第4話 《賢者》シェリル

 かつかつ、と高級ブーツ特有の足音。


「臭いな、ここは」


 開口一番、シェリルは失礼極まりない発言をぶちかました。

 怒号に近い声が幾つも響いていれば分かる。

 今、この礼拝堂がどれだけ戦場になっているか。あちこちでシスターや医者たちが一生懸命重傷者たちの治療に当たっているんだぞ。


「まぁ、いい。今すぐ死にそうな連中もいないようだからな」


 うわぁ。何その不遜極まりない態度。

 前からその気配はあったけど、いよいよ咎めるヤツがいなくなったからだな。

 本来なら一発顔面でも殴るとこだけど……。


 うん、ダルい。


 さっきアンネとたくさん話したせいで、気力がほとんど持ってかれてる。

 っていうか、スキルを使った気力は回復したけど、必死こいてベッドから這い出て町まで繰り出してきた疲労までは取れてないからな。

 本来なら、とっくに活動限界だ。


「導師さまっ! どうか、どうかお助けを!」


 シスターの一人がシェリルに気づき、涙目ですがりつく。

 そうだった。

 シェリルは教会でも重役で、この町の管理者でもある。傷病者が収容されたとなれば、駆けつけてこなきゃいけないんだよな。

 シェリルは露骨に鬱陶しそうにしつつも、しゃりん、と錫杖で床を突いた。


「神の慈悲、御心の慈悲。照覧あれ。《治癒魔法》《拡散》《ダブル》」


 集中してスキルの三重同時使用を展開する。

 さすが勇者パーティにいただけあって、かなりスムーズに高等技術を使いこなしてくる。

 シェリルは《賢者》だが、《僧侶》でもある。レアスキルの《治癒魔法》のLvも高い。あっという間に治療するだろう。

 その《治癒魔法》が教会の礼拝堂一帯に広がり、一斉に怪我人たちを治していく。


 きらきらと光の粒子が注がれていく。


 その効果は俺にももたらされて――。

 ってこれ、手抜きだなっ!?

 俺は即座に見破った。

 この程度の《治癒魔法》じゃあ、傷口をふさぐのでやっとだ! これじゃあ治療はどの道必要になる! シェリルの実力なら、完全に治すことだって余裕だろうに! これじゃあかなりの傷痕が残ってしまうだろう。


「ありがとうございます。導師さま。しかし、ここでは設備が足りません。布や薬草といった備品が……」

「予算内でやりくりすることだろう、それは」


 冷たい声音でシェリルは言う。

 気圧されたシスターは、すっかり縮こまってしまった。


 ったく。器小さすぎだろ。ミニマムか。


 けど、ムカついた。

 聖職者とは全然思えねぇな。

 俺は全力で手足を必死に動かす。その様子に気づいたアンネが手伝ってくれて、俺は身体を起こしてイスに座った。


 ああ、ダルい。


 けど。

 なんのために身体を起こしたんだか、ってやつだ。


「シェリル。ダルいぞ」


 めんどくさそうな感じを隠すことなく咎めると、シェリルは一瞬だけ背筋を伸ばし、俺を見た。

 緊張していた表情が、一瞬にして侮るそれに変わる。


「ほう。これはこれは、堕落の勇者さまではありませんか? いよいよ落ちぶれてここに流れ着いてきましたか。はは、お似合いですよ」


 さらさらとイヤミをぶつけてくるシェリルの言葉を、俺は無視する。

 ダルいからだ。


「シェリル。お前今ビビっただろ」

「び、びびっ!?」

「情けないくらい面白い顔してたぞ、ダルかった」

「な、なななっ! なんて無礼なことを! どうしてこの導師にして《賢者》である私があなた程度にビビらなければなららららっ!」


 いや動揺しまくって最後ろれつ回ってないし。

 面白人間かお前は。


「とにかく。布や薬草くらい融通してやれよ、ケチ」

「け、けけけ、ケチだとぉっ!? こちらの事情も知らないで、よくもまぁ!」

「うぜぇ。とにかくなんとかしてやれって」

「上から目線で語るものだ! だったらあなたがどうにかしてやればいいでしょう。勇者なのだから。それとも? 堕落には何もできませんか?」

「あっそ。じゃあそうする」


 とことん嘲る調子のシェリルに俺は返す。

 単純に言質が欲しかっただけだ。俺は。勝手にやったらまた何言われるか分かったもんじゃないからな。


「アンネ。俺の懐から小袋を出して」

「えっと……これですか?」

「シスターに渡してやってくれ」


 アンネは俺の言うとおりにして、困り顔のシスターに駆け寄って袋を渡す。

 おずおずと受け取ったシスターは、中身を見て息を呑んだ。


「ぜ、全部金貨っ……!?」

「あの、これで足りますか?」

「もちろんです! 全然足ります! そればかりか、みんなに温かいものを食べさせてあげられます! あ、でも、それって」

「あー。好きに使って。全部あげるから」


 お釣りもらうとかダルいしな。


「ありがとうございますっ! なんという恩をいただいたのでしょう。なんとお礼をすればいいか!」

「あー、だったら、もうちょっと寝かせてくれないかな? 眠いんだ。あと、パンとかでいいから用意しておいて。腹減ってるから」

「もちろんです!」

「ありがと。じゃあ」


 もうまぶたも限界だった。

 眠い。とにかく眠い。もう全身疲労まっしぐら。ヤバい。動きたくない。一ミリだって動きたくない。

 それまで絶句して口開きっぱなしで、ヨダレまで足らしてたシェリルが「面目を潰しやがって!」とか文句を言ってきた気がするけど、無視だ無視。完全に無視。


 っていうか、ざまぁみろ。


 勇者さまを舐めすぎだってぇの。

 久々に気分が良いまま俺は眠りにつけそうだ。目が覚めたらとりあえず飯食って家に帰って、そこからアンネのギフトを強化してレベルアップさせて──……そうだ、その前に、あの、まじょ、の、とこへ…………



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