第7話 スタンピード

 真っ黒な日傘に、オールフードの黒いローブ。さらにスカーフと黒レンズ眼鏡で顔面を覆ったそれは、魔物の群れを従えている様子だった。

 手の合図一つで、魔物の群れがそれに道を譲ったからだ。

 しかし。


「いや、誰だ貴様」


 正体がまったく分からず、シェリルは不審な表情で疑問をぶつける。

 空気が固まる。

 真っ黒なそれは、屈辱を受けてわなわなと震え始めた。


「こ、この私を感じ取れないなんて……なんて無礼な!」

「分かるわけないだろ!? せめて顔くらい見せたらどうなんだ! 卑しい魔物風情が!」

「誰が卑しい魔物ですって!? こんな低俗な知能指数ヤバ低い野生連中と一緒にしないで欲しいわね! 私は高貴なるものよ!」


 シェリルの罵倒に地団駄を踏んでから、真っ黒なそれはスカーフを少しだけ剥ぎ取る。

 見えたその口元は、真っ赤なルージュで彩られていて、鋭い牙がちらりと姿をのぞかせている。


 瞬間、シェリルに緊張が走った。


 たちまちに身構え、目を細める。

 太陽の日差しを全力で拒否する格好。自らを高貴なるものと名乗る、牙もちの人間──あてはまるのは一つだけだ。


吸血鬼ヴァンパイアか!」


 数ある魔物の中でも、特に強力な部類の種族だ。

 弱点も多いが、条件がそろった場合の強さは尋常ではない。


「こんな昼間に……だからその恰好か」

「太陽の日差しは肌に悪いのよ? 私って繊細だから。とにかく、このチャンスを逃す気はどこにもないわ。覚悟することね? 勇者パーティ最弱の《賢者》ちゃん?」

「貴様っ! 愚弄してっ!」


 シェリルは頭に血を昇らせて魔力を集中させる。

 だが、錫杖からは魔法が発動しない。


「すでにそこまで汚れてる状態で、あんたに何ができるのかしらね」

「くっ……」

「汚れただけで弱くなるその脆弱性から、後方支援しかできないのに。でしゃばって出てくるからそうなるのよ。欲に溺れて、情けない」

「魔物風情がっ!」

「その魔物に負けそうになってるのは、どこの誰だって話ね。ふふ。その場しのぎでしかないアンタと、準備をキッチリと整えてきた私とでは、まったく違って当たり前だけどね。さあ。どんどんぶちまけておしまいっ! 徹底的に汚してやるのよっ!」


