第6話 《預言》の魔女と勇者

 預言の魔女。マキア。

 彼女はこのゲームにおける《はじまりの町》にあたる、アイラスシティの郊外、森の中にいる。

 メインシナリオでもサブシナリオでも立ち寄ることがないここは、忘れられた森ってプレイヤーでも言われてるエリアだ。興味本位で立ち寄った奴らもいるけど、魔物一匹わかないここに価値はないとすぐに判断したんだよな。


 ま、そりゃそうだ。


 なんてったって、マキアは達成条件が意味不明なくらい難しい特殊イベントをクリアした後、通知もフラグも何もなく現れる。ヒントさえないんだよ。

 俺だって見つけられたのは、本当に偶然だった。


「……それで? 気付け薬だけじゃ用件はなさそうだね」


 俺の後ろで隠れるアンネを覗き見るようにしながら、黒いツバ帽子の美女――マキアは俺に言ってきた。

 さすがにカンが鋭い。

 当たり前なんだけど。マキアは自分のフィールド内においては手出しすることさえ出来ない文字通りチートキャラだ。思考だってあっさり解読されてしまう。


「大体分かるよ。ふーん。その子、面白いギフトを持ってるね」

「えっ。な、何も言ってないのに……」

「あー。そういう人だから、この人。マキア」


 さらに強張るアンネの頭を撫でながら、俺は咎める。

 マキアは肩を竦めた。


「だから子供は嫌いなんだ。で? 確かにこの子はあんたにとっちゃ奇貨だね。だから鍛えたいって話なんだろ?」

「思いっきり見抜いてるし。鑑定して欲しいんだよ」

「分かってるよ。この子は、中々イイ才能を持ってるようだね。特に防御性能に強い才能がある。タンク役に最適だね。でも、……今のままじゃあダメだ。あんたの《怠惰》に耐えられないよ。もっと五秒ってとこかな」


