第14話 シェリルの暴走

 騒々しい音で、俺は目を覚ました。

 まだ気力はあまり回復していない。時間はそんなに経過していなさそうだった。それでも必死に目を開けると、ヴァンが目の前に現れた。


 表情が険しい。


 無言のまま、ヴァンが気付け薬を俺の口に流し込む。

 さらに魔法がかけられ、俺は強制的に覚醒させられて身体を起こした。


「一時的な効果しかないけど。すぐに。大変よ」

「何があった? シェリルか?」


 俺の問いに、ヴァンが頷く。


「直々に出向いてきたわ」


 想定していた最悪にして一番分かりやすいパターンで来たか。

 しかし、直接乗り込んでくるとは、アホかな?

 俺はなるべく急いで寝かされていたベッドから出る。


 ここは、教会の中でもシスターたちの居住エリアじゃないかな?


 だとするならば、すぐに駆け付けられるはずだ。

 それに、あの商人は地下牢に閉じ込めているはず。シスターがなんとか時間を稼いでくれれば――


 ――ごおおんっ!


 はっ?

 扉が爆裂し、俺は反射的に両腕を交差する。

 刹那、凄まじい衝撃に殴られ、俺は背中から壁に叩きつけられた。


 かはっ。


 肺から強制的に空気が吐き出され、俺は苦痛を覚えながら膝をつく。

 爆裂魔法かっ!

 こんな古い教会の中で、なんてものをっ!


「さすがに一撃ではくたばらないか。腐ってもそこは勇者なのだな」


 両腕が痺れる上に動かない。

 かなりのダメージを自覚していると、入ってきたのはシェリルだった。俺に対する嫌悪感を隠すことさえしない。


「シェリル! お前っ!」

「腐ったと思っていたが、ここまで腐り果てているとはな! 己の欲深さに私はほとほと愛想が尽きたぞ! 勇者!」

「はぁ!?」

「罪もなき一般市民に己の傲慢さ故の愚かな行為をぶつけるとは! 恥を知れ!」


 ――そういうことか。

 叱責をぶつけられ、俺は悟る。


 あの奴隷商人を、あくまで一般人と呼ぶんだな。


 その上で、俺は一般市民に手をあげた犯罪者ってワケだ。

 ちょっとビックリだわ。

 想像を上回るアホな手段に出やがって!


「シェリル! お前、何言ってるのか分かってんのか!」

「私は一般市民が拘束された報告を受けて駆け付けたまでだ」

「……あれが、一般市民だって?」

「そうだ」

「嘘です! 彼は、町の人たちに手をあげていたんですよ!」


 俺を庇うように、後ろから駆けつけてきたシスターが怒る。

 だが、シェリルはそんなシスターに冷たい目線をぶつけた。威圧のスキルも使って、強制的に黙らせる。


「そのような事実はない」

「うそだっ! スラム街の人たちは傷ついてるんですよ!」


 次に噛みついたのは、アンネだった。

 シェリルの鋭い眼光にも負けず、その裾を掴む。


「あなたは教会でもえらい人なんでしょ!? どうしてこんなヒドいことをするの! スラム街の人たちは、いっしょうけんめい生きてるのに! その人たちをイジメる人を、どうしてかばうのっ!」

「いじめた事実などない」

「そんなことないっ! だって!」

「スラム街の連中はすぐ嘘をつく。すぐ自分だけを最優先する。そして、誰かを傷つける。そんな連中の言うことを、どうして信じられる?」


 シェリルはアンネの手を振り払う。まるで汚いものを弾くように。


「そのスラム街に出入りしている堕落した勇者が! 一般市民に手をあげるなど! まして結託して教会に身をおくものどもが拘束して地下牢に放り込むなど言語道断!」


 怒鳴り声にスキルを重ねる。《ハウリング》だ。

 物理的な威圧に負け、アンネが押しつぶされるようにうつむいた。


 って、こいつっ……!


 アンネに、何をしやがる!