 吸血鬼ヴァンパイアの命令に従い、ゴブリンやコボルトといった魔物たちが一斉に泥をぶつけてくる。

 落とし穴にいては、回避するスペースはない。

 シェリルはあっという間に泥まみれになってしまった。


「こ、このっ……!」

「うふふ。いいわ。いいわよぉ、そのヨゴレ具合。そそるじゃないの」

「な、何を……この私の血を吸うつもりかっ!」

「それもいいけど、一晩中じっくり時間をかけて弄んであげるわ。快楽に溺れさせてあげるわ」


 舌なめずりさえする吸血鬼ヴァンパイアに、シェリルは顔を引きつらせる。

 さっきからの声で、吸血鬼ヴァンパイアが男だと分かっている。

 想像して、恐怖が走った。


「い、いやいやいやっ!?」

「あんたをたっぷり堕としながら、町も呑み込んでやるわ。勇者パーティが守れなかったとなれば、町の支配権はもらったも同然!」

「……――だからこのタイミングを!」

「勇者のいない勇者パーティなんて怖くないし、その中でも最弱のくせに傲ってたるんだアホしかいないんだったら、攻めるしかないじゃない?」


 侮辱されて、シェリルは怒りで顔面をあげる。直後、泥がその顔面に直撃した。

 ぬる、と泥が口にも入ってきた。


「ぶはっ! 臭いっ! 汚いっ! ぺっぺっ!」


 泥を吐き捨てると、シェリルは眩暈を覚えた。

 いよいよとして力が完全に抜けたらしい。


「くっ、このままじゃ……」


 色々と色々なモノを失ってしまう。

 だが、シェリルにはもうどうにもできそうになかった。

 その瞬間だった。――光が、降りてくる。



 ◇ ◇ ◇



 まったく。マジで何やってんだか。

 俺は呆れながらシェリルの首根っこを掴み、また転移棒を使って落とし穴から脱出する。

 よいしょっと。

 俺はシェリルを近くの地面に放り投げてから、ギロりと黒ずくめの魔物――吸血鬼ヴァンパイアを睨んだ。


「この感じ……しかも純血かよ」

「あら、そこのイロ男ちゃん。そこまで分かるなんてすごいじゃない?」


 何故か乙女みたいなポーズを取りながら、吸血鬼ヴァンパイアは言う。

 俺にはゲームの知識が膨大にある。そのせいか、相手と対面するだけでなんとなく正体を感じ取れるようになっている。

 でも、純血の吸血鬼ヴァンパイアは厄介だな。

 ゲームでも最強クラスに強い魔物だ。いろんな方法で弱体化させないとダメージさえ通らない。


 ま、裏を返せば対策さえ整えられれば、どうにかなるんだけど。


 かなりダルい。

 正直辛い。今すぐ寝たい。

 俺は思わず猫背になってしまう。だらーんとだらける。一気に気力が消えていくのが分かった。


 どうやら《怠惰》が出てきたらしい。


 これはすぐにでもどうにかしないとな。

 俺は隣に立つアンネに目線を送る。気づいたアンネはすぐに頷いた。


「アンネ。あいつにも《伝播》させられるか?」

「はい、できます」

「じゃあ、頼む……ちょっと、限界近いから」


 それに、より力を開放できるようにしておかないと。

 相手は吸血鬼ヴァンパイアだけじゃない。後ろに控えてる魔物の群れも滅ぼさないといけないんだ。

 俺のお願い通りに、アンネは俺から《怠惰》を伝播させて引き受け、さらにシェリルへと伝播させていく。


 びくんっ、と、シェリルが大きく震えて――ぐだぁ、と寝ころんだ。


 っておい、なんだそれ。

 いきなり地面に寝転がるんじゃないよ!


「あー、かったるーい。あー、だるーい」


 芋虫みたいに腰だけ浮かした状態でうつぶせになるシェリル。

 すっごいダサい。

 いや、俺も人のこと言えないんだけど。


 ぐ、と、力が戻ってくる。


 よし。無敵時間は一〇秒。とっととケリをつける!

 俺は意識を集中させる。


「――《剣聖》」


 一つ。


「――《英雄》」


 二つ。


「――《賢者》」


 三つ。


 俺は三冠スキルを発動させ、力を漲らせる。

 圧を感じたか、黒ずくめの吸血鬼ヴァンパイアがのけ反った。


「髪が黄金色に……それに、この感覚……まさか、あんたっ」


 驚愕する吸血鬼ヴァンパイアを他所に、俺は虚空を掴む。


「出てこい! 《光の聖剣》っ!」


 空間を切り裂く光が出現し、俺はさらにスキルを展開する。

 無限の可能性、無限の組み合わせ。

 俺はそのほとんどを把握してるんだ。


「――《威圧》《拡散》《捕縛》《侵食》《浸透》《広範囲》《トリプル》《圧迫》」


 展開。


「――《威光の重圧》」


 瞬間、凄まじい重力が魔物を圧迫し、動きを封じ込める。

 魔物どもが息さえ忘れて緊張硬直する中、俺は剣を振るう。


「《巨大化》《分裂》《閃光》《破壊》《破砕》《衝撃》《極》《拡大》《トリプル》《爆裂》《誘爆》《殲滅》――っ!」

「なっ……なに、これだけのスキルっ……!」

「《裂光空斬》っ!」


 光の聖剣が巨大化し、俺は横に薙ぎ払う。

 ぎゅん、と光の聖剣から次々と光が放たれ、魔物どもの群れに着弾、一気に爆裂していく!


 ちゅどどどどどどどどっ!


 と爆発が立て続けに起こり、魔物同士で誘爆、あっと言う間に無数の光芒を生み出した。

 やや遅れてから暴風が周囲を叩きつける。


「こ、この破壊……っ! 間違いない。戻ってきたの!? 勇者!」

「この一撃で終わらせるっ! ――《閃光》《聖別》《浄化》《斬撃》《無拍子》《加速》《極》《切り抜け》!」


 一瞬の加速。

 俺は光となって吸血鬼ヴァンパイアの脇をすり抜け、真横に一筋走る光の剣の痕跡を残す。


「──剣絶技、《ピリオド》」


 光が炸裂し、ヴァンパイアを切り裂く。


「きゃあああああああっ!」


 雄々しい声で黄色い悲鳴をあげたヴァンパイアは、一瞬にして無数の蝙蝠に変化、空高く逃げていく。

 あれは最後の手段だ。

 ああなった吸血鬼ヴァンパイアはほとんどの力を失う代わりに逃亡力は極大で、追撃は困難だ。


 ──……それに。


 時間切れだ。

 一気に脱力感が全身を襲い、俺は立つことさえままならなくなる。なんとか片膝ついたけど、身体を支えきれない。


「シェリル……聞こえてるな……俺とアンネを、安全、な、とこに……連れていけ。いいな。じゃないと……」


 《怠惰》の影響から解放されたシェリルに命令しつつ、俺は意識を手放した。



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