第3話 希望のギフト

 このゲームの世界において、スキルはもっとも重要な存在だ。

 魔法も剣技も料理も、あらゆる技能は《スキルの集合体》だ。

 つまりスキルはコマンドのようなもので、要素に近い。


 例えば剣で《斬る》と《ダブル》のスキルを組み合わせると《連続斬り》になる。さらにそこへ《ダンス》を組み合わせると《剣舞》になる。

 さらにそれらにはレベルの概念がある。

 もちろんあげればあげるだけ、強くなっていく仕様だ。


 この自由度の高さがゲームの戦闘システムを奥深いものにさせていて、無数の戦闘スタイルも生み出したんだ。



 ◇ ◇ ◇



 ――目が覚める。

 どうやらスキルを使って消費した体力が回復したらしい。

 この《怠惰》はパッシブスキルだ。

 たぶん、俺の力の大半を奪ってなお、俺に脱力感を与えるというもの。タチ悪すぎだろ。

 だからそのスキルから一瞬だけ解放されて、俺が使った力の分、俺は抵抗力を失った。それでスキルが戻ってきた時、耐えられなかったんだ。


 これは厄介だ。


 ――でも、でも。

 希望は見えたのかもしれない。

 この子に発現した、スキル。一瞬だけしか分析できなかったけど、たぶん――《伝播》系の何かだ。

 だから一時的にスキルが彼女に渡った。その分だけ、俺は楽になったわけだ。


 じゃあ、完全に譲渡できるような、例えばスキルそのものを奪うようなものだったら――その《怠惰》を押し付けられるかもしれない。


 そもそもスキルには二種類ある。

 先天的に備え持つ、ギフト。

 後天的に手に入る、スキル。


 俺が知る限り、後天的に手に入るスキルには、どう組み合わせても完全にスキルを奪うようなものにはならない。習得したり、妨害したりするものはあるけど。


 でもそれじゃあ《怠惰》は防げない。


 ギフトで、強力な強奪系を持つ者がいる。できれば、強奪した後に消滅させられる系のものが一番いい。

 ギフトの発動はランダムで、ゲーム世界の説明では《あらゆるものがギフトになりうる》となっている。

 つまり、どこかにいるかもしれないんだ。


 探すしかない。


 俺が呑まれるが早いか、見つけるが早いか。


 とにかく俺は、動かないといけない。

 なんとかして、どうにかして。


「目覚めたみたい、ですね」


 思考を終えて目を開けると、目の前には悲しい表情の少女がいた。

 ゆっくり視線をめぐらせると、かなり古臭い礼拝堂の中らしい。おそらく負傷者を一時的に収容してるんだろう。壊れかけのイスに寝かされていて、粗悪な毛布だけがかけられている。

