第13話 それはねぇぞ、シェリル!

 事件は数日後に発生した。


「予算の分配が、ない?」


 俺が反芻するように聞きなおすと、アンネの案内で俺の家に駆けこんできたシスターは涙を流しながら頷いた。

 俺の隣にいるアンネはもう絶句している。ちなみに吸血鬼ヴァンパイア――ヴァンは寝室に隠れた。さすがに出くわすとマズいからな。


 いや、っていうか大問題だろこれ。


 俺の予想通り、シェリルの功績によって教会の施設のレベルアップと予算増額が決定した。

 けど、その対象にスラム街は含まれない、というのだ。


「そればかりか、教会の運営の負担になっているから、と、取り潰しになるようで……」

「なっ……!? そんなっ! あそこは、スラムの人たちのオアシスなのに!」

「ごめんなさい。ずっと秘密にしていたんだけれど、スラム街には以前から再開発計画の話があるみたいなの。たぶん、教会の取り潰しはその第一歩なんだと思うわ。再開発計画は、シェリル様発案だから」


 ショックを受けるアンネに、さらなる追い討ちがかけられた。

 俺は苦い表情を浮かべる。

 さすがにそれはねぇぞ、シェリル。


 この町のスラム街は、犠牲者の街だ。


 そもそもこの町は、魔王の圧迫によっては勃発した度重なる戦争によって生まれた。難民たちのために用意された町なのだ。

 悲劇と再興のシンボルとして各方面から支援を受けたが、同時に多種多様な種族が集まったせいで、町の支配権を巡って諍いも多かった。


 その流れの中で、生まれたのがスラム街だ。


 権力闘争に負けたもの、そもそも参加できなかった立場の弱いもの、そんな人たちが集まって貧困街を形成したのだ。

 十分な支援や介入があれば防げたであろう事態だったのだ。

 だから、スラム街を救うことはあっても、見捨てるなんてあってはならない。本来なら。


「再開発はいいとして、もともとの住民たちは?」

「立ち退き……追い出されると思います」


 ――シェリル!


「奴隷商人が出入りしてるってだけで問題なのに……何もしないばかりか、排除するつもりか」


 俺の声に怒気が含まれる。

 アンネが少し怯えたように見てくる。俺はそっとアンネの頭をなでた。


「こんなこと、他に相談できる人もいなくて……すみません。お体の調子だって良くないだろうに」


 シスターはうつむきながら、また涙を落とした。


「勇者さま……」


 アンネが俺の袖を掴む。

 分かってる。分かってるよ。


 ここで動かなかったら、勇者じゃねぇよ。


 俺は静かに頷く。


「シスター。シェリルに渡りはつけられるか?」

「何度も申し入れはしたのですが、返事はありません」


 シカトってことか。

 よくやってくれるぜ。こうなったら直接いくしかないか?


 俺がちょっと野蛮な思考に入ると、ドアがいきなり叩かれた。

 誰だ、と聞く前にドアが開かれる。

 入ってきたのは、あちこち傷ついたシスターだった。シスターを迎え入れるため、一時的に結界を解除していたから見つけられたんだな。


「いきなりすみませんっ! シスター! 奴隷商人がまた……!」

「なんですって? 騎士たちがパトロールしてるはずですよね?」

「それが、ただのケンカだろって捕まえてくれなくて、そればかりか、スラム街の人たちの方が悪いって!」


 なんだそれ?

 場の空気が凍りつく。

 これは、つまり――癒着か。賄賂か何かもらいやがったな。


 何やってんだ、騎士団!


 今、騎士団の面倒を見てるのは、シェリルのはずだ。

 勇者パーティが町の管理をしていたはずで、今、勇者パーティはシェリルしかいない。

 管理しきれてない? いや、その可能性もあるけど、むしろ。


 今までの話を思い出して、俺はあきれ果てる。


 町全体で、スラム街を排除しようって腹かよ。

 町の暗い部分を全部押し付けて、迫害して。スラム街の人たちはお前らに何もしてないっていうのに!


「すぐに案内してくれ」


 黒い情動に突き動かされるように、俺は立ち上がりながらシスターに言った。


「俺が、奴隷商人を始末してやるから」


 そいつらを一通りしばき倒したら、次はシェリルの番だ。

 さすがに許さねぇぞ、シェリル!


 転移棒テレポーターを使って移動すると、まさに奴隷商人どもがスラム街の人たちを拘束しているところだった。

 付近にはもう騎士の気配さえない。

 完全に黙認、やりたい放題ってことか。


「アンネ」

「はいっ!」


 俺は素早く《怠惰》の一部をアンネに伝播させる。

 身体が軽くなるのと同時に、《剣聖》《英雄》《賢者》の三冠スキルを発動。光の聖剣を生み出した。

 光が薄暗い街を照らす中、俺は光となって突っ込む。


「そこまでだ、クソどもがっ!」


 街の人たちを連れ出そうとしている魔物を三匹、一瞬で切り裂く。

 性懲りもなく、また火蜥蜴魔サラマンダーかよ。

 炎のかすかな残滓を浴びつつ、俺は鞭を持った奴隷商人へ突っ込む。本当なら一撃で消し炭にしてやるとこだけど、そうはいかない。


 コイツから、シェリルと繋がってるって自白させないと。


 反応する暇さえ与えない。

 俺は即座に懐へもぐりこみ、肘打ちを鳩尾に叩き込んだ。


「ごぺぇっ!」


 情けない悲鳴を上げて、奴隷商人は壁に背中を打った。衝撃が貫通したか、肺から空気を全部出しながら倒れる。

 意識は失わないはずだ。

 それくらいの加減はしたからな。


「シスター。コイツを確保しておいてくれ。少し寝たら尋問するから。それと、シェリルに伝えてくれ。次はないぞ。って」


 タイムアップだ。

 アンネのギフトの効果が解除され、俺は強烈な倦怠感に見舞われる。

 我慢は無理。

 一気に来た睡魔に負けて、俺は目を閉じる。少し、少し、だ、け……──た。



 ◇ ◇ ◇



 スラム街での騒動は、パレードの準備で忙しいシェリルの耳にも入っていた。

 賄賂を受け取った手前、完全にスルーを決めこむつもりだったが、どうやら勇者がまた介入したらしい。


「しかも商人を捕まえた、だと?」


 シェリルは不機嫌に眉値を寄せた。


「はい。救援要請が入っています。どうしますか?」

「ただちに手配しよう。商人はどこにいる?」

「教会で確保しているようです。その教会からも手紙が届いておりますが」

「手紙だと?」


 そういえば予算に関しての嘆願が届いていたな、とシェリルは思い出した。

 もちろん封殺してある。

 シェリルは一応受け取り、中身を確かめる。


「勇者……っ!」


 ぐしゃ、と、シェリルは手紙を握りつぶした。

 


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