第9話 ヴァンちゃん

 テーブルに簡単な朝食が並ぶ。

 俺とアンネ、そしてめそめそと泣く吸血鬼ヴァンパイアの分だ。


 事情は分かった。


 俺の攻撃を受けて弱体化した吸血鬼ヴァンパイアは、元々吸血鬼社会から除け者扱いされて追放されてしまって、ずっと一人でうろうろしていたらしい。

 で、町の情報を何気なく集めてたら、俺が堕落して使い物にならなくなってること、勇者パーティしかいないことを知って、スタンピードしている集団を掌握。

 数をさらに集めつつ、シェリルしかいないタイミングを見計らって一気に攻撃を仕掛けたんだけど、俺によって阻止されてしまった、と。

 力の大部分を失った上に、スタンピードの掌握も強引にしたせいで居場所がなく、ここに流れ着いてきたんだと。


 いや、やっぱりなんでやねん。


 敵意もないし、これからも手は出さないという誓約までしたからアンネも特別に居候を許可したらしいが……。

 純血の吸血鬼ヴァンパイアだぞ?


 凶悪な吸血鬼ヴァンパイアどもの中でも最上位種だ。人間なんてただの餌としか思ってないんだぞ。誓約だって、確かに破れば命が奪われる代物だから強力だけど、何か抜け道を作っているかもしれない。

 ──俺だって何度辛酸をなめさせられてきたか。


「ヴァンちゃん、食べて?」

「ええ、ありがとう……しくしく」


 アンネにすすめられて、吸血鬼ヴァンパイアはトーストをかじる。

 吸血鬼ヴァンパイアは人間や類似種族の地肉しか栄養源にできないし、食べられないはずなんだが……。


「うん、美味しい」


 いやフツーに食えるんかーい。

 ツッコミが追い付かないぞ……っ!


「勇者さま」

「……分かってる」


 アンネの声を受けて、俺もパンをかじる。

 いや、それでもだなぁ。

 俺はちらちらと吸血鬼ヴァンパイアを見てから、アンネも見る。

 全然平気そうなのはなんでだ? 吸血鬼ヴァンパイアだぞ? いや、アンネはスラム街出身だから、その手の知識には疎いかもしれない。

 それに……コイツからは明確な敵意は何も感じられないからな。


「なぁ」

「ええ、分かってますわ。これを食べたら素直に出ていきます。この昼間に出ていけば、たぶん一時間もあれば苦しみ喘ぎながらでしょうけれど消滅できるでしょうし」

「いや、その」

「その様子をどうぞせせら笑いながら観察なされるがいいわ。所詮人と魔は分かりあえないのよ……しくしくしく」

「勇者さまっ!」

「まだ俺何も言ってないよ!?」


 アンネに咎められて、俺も半泣きになりそうになった。

 理不尽だと目線を送るが、アンネはぷう、と頬を膨らませる。


「何も言ってないからです! めっ!」

「ご、ごめん……」

「いいのよ、アンネちゃん。ありがとうね」

「いやだからまだ何も言ってないって。っていうか聞けよ」


 ダルくなってきてるのを我慢して、俺は吸血鬼ヴァンパイアを見た。いやなんで顔赤らめてうつむくんだ、おい。


「本当に何もしないんだな?」

「ええ。力が戻っても、あなたたちには危害を加えないわ。誰が惚れた男に手を出すものですか」


 …………はい?

 凄まじい爆弾発言を耳にして、俺は一瞬頭が真っ白になった。

 いやいやいや。


「え? まって。お前、吸血姫ヴァンピールだったのか?」


 錯乱して俺は変なことを確認する。

 どう見てもコイツはオッサンである。吸血鬼ヴァンパイアらしからぬ筋骨隆々っぷりが目に見えて分かるからだ。顔だって割とゴツいし。

 そもそもの体格だって、俺なんかぶっちぎってるぞ。


「やだ、そう見える?」

「見えないんだけどね」

「ぐはっ!」


 くねくねするゴリラ吸血鬼ヴァンパイアに容赦なくツッコミを入れると、胸を押さえてイスの背もたれにもたれかかってうな垂れた。


「勇者さま! めっ!」

「いやでも真実は言わないと後々傷つくのコイツだろ?」

「それはそうですけど、私も見えませんけど、でも、めっ!」

「アンネちゃんも十分きっついわよ?」


 かたかた震えながら言われた。


「っていうか、男が男に惚れたらダメな理由なんてないでしょ」

「いや確かにないけど」

「安心して? 私、部下にサキュバスがいたことあるから。たっぷりとイロイロと楽しませてあげるわよ?」

「謹んで遠慮申し上げます」


 フェロモンまで放つ吸血鬼ヴァンパイアに俺は言い切る。

 その向かい側で、アンネは頭を抱え始めていた。


「ぬぬぬ……。まさかこんなタイミングで……まさにライバル……で、でもここで許容するのが女の度量だってシスターが……」


 一体何に悩んでるんだ。っていうか何を教えてるんだ、スラム街のシスターは。

 呆れてため息しか出ない。

 なんか疲れてきたぞ。もうツッコミいれないからな。


「ともあれ、勇者ちゃんを気に入ったのもあるんだけど、あのアホ賢者も許せないのよね」

「アホ賢者? シェリルのことか?」

「そう! そうなんですよ勇者さま!」


 確認すると、アンネがいきなり怒りを露にした。

 どん、とごはんをひっくり返す勢いでテーブルを叩く。


「あのひと、勇者さまの手柄を横取りしたんです!」

「横取り?」

「そうなのよ。あのアホ賢者、魔物の群れを倒したのは自分だって言っちゃってね。否定する証拠がないから、みんな信じちゃって。一応勇者パーティの一人だったわけだし」


 まーたそんなアホなことしてんのか、あいつは。

 いい加減学習しろよな。そんなホラ吹いたところで、次にやってくるのはそれに応じた任務だぞ。分不相応な任務に挑めば、死ぬのは自分だ。

 ほんと、自分で自分の首を絞めるの好きなヤツだな。


「すぐに抗議しましょう! 勇者さま!」

「ほっとけ、別にいいよ」

「でも、勇者さまの手柄なのに!」


 アンネは納得してない様子だ。

 こうして怒ってくれるのは嬉しいんだけどな。俺だって何も思わないワケじゃない。


「世間じゃ俺は堕落した勇者だ。パーティからも追放されて世捨て人同然だしな。そんなヤツが今さら何かを訴えたところで、誰も信じちゃくれねぇよ」

「私は見たもん……っ」

「ああ、泣くなって、アンネ。俺のためにありがとな」


 大粒の涙を目に浮かべるアンネの頭を俺はなでる。


「俺は町を守れたって事実だけでいいよ」


 正直、今の状態じゃ勇者に戻ったとしても勇者の仕事はとても無理だからな。


「勇者ちゃんってお人よしね。でも、私もアホ賢者にはきっつーいお仕置きが必要だと思うわ。見てよ。外はお祭り状態なんだから」

「お祭り状態?」

「そ。みんなタペストリを窓から下げちゃってさ。何かパレードもあるらしいわよ」


 つまらなさそうに窓を指さしてから、吸血鬼ヴァンパイアは頬杖をついた。

 俺は軽く腕を組む。

 パレード、か……そうか。町の発展イベントが発生したんだな。





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