第11話 アンネの思い

 特訓を始めてから一週間。

 アンネはようやく《ライフアップ》のスキルを習得し、自分のギフト──《伝播》の強化に励んでいた。


 すべては、弟たちのため。


 アンネにとって最大の目的だ。

 何よりも優先されるべきものだ。たとえ自分の命を削ったとしても。

 だから、堕落して落ちぶれた勇者にもすがったのだ。腐っても勇者なら復活させられる可能性があるのだから。


 まさに身を売る思いで勇者との共同生活をはじめたわけだが……


 勇者は腐っていなかった。

 魔王に押し付けられた《怠惰》のせいでずっと苦しみ、たったひとりで抗っていた。

 放置はできない。そして、決して堕落していない。

 勇者の面倒を見ていくうちに、アンネは勇者を本当の意味で信じられるようになっていった。


「勇者さまはすごいです」


 あれだけ大変なのに、勇者は町を救ってみせた。

 手柄を横取りされたのに、気にすらしてない。

 その器の大きさは、まさしく勇者そのものだった。反面、シェリルにはかなり業腹だが。


「だから、私、もっと役に立ちたいんです」


 そんな勇者を、苦しみから解放してやりたい。

 アンネには、そんな思いが芽生えていた。

 だから、アンネは預言の魔女――マキアの元を訪れていた。

 本来なら絶対に不可能だが、勇者からお使いを頼まれたついでだ。


「なるほどねぇ。まぁ主従関係も結んでるんだし、スキルもギフトも訓練をしてる。やれることはやってるんじゃない? って私は思うんだけど」

「でも……でもっ!」

「はいはい。分かった。分かったさね」


 アンネの熱意にあてられて、マキアは苦笑した。

 アンネの両腕に抱えられたバスケットには、大量の食材が入っていた。


「しかし、この預言の魔女に料理を習おうとするなんてね……勇者という、あんたといい。千年ぶりの来訪者は変わってるね」

「だって! ヴァンちゃんがとっても美味しそうなご飯を毎日作ってるんです! ミネストローネに、チキンライス、ミートボールにボルシチ……他にもいっぱい!」

「全体的に赤いね」


 吸血鬼ヴァンパイアだからだろうか。

 口には出せない推察を飲み込んで、マキアは腕を組む。


「女子力で負けたくないんです!」

「その年齢で女子力気にするんかい」

「もう十三歳です!」


 ぷう、とアンネが頬を膨らませる。

 その可愛さにマキアは苦笑した。


「ま、女は生まれた時から女だからね。いいよ。じゃあ簡単なものというか、料理の基本を覚えていこうか」

「はいっ!」


 アンネはいつになく真剣な表情を浮かべた。



 ◇ ◇ ◇



「あら、アンネちゃんは?」


 俺が体力回復を目的とした昼寝をリビングでしていると、ヴァンが入ってきた。

 顔だけあげると、すっかり掃除をする服装だ。


「んー? おつかい」

「あら。また何か頼んだの?」


 水を汲んだ桶を床に置きつつ、ヴァンは聞いてくる。


「ちょっとな。欲しいアイテムがあって。マキアしか持ってないんだよ。アンネなら転移棒テレポーター使えるし。それに、息抜きにもなるだろ」


 俺はもぞもぞとブランケットにくるまる。

 このリビングにあるソファ、寝心地めっちゃいいんだよなぁ。

 ちなみにこの家にある家具たちも、俺が実際にゲームで集めたものばかりだ。なんかホーム造りに無駄にハマった時期があって、最高級品をビルドしまくったんだよ。


 なので、全部が最高耐久、最高品質である。


 なんかこう、雲に包まれてるよーな感覚だよなぁ。

 この心地よさがたまらん。


「息抜きねぇ。まぁ確かに、ここ最近ずっと頑張ってるものね」

「頑張らせてるんだよ、俺がな」


 俺はゆっくりと起き上がる。

 正直、アンネを味方にするためにした方法は良いとはいえない。

 アンネにとっては自分の命よりも大事な弟たちの魂を、俺は人質にしたようなものだからな。

 正直、恨まれてても不思議はないと思う。


「だから息抜きさせるのも自分ってこと? 傲慢なことね」

「無制限に頑張るんだから仕方ないだろ」

「急いでるんでしょ。あなたのためと、弟さんたちのため」

「それでぶっ壊れたら意味ねぇだろ」


 俺はため息を漏らす。


「弟たちが復活した時、アンネが無事じゃなかったら、弟たちが悲しむだけだ」

「そうね。アンネちゃんにはそういうとこ、教えないといけないわね。自己犠牲は否定しないけど、完全な自己犠牲は自死と一緒よ。まったく、誰を見本にしてるんだか」

「なんで俺を見るんだ」


 ちらちら分かりやすい視線を送ってくるヴァンに抗議しつつ、俺はブランケットを羽織ったまま天井を見上げる。

 俺? 俺が見本?

 いやー、それはない。言っとくけど俺はそんな人間じゃないぞ。


「人間って面白いわね」

「何悟ってんだ吸血鬼」

「その中でも、勇者ちゃんは特別よ。ということで調べてきたわよ。はい資料」


 ヴァンはテーブルの上に分厚い本を何冊も置く。これはっ……!

 俺は思わずヴァンを見た。

 なんでこんなもの持ってるんだ!?


「うちにあったのよ。でも、私でも解読は無理だったのよね。古代言語とも違うし……まるで異世界の言語だわ。何か解読するテキストヒントくらいあれば良かったんだけど、それもないし」


 そりゃそうだろう。

 だってこれは──。

 俺はごくり、と生唾を飲み込んだ。古くさい資料の表紙には、マル秘と堂々と日本語で押印されている。

 タイトルは、『デスティネイション・フロンティアサーガ設定資料全集(開発者用)』とある。


 思いっきり内部資料だ。


 開発担当しか見れないものが、なんだってこんなとこにあるんだ……!? いや、なんでヴァンが保有してるんだ? そもそもこの世界って、いったい……?

 いや、それより前に。

 ここになら、《怠惰》に関する情報があるはずだ!

 俺はすぐに目次を引く。


「迷いがないわね。読めるの?」

「ああ」


 相づちを打ちつつ、俺は文字に指を添えていく。たいだ、たいだ……。


「ところどころ欠損してるっぽいけど、読むのに不都合はなさそうだ」

「勇者ちゃんってホント何ものなの……」

「あった」


 おののくヴァンを尻目に、俺は分厚い資料を開く。

 結構古びてるから、丁寧に扱わないと。


「《怠惰》……魔王ヴェルフェゴール(※未実装ボス)専用スキル。デバフ系。全ての行動にスキルポイントを極大消費、及び状態異常【無気力】を強制付与する代わりに負の魔力を蓄えるようになる」


 ──これだ!

 俺はさらに情報を読み込んでいく。やっぱり【怠惰】はパッシブスキルだったんだ。効果はかなり不穏だ。負の魔力って、魔王化するのも分かるな。

 しかし、魔王ヴェルフェゴールって……こんなもん実装するつもりだったんかい。


「ん? 特異事項……? バグ?」


 ちょっと読みにくいけど……


 って、おいおい。


 ──現状、特定の行動とスキルを手にしたプレイヤーに一定確率で発現するバグを確認!? 対策の検討が早急に必要。


 はい?

 俺は明確に顔がひきつるのを自覚した。

 お、俺を苦しめる《怠惰》はバグってことか? シナリオとして魔王化していくんじゃなかったのかよ? どういうことだ。いや、どうなってんだ?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る