5 - ヴァレンタインにて
ヴァレンタインの街に無事にたどり着いた菜優は、荷降ろしの手伝いをすることにしました。菜優は小さく、でも数の多い荷物をてきぱきと下ろしていったものですから、当初の予定より相当速く荷降ろしが終わったそうです。お礼にと昼食をご馳走してもらいました。
その時におじさんにゴジョソシキの場所を教えてもらいました。どうやら、そこには流れ着き者と呼ばれる人たちの集まった、お互いに助け合う事を目的とした一つの組織であることを、菜優はようやく飲み込みました。名は「たすけあうジャパン」というそうです。割とそのまんまですね。
「嬢ちゃん、達者でな。モイラ様のご加護があらんことを」
「おじさんもお元気で」
昼食を食べ終わり二人は別れました。広場からおじさんを見送り、彼の背中が見えなくなったころに、互助組織のある方向へ翻りました。踏み出した一歩がぐにゃっとした感触を捕らえ、ぎょっとして引っ込みます。足元を見てみると、洞窟でみたようなあのどぎつい緑の、手の平に収まりそうなほどに小さなスライムがぺしゃんこになっていました。靴の跡が、くっきりと残ってしまっていました。
「おお、なんてことでしょう。この体躯では背丈の低さ故に、なるほど。人の視界に入りにくいのですね。しかし、だからこそ
菜優はすぐそばから聞こえた声の主をさがして右を左をぐるぐる見回しますが、近くには人の姿はありません。すぐそばにいるものといえば、足元でぺしゃんこになったままの、あのどぎつい緑のスライムだけです。
「え、え?あなた?スライム?喋ってる?」
「いかにも。いやなに、スライムもとうとう喋られる時代となったものです。その画期的な生命の進歩の
足元のスライムはそう言いながら、そのぶよぶよした体をくるくる巡らせています。自分の尻尾を追いかける猫の姿を思い出しましたが、彼に尻尾はあるのでしょうか。菜優は、なんだか考えることも面倒になってしまい、足早に去ろうとしました。しかし、その先でもまたぶよぶよした感触をスニーカーの裏に感じ、またぎょっとしてのけぞります。
「ああ、なんてことでしょう、二度も踏みつけられるなんて!ああお嬢さんお待ちください。呆れ返って今にも去りたいことでしょうが、このコアトルの話を聞いてくださいな。不肖、貴女が運び込まれた洞窟の先住民にして、
菜優は
「ああ、もう。私、早ようたすけあうジャパンのところに行きたいんやけど」
「もちろん。しかし、あそこは日が暮れ落ちてなお、その門戸を開いています。それに至るまでの数時間のうちの、数分程度を私に割いて頂いても損はしないでしょう。例えば…そうですね。貴方がお腰に付けたその剣、エーテルの剣とでもいっておきましょうか。のその呪いを解くことは出来ませんが、いくらかマシな気分で扱えるようになる方法なら伝授できましょう」
「え?この剣、呪われてるの?」
「YESです。しかも、"堕落した"と評せる程度には、一際きついのが憑いているかと」
菜優は驚きを隠せませんでした。でも、呪われた装備は外せなくなるって、さくらちゃんが貸してくれたゲームでもそうやったなと、菜優はあの剣が手から離れていかなかったことに納得しました。ただあの、親切そうに見えたライアンさんが、そんなことをするなんて!その疑念を表情から汲み取ったか、擁護するようにコアトルは続けました。
「ああ、その美しい顔をくしゃくしゃに歪ませないでください。貴女の心は、魂は、小生が一目に惚れる程に美しいのだから。それに、彼は悪くありません。この剣が呪われたことには気付いていないでしょうし、エーテル酔いするなんて、想像もつかないでしょうから」
「エーテル酔い?」
「はい。世界に薄く広く充満する第五の元素。それが、エーテルです。エーテルの存在提唱と証明は四大元素論に多大なショックを与え、今日に至るまでのいわゆる新元素の発見の先駆と」
菜優の集中は、そのあたりでぷつりと切れてしまいます。そのあともコアトルが話し続けていたことだけは知っているのですが、内容が全く頭に入ってきません。相手にするだけ面倒になったのでそのまま歩み去ろうとしますと、ぶよぶよした体で器用に跳ねて飛びついてきます。
「置いてかないでよー。コアトル、寂しい」
「突然ぶりっ子みたいにならんでよ。で、どうすればええの」
呆れながら菜優は聞き返します。するとコアトルは、まるで飾り付けたかのようなしっかりとした声色で、こう説明してくれました。
「正直に申しますと、時間が必要です。とどのつまり、エーテルに慣れるまでの、時間が。エーテルの濃い環境に身を置くのがベストですが…そういうところは例に漏れず危険が危ないですから、エーテルの元素石を入手して、アクセサリーにするなどして身につけておくのが良いでしょう」
コアトルは意外にもしっかりと、そして惜しげもなく情報を与えてくれます。ただ、当面の間は、ライアンから貰った剣は使えなさそうということで、身を守る手段が事実上なくなってしまいました。
「なるほど。で、その元素石ってどこで手に入るん?」
「それは…街から離れたモンスターたちの巣窟の中で入手出来るでしょう。確実にあると、保証は出来ませんが」
「なるほど。そんなら早よ行こに…って、モンスターが出たらどうにも出来んやん私」
「そうですね。それに、日帰りで帰れる位置にあれば良いですが…向かうだけでニ、三日は掛かると考えたほうが良いでしょう。その分、食料や野宿の準備も必要ですね。急いては事を仕損じます。なので、準備も兼ねて先にたすけあうジャパンに挨拶に参りませんか」
「うん、そうやな。そうしよ」
そして二人―いや、一人と一匹と言うべきでしょうか―は、たすけあうジャパンの元を尋ねることとしました。コアトルは菜優の肩にひょいと飛び乗ろうとしましたが、意気揚々と歩を進める菜優はそれを待ってくれず、べちゃっと地面に叩きつけられました。
ずいずい進む彼女の後ろを、コアトルは器用に体を右へ左へうねらせながら追いかけます。たすけあうジャパンと書かれた看板が立てかけられた建物に着くと、西部劇で見たような、前後にぱたぱたと開いては閉じるドア―ウェスタンドアと呼ばれるそうです―が、二人を出迎えました。菜優はドアを押し開いて、コアトルは肩に飛び乗ろうとしてまた地面にキスをして、建物の中へと入って行きました。
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