 怒りが膨れあがり、俺はぐっと起き上がる。


「犯罪行為に助力する教会などもはや不要! ただちに取り潰しだ! そして――勇者。いや、犯罪者! 元パーティにいたよしみだ! ここで引導を渡してやろうっ!」


 言いながら、シェリルはまずスキルでアンネを拘束して黙らせる。

 コイツ、気付いてるのかっ! アンネのスキルっ!


 いや、正体までは完全に看破してなくとも、アンネがいなければ俺が力を発揮できないことを知ってる!


 こういうとこだけは、姑息にっ!

 俺はそれでも身構える。使えるスキルは何かあるはずだ。

 なんとか――


「《爆裂魔法》《火炎魔法》《ダブル》っ!」


 スキルの三重展開!

 一瞬にして、周囲が爆裂すると同時に火があがる。


 思考が、途絶えた。



 ◇ ◇ ◇



 ――連れていけ。


 ――やだ、やだぁっ! 勇者さまぁっ!


 ――シスターどもも連行しろ。


 ――商人はどうしますか?


 ――解放した後、好きにさせておけばいい。町の掃除屋だ、あれは。


 ――承知しました。


 ――それより、この小娘は高く売れるんじゃないか? ギフトを持っているようだからな。



 ◇ ◇ ◇



 俺が目を覚ましたのは、夜になってからだ。

 確実にやられたと思ってたけど……。


「目が覚めたかい」


 預言の魔女、マキアの声を聞いて俺は確信する。

 やっぱり俺は

 ゆっくりと身体を起こすと、全身の傷は綺麗に治っていた。


 自動蘇生魔法。


 マキアと出会い、超高額な金を支払って契約すれば解放される超激レア魔法だ。

 蘇生魔法だけなら俺でも使える。

 開発にめっちゃ時間かかったけど。

 ただ、蘇生魔法はあくまでも他人にしか使えない。自分には発動させられないのだ。それをマキアが代用してくれるのである。


 ゲームの世界でも、体力が尽きて死ぬことはかなり大きいペナルティを背負う。


 死亡した時点で所持していた全アイテムを失う。

 そう、所持金でさえ。

 故に何がなんでも死亡は回避するもので、それを防げる蘇生魔法は非常に強力だ。

 今回、俺はその保険をかけていて、ちゃんと発動したってことだ。


「まさか、あんたに対して発動する日がくるとは思わなかったよ」

「俺も、まさか元仲間にブチ殺されるとは思わなかったよ」


 いつも感じる《怠惰》の気怠さとはちょっと違う。

 俺は苛立ちを吐き出すように俺はベッドから出る。まだ蘇生したばかりのせいか、身体がふわふわする。慣れるまで少し時間がかかりそうな感じがするな。


「それで? 次回分もクレジットしておくかい?」

「ああ、そうだな。保険はあっておいた方がいい」


 さすがに痛い出費になるけど、保険はかけておかないとな。


「で? 状況を知りたい」

「あんたが死んでから、まだ二時間と経ってないよ」

「ってことは、まだ大丈夫だな」


 俺は腕を組んで部屋の中を見渡し、違うベッドに寝かされている男を見つけた。ヴァンだ。


「この子はサービスで治療してやるよ」

「どういうことだ?」

「あんたを庇おうとしてダメージ受けたみたいなんだよ。ほとんど瀕死でね。で、私の魔法に感応してついてきたんだよ。払い落としても構わなかったんだけど、あんたに懐いてるみたいだったから」


 マキアの面白がる説明に、俺は唸りかけた。

 俺を、庇うって……

 まだケガだってほとんど治ってなかったはずなのに。コイツは……。


「マキア」

「分かってるさね」

「頼む」


 言ってから、俺はマキアの家から外に出る。

 深い森の空気が肺を満たす。まだ体は慣れてない。でも、もう待っていられなかった。


 俺は身体の内側から激しい怒りが沸き上がっている。


 絶対……絶対許さないからな。


 ――スキル《闇の波動》に芽生えました。

 そんな内心に流れるアナウンスを耳にして、俺は転移棒テレポーターを取り出した。



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