第5話 《預言》の魔女と奇襲

 それから三日後。

 俺は朝を自宅でむかえていた。アンネに起こしてもらえるのは大きい。


「勇者さま、お薬です」

「あいー」

「はい、お口あーん」

「うえー」

「はい。よくできました」

「おー」


 ごく。

 俺は気付け薬を飲みこんで、しばらく待つ。湧き上がってきた気力でダルさを押し殺し、俺はなんとか起き上がった。

 さっさと身支度を整える。


 久しぶりにヒゲも剃れたのは大きいよな。


 うん、すっきり。

 洗面室から出ると、アンネがすっごいびっくりしたのはちょっと傷ついたけど。

 分からんでもないけどな。ずっと無精ひげ伸ばしっぱなしだったし。

 ヒゲがあるのとないのとでは、人相大分変わるもんな。


「あの、今日はどこにいくんですか?」

「《預言》の魔女のトコだよ」


 俺が答えると、アンネは首をかしげた。

 知ってたら逆にびっくりだ。

 何せ、あの魔女は絶対俗世には出てこないからな。このゲームの世界でもジョーカー的な存在だし、ほとんど情報は公開されてない。


 俺だって、一〇〇周してやっと初めて設定を見たくらいだからな。


 でも――そのおかげで、俺は知ってる。

 《預言》の魔女、マキア。

 この世界でも屈指の魔女で、友好値を上げれば様々な恩恵を受けられる。その中の一つが、俺の運命を握ってると言える。

 それに、気付け薬もなくなりそうだしな。


「あ、朝ごはんできました」


 アンネはいいつつ、テーブルにご飯を置く。パンにハムとチーズをのせてトーストしものと、昨日の夕方に町の屋台で買ってきたスープを温めたものだ。

 朝から温かいのはいいな。


「ごめんなさい。私、料理とか全然できなくて、こんなことくらいしか……」


 椅子に座りつつも、アンネはしょぼんとしている。


「ありがたいよ。十分すぎる」


 ここにやってきて以来、朝飯なんて食った記憶がまずないからな。

 だって、こうして世話をしてもらってても結構ダルいんだ。ぶっちゃけ油断したらすぐにダレて動かなくなる。

 だから気力が少しでも湧くようにするって大事で、朝飯ってその一つなんだよ。アンネに準備してもらうようになって良く分かる。


 真っ先に削るけど、削っちゃダメなんだなって思い知った。


 朝飯って大事。

 思いつつ、俺はトーストを口に運ぶ。

 あちちっ。

 さくっと音を立てるトーストを口から離すと、チーズがとろーっと伸びてくる。舌でたぐりよせるようにして、俺はまた一口。


 うん、美味しい。


 チーズハムトーストはゲームでもお手軽にバフ効果を得られる高コスパな料理アイテムなんだよな。

 料理スキルはLv1でよくて、成功率はほぼ一〇〇パーセント。そして効果はスキルポイントを《割合回復》するんだよな。初心者救済のアイテムなんだけど、ゲーム後半でも普通に使えるチート級のアイテムだ。

 ……まぁ、上級者しか気付かないんだけど、これ。


「アンネも食べな」

「はいっ」


 アンネは顔を輝かせてからトーストを食べてからスープを飲む。

 この家は大きくないけど、高レベルの設備が整えられている。市場で服装を整えて、お風呂にも入ってもらってるから身なりは綺麗になってる。


 だからハッキリわかるんだよな。


 アンネはかなりやせっぽちだ。

 栄養状態が足りなさすぎる。だからしっかりまずは食べてもらわないとな。

 じゃないと可愛い女の子が台無し……え、いや。ギフトを鍛える上で、アンネの体力は高めておきたい。


 食事をさっさと済ませ、俺とアンネは外に出る。


「魔法スキルを使うんですか?」

「ダルいけどな。けど、《預言》の魔女は遠いトコにいるんだ。よし、いくぞ。――《転移》」


 俺はアンネの肩を掴んでから魔法を使う。

 今度は、座標位置間違えてくれないように。



 ◇ ◇ ◇



 その日、彼の機嫌は最悪だった。

 めちゃくちゃになった部屋は、メイドに後始末をさせればいいが、それで気分が晴れるわけではない。


「あんな、あんな屈辱っ……!」


 ぎり、と歯軋りをしてからシェリルはまた壁を蹴った。

 錫杖で何度も何度も壁をまた殴り、抉る。

 いい加減息が切れた頃、シェリルはようやくノックに気付いた。


「誰だ!」

「し、失礼します」


 怯えながら入ってきたのは、騎士の一人だった。

 すでに武装を整えていた。

 ここは教会の高官室だ。騎士といえど、武装して入ることは許されない。――緊急事態をのぞいて。


「何があった?」


 辛うじての理性を取り戻して、シェリルは聞く。


「町の外に魔物の群を確認しました。数は観測可能以上です」

「観測可能以上? ということは、一〇〇匹以上か」


 騎士は黙って頷く。


「……スタンピードか」


 シェリルは苦い表情を浮かべた。

 過去に経験がある。勇者と共に鎮圧もした。

 その時、勇者がこの町はスタンピードの被害にあいやすい、と言っていた。だから騎士団の育成にも手をつけていたが――。


 その勇者が堕落してしまったのだから、騎士団の育成は終わっていない。


 だからこそ、シェリルをはじめとした勇者パーティはここを拠点としている。いざという時に対処するために。

 だが、タイミングはまさに最悪だった。


「今は私しかいないというのに……!」


 勇者パーティの中でも、シェリルは特別戦闘能力が高いわけではない。むしろ後方支援役だった。

 だが、今の騎士団に前衛を任せられる能力はない。


 町は守らなければならない。


 シェリルに考えている時間はなかった。

 何より――欲が沸いた。


 (ここで劇的な活躍をすれば、英雄になれる)


 勝算は十分にある。

 何せ自分は《賢者》なのだから。


「いいだろう。私が対処する。騎士団は町の入り口付近で迎撃態勢を取るように。私の撃ち漏らしがきたら、処理しろ」

「は、はいっ!」


 慌てて敬礼して、騎士が逃げていく。


「さて、とっととやるか」


 野蛮な笑顔を、シェリルは浮かべた。




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