 やっぱりか。

 ギフトを発動した瞬間はスキルポイントを消費しないボーナスがあるからある程度俺の《怠惰》を受け止められたけど……。

 レベルが低いとそうなる、か。

 けど、アンネに無理はさせたくない。


 まだ小さい女の子なんだ。


 何より、アンネは自分の弟たちを助けるために動いてる。

 半分人質に取ってるようなもんだし。それでさらにアンネを酷使するなんて正気の沙汰じゃない。


「だからまずはレベルの底上げからだね。あんまりあげたくないけど、仕方ないね。はい」


 マキアは壺を探ってから、虹色に輝く結晶をアンネに差し出した。


「こ、これは……?」

「ギフトのレベルをアップさせる秘密道具だよ。たくさんあるワケじゃないんだからね。さ、飲んで。はい、水」

「はい……あの、勇者さま」


 俺は頷く。

 アンネは不安そうにしながらも、意を決したようにグッと口に放り込んで、水で一気に流し込む。

 すると、アンネは光を帯びた。すぐに変化はやってくる。


「すごい……これ!」

「これでレベルは三になったよな。何か変化は?」


 ギフトやスキルは、レベルが三になるとランクが上がる。ほとんどの場合、能力が強化されて新しい技能が追加される。

 俺とマキアはまずそれを期待したんだ。


「えっと、はい。《伝播》が強化されて……相手からスキルを受け止めつつ、誰かにも渡せるようになりました」


 どっちか片方にしかできなかったけど、できるようになったってことか。もちろん、その分俺のレベルは低下する。

 つまり――俺が楽になる。

 俺のことを理解してくれる仲間を増やせば、もっと動きやすくなる。


「他にできる強化といえば……主従契約だね」


 マキアは顎を撫でながら言った。


「って不満そうな顔浮かべるんじゃないよ、ケンゴ」

「俺がそういうの苦手だって知ってるだろ。ダルいな」

「背に腹は代えられないんじゃないのかい? 主従関係を結べばギフトの効果は上昇する。より軽い負担で、より高いレベルを《伝播》できるようになる」


 俺の目線に気付いたマキアは、軽く俺を睨みながら正論を口にした。

 確かに、主従関係は魂の繋がりが深くなる。

 ゲームにおいてもそんな説明があって、常にパーティ編成しなければならない代わりに、能力の上昇恩恵がある。


 パーティの自由度が下がるから、嫌われてたシステムだけど……。


 確かに背に腹は代えられない。

 それに、アンネの負担が軽くなる。とはいえ、主従関係は従者にリスクが高い。何せ主人には逆らえなくなるからだ。


「勇者さま。私は大丈夫ですよ。勇者さまのこと、信頼してますから」


 分かっているはずのアンネは、真っすぐ俺を見上げて頷いた。

 ああもう、そう言われたら何も言えなくなる。


「……本当にいいんだな?」

「もちろんです」


 アンネは即答だった。


「決まったようだね。それじゃ、小指と小指をかけあって。はい、この魔法陣の上に立つんだよ」


 マキアの指示に従うと、俺とアンネの手の甲に紋様が浮かんで消えた。主従契約の成立だ。

 身体にこれといった変化はないけど、アンネのステータスが俺にも確認できるようになっている。なるほど、こういうとこもゲームと一緒か。


「これで《怠惰》の負荷に一〇秒は耐えられるようになったね」

「そうか……なぁ、マキア」

「いっとくけど、この虹色の生成にはバカに時間がかかる。追加は無理だよ」


 ちっ。さすがにそう上手くはいかないか。

 仕方ないな。

 とはいえ、こっからは地道な努力だな。まずは……。


「ああ、そうだ。ケンゴ。あんた急いだほうがいいんじゃない?」

「急ぐ? 何を?」

「町。スタンピードが起きてるよ」

「……は?」


 いきなりの爆弾発言に、俺は唖然となった。

 え? スタンピード……?


 まさか!


 フラッシュバックするように、ゲームのデータが呼び起こされる。

 しまった。うかつだった。

 スタンピードイベントだ!

 ランダムで一定期間ごとに発生するイベントだが、ここ最近ずっと起きてなかった。そのせいで忘れてた……っていうか、もう起きないってくらいまで思ってたよ。


 でも。起きた。


 マキアの発言にショックを受けているのは、俺だけじゃない。アンネもだ。

 アンネは俺を見上げてくる。


「勇者さま……!」

「分かってる。何とかする。……ダルいけど」

「もの凄い数だよ? どうにかできるのかい」

「どうにかするんだよ。マキア。スキル回復の果実くれ」

「あいよ。金さえくれるならくれてやるさ」


 俺はマキアから果実を受け取って齧る。

 じゅわっと甘酸っぱい味が広がって、俺はスキルポイントを回復させた。とにかく今は転移だ。



 ◇ ◇ ◇



「《爆裂魔法》っ! 《トリプル》っ!」


 シェリルは錫杖を掲げ、魔法を展開する。

 爆裂魔法を三重発動させ、周囲にばらまく。町へ迫ってきていた魔物の群れで爆発が起こり、地面ごと空へぶち上げる。


 轟音と爆風に、魔物どもがたじろいだ。


 シェリルは余裕の笑みを浮かべる。

 損害状況さえ気にしないでいいなら、シェリルでも戦える。


「はははははっ! これで町の英雄は私のものだっ!」


 追撃の魔法を放とうと、シェリルは魔物との距離を詰める。

 その時だった。


 ずぼおっ! と変な音。


 一瞬の浮遊感を覚えて、シェリルは腰を痛打した。

 激痛にのたうち回り、声が出ない。

 十秒は軽く悶絶して、自分の状況を把握する。


「なっ……落とし穴かっ! こしゃくなっ!」


 シェリルは錫杖を抱え、空中浮遊の魔法を使おうとする。

 だが。


 べちゃっ。べちゃべちゃべちゃっ!


 汚らしい音を立てて、シェリルの全身に泥が浴びせられる! しかも腐臭のオマケつきだ。

 鼻がひん曲がりそうな悪臭に、シェリルは吐き気さえ覚える。


「な、なんだっ……! しまった! 汚されたっ!」


 シェリルが驚愕の声を上げる。

 同時に、上の方で哄笑が響き渡った。


「知ってるよ、シェリル。あんたの弱点。《聖職者》にして《光のもの》で、さらに《純潔》の《賢者》のあんたは、綺麗でいる限りは強い能力を得るけど、一回汚れたら多くの力を失う」


 嘲るように言いながら、それは姿を見せた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る