第十六話
「お待ちしておりました、ラン様、ライリア様」
王妃の席の一番近くにいる柔らかい笑みを浮かべた老貴族が椅子を引く。それに倣うように彼の息子である少年もライリアの席を引いた。
「「ありがとう」」
二人は引っ掛かりのない動きでそこに座る。
そうして、これまで立っていた他の貴族たちも席に座った。
ディアは恐らく近衛兵たちだろうと思われる人間たちが立ち並ぶ列に移動し、その先頭に立つ。いつもはこういった集まりがあれば格の低い遠征団は後方にいるため慣れないが、なるべくそれを勘付かれないようスッと立ち位置につくことができた。
「まずは皆さまがご無事にここに到着なされたことに安堵しております」
司会を務めるのは先ほどの老貴族だ。
今回の交流会の一参加者であり、主催者でもある。
「此度の交流会は、王女、ライリア・マキュリー様と私含め皆さまのご子息との交流を意図したものとなっております。その点を踏まえ、王妃、ラン・マキュリー様への個人間のお話しは禁止とさせて頂きますので、ご了承ください」
そんなことを一々説明するものなのかとディアは感じた。
両親によるアピール合戦にならないようにということなのだろうが、外からのイメージだとどうしても裏で多くの話し合いを重ねて抜け出そうとする者がいるという流れになると思っていたためだ。
「それではこれより、交流会を始めさせて頂きます。どうぞ、グラスをお持ちください」
その合図で皆、グラスに手を掛ける。近衛兵にも同様に配られ、皆がそれを手にしたところで老貴族が乾杯と言うと、皆一斉に口を付けた。
さて、ここからが問題だ。
ディアはさっそく大人と子供で別れた席の様子を窺う。
王妃も王女もその周りを囲うように人が集まっているのはさすがだなと感心しつつ、今日の優先事項である王女の安全確保に目を向けた。
さっそくライリアと同年代の好青年が話しかけているところだ。
「ライリア様、本日もお綺麗なドレスですね。前回の煌びやかなものもお似合いでしたが、このおしとやかなライトブルーはよりライリア様の端麗な顔立ちと内面との相性が良いように思います」
そうか? とさっそく口が開きそうになるのをディアはグラスで抑える。
褒め言葉にしてももうすこし彼女を知ってから言えよと内心で思いつつ、なかのワインを一口飲む。
「ありがとう、テイル。ただ、同じ文言を使うのは一度きりにしておきなさい。特に相手を褒めるときはね」
「えっ」
「その前回も似たようなことを言っていたわよ」
すぐさま顔色が悪くなるテイル。
しっかりと覚えているものなんだなとディアはライリアの記憶力に感心しつつ、皆の前で言わなくても……と同情の目を彼に向ける。
ただ十人ほどいるお見合い相手。一人一人に構い続けられないのもよく分かる。その為ミスを犯した者はその瞬間、この競争から脱落していくのだ。
「それに褒め言葉をわざわざ口にする必要はないわ。私は貴方達と楽しくお話をするために今日は来たの。私ではなくて、貴方たちのお話も聞かせてちょうだい」
王宮にいるときとはまるで違う、自らの立場を理解した立ち振る舞いにまたディアは感心させれられる。それをすこしは俺にも向けて欲しいとは思ったが、これを強制させられているのであれば、普段は自由奔放な姿でいてもいいのかもなとも感じた。
「あの、少々お話をさせて頂いても?」
そうしてライリアを注視していると、ふと隣から声をかけられた。
「ああ、構いませんよ」
咄嗟に反応し、顔をそちらに向ける。近衛兵であるとは思うが、誰かは分からない彼はどのような展開が来るのか様子を見る。
「初めまして。僕はヴァンヘルムと言います。貴方は?」
「私はハントゥースです。どうぞ、よろしく」
爽やかな顔つきと若い見た目から、恐らく自分のことは知らない世代だと思われるが、当然フルネームは明かさない。
ハントゥース家など、貴族のなかではまるで知らない名に彼は一瞬戸惑いを見せたが、すぐに話を続ける。
「すみません、急にお声がけして。これまではワイズマンさんがいらしていたので、ついなにかあったのかと気になってしまって」
「いえいえ、お気になさらずに。ただ、私も彼女の事情等は聞かされていませんから、なにもお答えすることはできません」
適当なことを言って信用をなくすくらいならあくまで知らないふりをしておいた方がいい。
彼は明言を避けながら、初めての立場ということを利用し、逆に質問を重ねていく。ちなみに他の護衛たちもそれぞれで話しているのを確認しての行動だ。
そのなかで得た知識は、今回で交流会は4回目だということ、ヴァンヘルムは主催者であるソシエラ家の護衛であること、そうして彼が近衛兵であることの3点。
それを知り、下手にワイズマンのことを口にしなくて良かったとディアはホッとした。
「では、ハントゥースさんは急遽、彼女の代わりを務められているのですね」
「そういうことです。故に無知で申し訳ない」
「いえ、僕も初めはそうでしたし、なにも謝るようなことではありませんよ。もちろん貴族の皆様に同じようなことを聞くのはご法度ですが、僕達はあくまでも雇われの仲間ですから」
「そう言って頂けるとすこし気が楽になります。今回の一度きりかもしれませんが、今日一日、お互いに何事もなく終えられるよう努めましょう」
親切な人で助かった。それこそワイズマンのようにプライドを見せつけられていたら、すぐに身を暴かれていたかもしれない。
ディアはひとまずボロが出ないよう彼との会話を終わらせて、ご子息の話に耳を傾けているライリアに視線を戻す。
変わらず、年相応の可愛らしい姿で嫌な顔ひとつせず話を聞く彼女は名と地位に恥じない振る舞いを続けていると言えるだろう。
そんな自分にはなし得ないものを自然にやってのけるその能力は褒め称えられるものであり、彼女に対するイメージを一新した。
勇者の卵と言われ苦節25年、オッサン兵士の俺がナマイキ王女の近衛兵に選任されました 木種 @Hs_willy
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