第8話 目覚め
「勇者さまっ!」
声をハッキリとかけられて、俺は強制的に目を覚ました。
知らない天井に、知らない布団だ。
ゆっくり視線を巡らせると、どうもワンルーム貸し切りの安宿らしかった。
シャワーもあるしキッチンもあるのが特徴で、全部の世話を自分でする代わりに格安なのがウリのスタイルだ。正直、布団も固いし、設備はあまり良くなさそうだ。
シェリルめ。
こんなトコに俺を運びやがって。
相変わらず扱いが悪い。まぁ、放置されるよりかはマシだけど。さすがにそれは外聞が悪すぎるから躊躇ったんだろうな。でもマトモなトコに保護するのはイヤだから、妥協点としてこの安宿に放り込んだってとこか。
そこまで考えて、俺は息を吐く。
動く気力までは、まだ戻っていない。
なんとか目線だけでそれを訴えると、アンネは心得たように頷くと、すぐに気付け薬を持ってきてくれた。
ごくっ。うわ苦っ。
思いっきり顔をしぼめて我慢していると、ぐっと気力が戻ってきた。
まだかなりダルいけど。
ゆっくりと身体を起こすと、すぐにアンネが食事の支度をはじめた。
「よかったー! もう三日はずっと寝てたから心配だったんですよ!」
「みたい、だな……結構スキルポイント使ったからだな
ろうな……」
「あれだけの数の魔物をどかーんってやっつけちゃいましたからね。疲れない方が不思議だったんですけど、でも、全然ぴくりともしなくて」
だろうなー。
スキルポイントはメンタル――気力そのものだ。
ゲームにおいては体力と同等に重要なステータスである。
何せ、スキルポイントを使い果たしても死んでしまうからだ。
一応、一定時間おきにちょっとずつ自動回復するから完全に枯渇するって悲劇はあんまり起きないんだけど……。
俺の場合、《怠惰》があるから回復まで余計に時間がかかるんだろうな。
「うん。ごめんな」
「いえ、そんな。でもスゴいですね。本当にスゴかったです」
アンネはパンをトーストしながら興奮気味に言った。
まぁ、確かにあれだけの大技は一般市民じゃお目にかかることはまずないからな。
「確かに威力もスゴかったけれど、本当にヤバいのはあの重ねたスキルの数よ」
……うん? 誰だ?
今、明らかにアンネの声じゃなかったよな?
「スキルの数?」
「そうよ。この世界では、何をするにしてもスキルが重要よ。料理だってスキルなんだし。で、そういったスキルは一度に三つから四つくらいまでしか重ねることができないのよ」
えっと、どっから聞こえてるんだ?
俺の視界は寝室のドアから見えるキッチンで、背中を見せるアンネしかいない。ってことは、その外に誰かいるのか?
でも、人間の気配は感じないぞ?
訝しみつつ、俺は顎を撫でる。
アンネがまったく警戒していないあたり、アンネの知り合いなんだろうか。
「そうなんですか?」
「そうよ。そもそもスキルというのは重ねれば重ねるだけ制御が難しくなるのは知ってるわよね?」
「それは、もちろん」
「同時に発動させてるわけだしね。それにスキル効果の相互干渉とかも発生するから、失敗したりもするのよ。だから三つから四つが安定して制御できるボーダーと言われているわ。でも、勇者ちゃんはそれをあっさりと超えてみせたわ」
アンネと話している相手は、結構詳しいみたいだ。
「しかもその時使ってたスキルは、《ハイスキル》ばっかりだったわ」
「ハイ……スキル?」
「スキルを幾つも組み合わせ、より強い効果を引き出したスキルのことよ。何度も何度も繰り返すことで、身体が覚えるとスキルとして使えるようになるんだけど、勇者ちゃんはその《ハイスキル》を大量に組み合わせていたのよ」
……訂正。かなり詳しい。
ぶっちゃけ、ただの剣士や魔法使いが到達できる領域じゃない。
プレイヤー基準で考えるなら、かなりのガチ勢。上位プレイヤーだ。
なにものだ?
「まさに超絶技巧――さすが三冠の勇者ちゃんね」
「あまりよくわからないけど、スゴいことは分かりました!」
「素直ねぇ。ふふっ。でも、本当にスゴいのよ。というか、三冠を持ってるコト事態も普通じゃないわ。私は今まで何人もの勇者と呼ばれる人間と出会ってきたけど、《剣聖》と《英雄》と《賢者》——三つとも所持してる人間なんていなかったわ」
低くなる声に、俺は内心で頷いていた。
メインシナリオを進めていくと、この三冠のうち一つは習得できるイベントにぶつかる。どれかを選択してイベントを進めていくわけだ。
だから、ほとんどのプレイヤーは知らない。
達成条件さえ整えれば、三つとも手に入ることを。
もちろん並大抵のことじゃない。三冠と言われるだけあって、この三つのスキルは発動すると凄まじい恩恵がある。ステータスが激増するし、専用のスキルだって使えるようになる。
だから達成条件は鬼のようにムズい。
バカみたいにやりこんだ俺だから達成できたんだ。
運営だって達成するヤツ出てくるなんて思ってなかっただろうなー。
いや、今はいい。
それよりも、だ。
歴代の勇者を出会ってきたってことは——何年生きてるんだ、そいつは。
俺はなんとか気力を振り絞り、ゆっくり立ち上がる。あーダルい。
壁にもたれかかりながら寝室から出ると、そこには
え? なんで?
一瞬だけぶつかる視線。
青白い肌に真っ赤なルージュから覗く一対の細い牙。切れ長の目にオールバックにした紫の髪に、襟つきのマント。
瞬時に理解した。
コイツ、純血だ。しかもあのスタンピードを誘発させて町を破壊しようとした張本人じゃねぇか!
「アンネ! スキル!」
俺は精一杯の声を放ち、身構える。
「勇者さま?」
「コイツは純血の
「あ、はい。知ってます」
「知ってるならなんで家に入れてるんだ!?」
「えっと……仲間だから?」
「仲間!?」
意味が分からなくて、俺は
すると、そいつはいきなり艶かしい動きで身体をくねらせた。いやなんでやねん。
「ひさしぶりね、勇者ちゃん。私のことはヴァンちゃんって呼んでね?」
「イヤだ」
「ひ、ひどいわっ! 即座に無表情で容赦なく拒否するなんてっ!
「いやねぇだろ」
「うわあああああん!」
泣き崩れる
頬をぷう、と膨らませている。
「勇者さま! めっ!」
……えっ。なんで俺が叱られてるの?
どーなってんですかねぇ!?
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