8 - 果報を寝て待つ
食料品やモンスター避けの道具など、必要なものの値段が大体分かったところで、菜優達は市場を離れました。日はやわらかに橙を光にはらませて、今にも空を茜に染めようとしています。依頼が増えていたら良いな、くらいな気持ちで掲示板を覗いてみましたが、やはり菜優のお眼鏡に叶うようなものはありませんでした。
暗くなってくると視界も悪くなりますし、夜行性の動物やモンスター達が出没するようになってきます。危ないことこの上ないので、二人は洞窟に帰ることにしました。行きに猟犬に襲われたのを思い出して恐々としていましたが、帰り道では襲われることはありませんでした。
洞窟に帰り着くなり、菜優は冷蔵庫から燻製肉を取り出して頬張りました。お腹が満ちて、食休みにハーブティを飲んでいると、コアトルが近くまで寄ってきていることに気づきました。
「…どしたの?」
「いえなに、草木と似て非なる、しかし良い香りがしたものでなにものかと」
「飲んでみる?」
「遠慮します。ナユの稀少な食糧ですし、小生は食べなくても平気ですし」
そう、と言って、菜優はまた食卓に戻ります。しかし当のコアトルがそういう割にはそわそわと体を震わせながら居着くので、試しにハーブティを少し、コアトルの真上にこぼしてみました。すると、
「あわわ、何をするのですか。せっかくの稀少な食糧を…ああでもなんと
などと小言を言っているのか、恍惚としているのか、いまいち判然としない状態となってしまいました。菜優にとってハーブティはあまり好きにはなれないけれど、今のところそれしか飲みものがないために仕方なく飲んでいるに過ぎなかったものでした。それを少しでも気に入ってもらえたようでなによりと、菜優はやわらかに笑みを浮かべました。
明くる日も冷蔵庫からうどんを一束取り出しては頬張りつつ、ヴァレンタインへと足を運びます。モンスターに襲われることなくたどり着くことが出来ました。依頼の掲示板を覗きますが、まだ請けられそうな依頼はありません。
明くる日も冷蔵庫からスナックパンを一つ取り出しては頬張りつつ、ヴァレンタインへと足を運びます。モンスターに襲われましたが幸いにも彼らの足は遅く、なんとか逃げおおせられました。依頼の掲示板を覗きますが、まだまだ請けられそうな依頼はありません。
明くる日も冷蔵庫からビスケットを一つ取り出して、冷蔵庫にはもう食料がないことに気付きました。今日こそは仕事を見つけないと意気込みますが、やはり請けられそうな依頼はありません。これまでは最低限食べ物があったのでいくらか余裕もありましたが、それらが尽きた今、菜優はそれまで抑えていた不安に押しつぶされそうな気分になりました。
「なあ、コアトル。どうしよう。帰っても食べ物もうないし」
「思ったよりひどいですね…木の実ではお腹は満たせないでしょうし、そこらのウサギでも狩って、その肉を頂戴しましょうか」
「それは…うさぎが可愛そうやん?」
そう言いながら菜優は、幼稚園でも小学校でもみんなで飼っていた、うさぎ達の事を思い出していました。小屋の中でのんびりと過ごす彼らはとても小さくて臆病で。時に噛みついたりもする、あのふわふわした毛並みとくりくりとした愛らしい双眸が脳裏浮かんできます。それを食べるだなんて!恐ろしさ極まりなく感じた菜優はひどく抵抗します。
が、そうこう言ってられるような状況ではありません。何か食べ物を調達しなければ、早晩、菜優は空腹のあまり動くことも出来なくなってしまうでしょう。やがて飢餓が菜優の命を奪うだろうことも、想像に易いことです。
「近辺の動物を狩るのが現実的だと思うのです。他に見つかれば良いですが、おそらくはウサギが一番かと」
「でも、うさぎやろ?あんなかわいいのに、可愛そうやん」
「いいですか、ナユ。貴女は過ぎるがつくほどに優しい。しかし、貴方に残された選択肢は、あまり多くない。
コアトルの言うことはもっともだと分かっていても、菜優はなかなか受け入れられずにいました。それで他の方法がないかと思案しましたが、やがて観念したように大きく息を吐きました。
野ウサギ以外の、一食分程度の量になりそうな野生動物もしばらく探しましたが、やはり野ウサギの他に見つけられるものはありませんでした。あのときの猟犬のようなのが出てきたら…襲われるのはちょっと怖いけど、まだ心置きなくその肉を頂戴出来たやろに。なんて独り言ちながら、そろそろとウサギに近づいていきました。
精一杯に殺気をはらませて、鞘にしまったままのエーテルの剣を思い切りよく振り下ろします。しかしウサギはその音をいち早く聞きつけたか、素早く駆け出して躱しました。
その後何度も見つけては忍びより…を繰り返しましたが、剣がうさぎを捉えてくれることはありません。今晩のご飯がないことと気の進まない狩りの成果が出ないことで、罪悪感と焦燥が菜優の心にくすぶりだします。また何度か剣を振るった後、ふと外した視線の先に、穴ぐらの中で身を寄せ合って過ごすウサギ達がいることに気づきました。
また、あのうさぎ小屋の事を思い出していました。彼らを抱っこしようと追いかけて、大抵の場合は捕まえられたのです。抱きかかえた胸の中で暴れて逃げようとしたり噛みつかれたりしたこともあったけど、あの運動能力なら、そしてあんなに狭いところであれば、捕まえられるかも。キャベツをちぎって与えれば夢中になって囓りつく彼らとの愛しい思い出を振り払いながら、柔らかそうな大きな葉っぱを一つちぎって穴ぐらに近づきました。
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