第12話 怠惰の真実と謎

 ──《怠惰》はバグスキル。


 その事実を知って、俺はめまいを覚える。もちろんショックなのもあるけど、《怠惰》が悪さを始めたらしい。

 けど、思考は止めちゃいけない。落ち着け。


 この《怠惰》がバグスキルなんだとしたら――どうして勇者は魔王になったんだ?


 いや、これってメインシナリオでも明確にされない謎の一つなんだよな。

 ゲームでは、メインシナリオの一期は勇者が魔王を、二期は魔王化した勇者を倒す英雄の話だ。それらをクリアしてから、いわゆる一.五期扱いで勇者が魔王として活動するストーリーが展開されるんだ。


 勇者はシナリオ開始時点で魔王化してしまっていて、前半シナリオでは次々と裏切られた世界への復讐が行われる。

 正確に言えばそれでも世界と恭順しようとするが、裏切られてしまって復讐することになってしまう。

 勇者が救ったはずの世界では、救えないクズみたいな奴らが蔓延はびこって好き放題していた。勇者は魔王として制裁を加えていくはずが、結果として世界から嫌われてしまう。

 それを繰り返し、絶望していった先――後半シナリオでは怒りが暴走し、制裁もやりすぎてしまうし、犠牲も大きくなっていく。


 というのがシナリオの筋だ。


 そしてその過程で出現するのが、二期の主人公である。

 どんな最善を尽くしても、魔王は負ける。

 救いのある負け方、救いのない負け方。どちらにしても、未来永劫の苦しみを味わう羽目になる。俺はそれが嫌だから今頑張ってるわけだ。

 そして、その闇堕ちして魔王化してしまう原因こそが《怠惰》だと思ってたんだけど――違うってことか。


「そこは完全に読めなくなってるんだよな……」


 資料には欠損が多い。

 中でも主人公に関する、特に世界を救ってから魔王化するまでの間の資料はごっそりと見れなくなっていた。


 どこかに存在するのか?


 考えだして、俺はまためまいに襲われる。

 あ、ダメだ。限界だ。

 このバグスキル、実装予定のヴェルフェゴールには何かしらの恩恵があるようだが、俺には一切ない。ただ疲れて無気力にさせられるだけだ。


「限界のようね。少し休んだら?」


 うつらうつらし始めた俺に、ヴァンが声をかける。

 舌なめずりしながら。


 え。いや、まって。


 俺は力の限りイヤな予感に心臓を持ち上げられるような気がした。

 だが、もう全身は気怠さに負けて動くのを拒否している。

 ちょっと待て! 俺、まさか、ていそうのき――…………ぐぅ。


「さぁて、お楽しみはここからよ」


 いや、やめ……っ


「ただいまーっ!」


 アンネの声が響いて、ヴァンが小さく舌打ちした。奇跡のタイミングとはまさにこのことだ。

 俺は安堵して、意識を完全に手放す。


 ありがとう、アンネ。



 ◇ ◇ ◇



 町の発展イベントの発生。

 シェリルは思わぬ恩恵を受け、ほくそ笑んでいた。


「まさに棚ぼたってやつだな」


 私室でワインをたしなみながら、シェリルは窓から外を見る。

 町の賑わいは大したもので、パレードも行われる様相だ。もちろん、その主役はシェリルである。


 スタンピードから町を救った英雄。


 それがシェリルの今のポジションだ。

 すでに《賢者》の地位を得ているが、このままいけば《英雄》にもなれるかもしれない。そうなれば、ステータスでもかなりの恩恵を得られるようになる。


「くくっ。剣士と魔法使いの二人も、私を見下せなくなるだろうな」


 むしろ、相手が地面を這いつくばるはずだ。

 なんと楽しく、愉快な光景になることだろうか。

 今まで後衛しかできないからとバカにされてきたが、見返す時がきた。


「さて、町の発展はもちろん教会への増資だが……」


 教会の影響力がおおきくなれば、できる範囲も広くなる。ミサはもちろん、何かしらのイベントも行えるようになるだろう。

 教会の発展は町の秩序を呼び、より高品質な教育を可能とする。

 長期的に見るメリットは大きい。


「けど、それに似つかわしくない教会も存在する」


 宗教としての公平性を保つため、スラム街にも教会を一つ設置している。

 だが、シェリルの思想にはそぐわない。


「僅かばかりの施しで救いはあるか、という話だ」

「私をお呼びだてしたのは、そういう話でございますか?」


 ゆっくりと闇から姿を見せたのは、下卑た表情と服装の男だった。趣味の悪いアクセサリーの数々は、卑しい奴隷商人の証拠だ。

 本来ならば、近寄ることさえ許されない罪人のはずだ。


「ああ、そうだ。彼らに真の救いを与えてやって欲しい。せめてこの世界のため、文字通り身を粉にして魂ごと役に立たせ、最後はその徳を来世のために使わせてやってくれ」


 言葉の真意を悟り、奴隷商人がニタァ、と笑みを深くする。


「どれほど狩ってよろしいので」

「貴公の深い懐が許すまで」

「密約ですな。しかし、言葉だけで我々の身の安全を保証していただけるなどと、安易に思うほど生温い生活を送っておりません」


 奴隷商人は懐から袋を取り出して、いくつも机の上に並べる。

 どれもこれも――金塊だった。


「金で私を買収するつもりかな?」

「いいえ! とんでもない。喜捨ですよ、喜捨」

「なるほど。喜捨か。それならば拒否する理由はどこにもあるまい」


 ふふ、とシェリルはドス黒い笑みを浮かべた。


「スラム街への教会予算は増額はしない。騎士も我が教会に所属しているものを手配しておくとしよう。そうすれば、何かあっても問題あるまい」

「それはそれは、実にありがたい」

「すべては町の再開発のためだ」


 スラム街の解体は、シェリルの野望の第一歩でもある。

 今、勇者パーティの一人として町の顔はシェリルだ。このまま功績を残していけば、いずれ町の代表に選出される。

 そうなれば、この町を文字通り牛耳れるのである。


「なるほど。露払いも兼ねているのですね。それでは、着手させていただきます」

「ああ、好きにしたまえ」


 シェリルが言うと、奴隷商人はうやうやしく一礼してから退室した。


「さて……私は私の道を突き進むか」


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