 ぶっちゃけ、寝心地は最悪だ。

 それに割と騒がしい。あちこちでシスターや駆り出された医者たちが治療しているらしい。布や薬草が足りない、なんて声が聞こえてくる。


 治癒魔法が使えれば別なんだろうけど、治癒魔法はレアスキルだ。


 このスラム街じゃあ、使い手なんていないんだろう。

 でも、ただちに命に関わるような患者がいる様子もない。布や薬草が必要なら、俺の懐に金がある。それを渡せばいいだろう。

 でも、今はこの少女に用事がある。

 耳元で話す必要がありそうだけどな。


「君は……」

「あの、助けていただいて、ありがとうございました」

「いや……その……」

「せめてもの恨みは、晴らせました。あの子たちは、もう……」


 少女にまた涙が浮かぶ。


「どうして、こんな……私は、私たちは、生きていただけなのに!」


 ぽた、と、涙が俺の頬に落ちた。

 拭うだけの気力は、まだ回復していない。

 でもその悲しみは、強く俺に伝播してきた。


「君、名前は?」


 訊ねると、少女はひとしきり泣いてから口を開いた。


「アンネ。アンネ・マチルナ」

「そうか……アンネ。一つ、伝えたいことがあるんだ」


 俺は億劫な全身へ必死に命令して、なんとか片腕を動かす。少女に見せるように開いた掌には、三つの石があった。

 宝石みたいにきらきらしたそれは、内側に揺れるような炎を宿していた。


「これは……?」

「魂だ」

「たま、しい?」

「あの三人――アンネ。君の弟たちの魂だ。とっさに確保しておいた」


 瞬間、アンネの表情が明るくなった。

 本来は浄化しきれない悪霊や亡霊を封印するための魔法だ。

 ただ、応用すればこのように死者の魂をとどめておくことができる。


「どうして……?」

「魂がなければ、蘇生できないからな」

「そ、せい……?」

「見てたか? 俺の戦い。俺は――」

「分かります。この世界を救った、勇者さまですね」

「ああ。そうだ。勇者――だった」


 俺は気怠さと戦いながら自虐する。


「今の俺は、世捨て人だよ」

「よすて……人?」

「あー、今はいいや。とにかく、魂をこの石にとどめたのは、俺なら蘇生させられるからなんだよ。でも、今の俺じゃあ無理だ」


 俺はゆっくりと腕を下す。限界だった。


「今の?」

「俺は、《怠惰》のスキルの呪いにかけられてる。このまま放置してたら、いずれ俺は闇に呑まれて魔王になるってくらい危険なスキルだ」

「魔……王……」

「その魔王になる前に、俺はなんとかこのスキルをどうにかして消したい。そして、スキルが消えたら、俺が全力を出せるようになれば、蘇生の魔法が使えるようになる」


 瞬間、アンネの表情に光が宿る。

 蘇生。

 つまり、三人は戻ってくる。


「じゃあ、じゃあどうすれば! どうしたらいいんですか! 私にできることなら、全部、全部なんだってしますからっ!」


 アンネが泣きながら縋りついてくる。

 そりゃそうだ。

 家族なんだから、大事に決まってる。

 俺だって、守りたいんだから。


「じゃあ、俺を助けてくれ」

「助ける? どうやって?」

「ついさっき、アンネ。ギフトに目覚めたよな?」

「え、あ、ホントだ……《伝播》Lv1ってなってます。誰かからのスキルを伝えてもらったり、誰かにスキルを伝えたりできるみたいです。ただ、その時は元のスキルの効果が弱くなるみたいです」


 なるほど、やっぱりそうか。

 それから少し細かく仕様を聞いて、俺は確信する。


 アンネのギフトは、スキルを一定のレベルごと伝播させる効果なんだろう。


 つまり、俺が炎魔法Lv10を持っていたとして、そのギフトを使えばアンネは炎魔法Lv3を伝播して使えるようになる。その代わり、俺は炎魔法のLvが7になる。

 さらにそれは相手にも伝えることが可能だ。

 ただし、伝えれば伝えるだけLvは下がるし、継続時間も短い。


 正直言って、ゴミである。


 使い勝手がかなり悪いからだ。

 伝播させても完全に同じスキルを使えるわけではない上に、元々の保持者も弱体化させてしまう。このデメリットは大きすぎる。

 使える場面は滅多にないだろう。

 もちろんギフトもスキル同様レベルが上がっていく。デメリットが減少する可能性もあるが、おそらく消えることはない。


 でも、《怠惰》を伝播させて弱体化させられる。


 今の俺には、救いだ。

 ただ、ギフトのレベルはあげていかないとな。

 俺は時々休憩を挟みながら、時間をかけてアンネに伝えた。


「つまり、勇者さまと組む、ってことですか?」

「うん。アンネのスキルが発動してる間は、俺も動けるから」

「そして、いつかスキルを完全に消滅させられる人を見つけ出す……ですか」

「かなり分の悪い賭けにはなる。でも、アテがないわけじゃない」


 何せ俺は、誰よりもこの世界のことを知ってるんだ。

 全てのイベントを攻略した上で、マルチエンディングを一つずつ一〇〇周したんだからな! そこいらの攻略サイトなんかよりよっぽど詳しい自信がある。


「分かりました。組みましょう」


 アンネが力強く即答した。

 その瞬間だった。

 けたたましい音が立てられて、誰かが礼拝堂に入ってくる。


 気配だけで分かった。


 ――《賢者》のスキルを持つクソ生意気な男、シャリルだ。

 顔を向けなくても、シャリルの表情が不快になっているのが分かる。

 元俺のパーティにいたヤツで、そして、俺を追放した張本人だ。

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