たちもいる。
無駄な犠牲者を出すつもりはない。
「いやっ、やめてっ!」
屋敷の中に入りこんだ俺の耳に、アンネの悲鳴が入ってくる。
っておい、何してんだ!?
俺は瞬時にして声のする方を見つける。屋敷の奥の方だ。
まるで迷路のように入り組んでいるな。くそ。
「ははははっ。暴れても無駄だぞ」
「さわらないでっ!」
声のやり取りだけで、何が起きようとしているのかが分かる。
マジでクソだな。
俺は屋敷の奥へ奥へと向かっていく。人払いがされているのだろう、使用人の気配さえしない。これが聖職者のすることかよ。
「味見するだけさ。安心しろ。私は聖職者だからな。優しくしてやろうっていうのさ」
「何をふざけたことをっ……! 勇者さまを、勇者さまをっ!」
「死んだヤツなど、忘れさせてやるさ、さぁっ! 大人しくしろっ!」
「いやあああっ!」
――見つけた、この扉だなっ!
アンネの金切り声が終わるより早く、俺はひと際成金趣味的なドアを蹴破るっ!
がごんっ! と鈍い音を立て、ドアが倒れていく。俺はさらにドアを蹴り倒し、シェリルの前に姿を見せた。
案の定、シェリルはアンネにベッドの上で襲い掛かろうとしていた。さらに部屋の端では、半裸状態にさせられたシスターたちもいる。
「何してんだ、色情魔」
俺は声に《威圧》のスキルを乗せて言ってやる。
シェリルはまともに食らって沈黙するが、それ以上に驚愕の表情を思いっきり見せつけてきていた。
「勇者、さま……っ!?」
もちろん、アンネも驚いている。
そりゃそうだ。俺は目の前でスゴい状態になったはずだからな。
「アンナ。助けに来たぞ」
俺が微笑むと、アンネの表情が一気にくしゃくしゃになった。
反対に、シェリルの表情はより深刻になっていく。
「バカな、どうして……っ! 亡霊の類かっ……!? ならっ! 《浄化》っ!」
シェリルが何をおかしくなったか、俺に《浄化》なんて展開する。
もちろん意味なんてない。
俺を中心に光の粒子が溢れるが、俺はノーダメージである。
「なんだと……!」
シェリルは完全に混乱している様子だった。
「まあ、とりあえず、だ」
俺は一瞬にして肉薄し、その顔面に拳をめりこませた。
ごぶっ。
鈍い手ごたえ。
「ぐはっ!?」
情けない悲鳴を上げ、鼻を砕かれたシェリルは鼻血を撒き散らしながら床に倒れ込んだ。
無様すぎるだろ。
「アンネとシスターたちを返してもらうぞ」
とにかく、彼女たちの保護が最優先だ。
俺は即座にアンネやシスターのもとへ歩み寄り、《転移》を使用して俺の家へ送っていく。
これで、とりあえずの安全は確保できた。
「貴様っ……!」
「堕ちるとこまで堕ちやがって。シェリルっ! それでも勇者パーティの一人かよっ! 恥ずかしくないのかっ!」
「あの状態からどうやって生き残れたのか知らないが……堕落しきった貴様に言われたくないなっ!」
シェリルは気合を込めながら言い返してくる。
なるほど。
アンネがいないから、俺には負けないと思ってるのか。だとしたら、大きな勘違いだぞ。覚悟しろ。
「町を平和にしたのは我々だ。ならば、その見返りはあっていいだろう!」
「そんなもんが、何をしてもいい免罪符になると思うなよ」
激しく睨みつけるが、シェリルは鼻で笑い飛ばすだけだ。
「免罪符? 何を言ってるんだ。この町はもう、私のものだっ!」
「いい加減にしろよ、お前」
アホを叫ぶシェリルの袖を掴みそのまま転移する。
連れ出したのは、町の外の草原だ。
ここなら、いくら暴れても問題はないし。
到着すると同時に、俺はシェリルを突き飛ばす。
俺の怒りは十分に伝わっているらしい。
だが、それでもシェリルは俺を侮っている。
「ふん。呪いをかけられた勇者など、おそるるに足らず! 三冠スキルも使えない状態で!」
「勝手に決めつけてんじゃねぇよ」
「もう一度死ねっ! 《爆裂魔法》《粉砕》《ダブル》っ!」
俺の言葉も無視して、シェリルはスキルを放ってくる。
本来なら一流って言えるレベルのスキルだ。
直撃を食らえば、もちろん俺も無事じゃすまない。けど――直撃を食らわなければいいだけだ。
俺は手を掲げる。
「《絶縁》《絶壁》《極大》《対衝撃》《対火炎》《反動》《吸収》《自動反撃》」
俺は次々とスキルを重ねていく。
「《絶対装甲》」
発動させたのは、半透明の壁。
シェリルのスキルはその壁に直撃し、あっさりと消滅した。否、吸収されてしまう。
一瞬、シェリルは理解が及ばない。
ぽかんと口を開けるシェリルに向けて、たった今シェリルが放ったスキルが跳ね返っていく!
「な、なんだっ!?」
直前で気付いたらしく、シェリルは大きく飛び退いて直撃は避けた。
だが、自らの生み出した爆風に煽られ、空中でバランスを崩す。
「くうっ!?」
「《拘束》《隷属》《制限》《捕縛》《麻痺》」
シェリルがそれでも着地する刹那を狙って、俺は次のスキルを炸裂させた。
光のムチが地面から現れ、シェリルを拘束する。
「なっ……――っ!」
「見せてやるよ、シェリル」
確かに、今の俺は三冠スキルは使えない。
否。
使う気にもなれない。けど、これくらいは出来る。
今度、俺は空に手をかかげた。
「《招来》《天星》《衝撃》《波動》《鉄槌》《粉砕》《爆裂》」
ずず、と、鈍い音を立てて空が渦巻く。
どこか遠くから、轟音が響いてきた。
シェリルの顔が真っ青に染まっていく。さすが《賢者》だけあって、俺が何をしようとしたのか分かったらしい。
「ちょ、おいっ! 貴様っ! 何をしようとしてるのか分かってるのか! それは、禁忌の魔法だろうっ!」
「さて、そうだったかな」
うそぶくように言ってやる。
俺の体内から、力が渦巻く。こんな高揚感は久しぶりだ。
「まぁいいや。威力はちゃんと抑えてある。あまりにデカすぎて町に被害が及んだら元も子もないからな」
天から、何かが落ちてくる。
「や、やめろ。なぁ、やめろ? 頼むからっ! お前、お前ぇっ!」
「それが人にものを頼む態度か?」
「――だ、だったら撤回する! 何もかも撤回する! だから、だから今すぐそのスキルを!」
「悪いな」
俺は鼻で笑い飛ばす。
「もうスキルは発動してるんだ。今更解除はできねぇよ」
「そ、そんなっ!」
「――《
俺は最後のトリガーを引く。
直後、遥か上空から小さい隕石が真っ赤な尾を引きながら落ちてきた。
俺はさっさと安全圏に避難する。だが、身動きの取れないシェリルにはそれが叶わない。
「うわ、わうあ、あわあ、ああああああああああ――――――っ!」
絶叫の悲鳴。
だが、隕石がそれで逸れてくれるはずもなく。
――きゅどおおっ!!!!
閃光。直後、凄まじい轟音が響き、地面をめくれあげていく。
衝撃が空気を押し出していく中、爆裂の炎柱は高々と上がった。
まさに天誅だな。
俺は自分の中の黒い感情に気付く。
――《闇の波動》がレベルアップしました。
そんなアナウンスが、体内で流れた。
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