第二話 推しの前では立場など関係ない
カオスな光景を王妃が見てしまったときから約一時間。
ソファに座り反省をして待っておくようにと命じられたディアは当然抗うことなく、背中をつけないで膝に手をついたままの状態でじっとしている。
その間、王女と老執事はこの部屋と隣接している小部屋に呼び出され、こっぴどく叱られているようだ。
ディアの耳にも届くほど大きな声を出すくらいには怒り心頭に発している。ほら、また。
「そもそもライリア、貴方は自らが王族の一人であるという意識が欠けています! 今日は客人がいなかったから良かったものの、貴族や隣国の方々に見られていたら王家の恥晒しですよ!」
たしかに俺みたいなよく分からないオッサンに担がれているところを見られるのは地位がどうこう関係なく厳しいなとディアは思いながらも、常に人の目を気にして行動を制限されるというのも幼い少女にはあまりにも苦痛ではあるだろうと理解を示す。
特に大雑把な性格である彼からすれば、もし自分がそんな世界にいたらと考えるだけで嫌気が差すほど貴族の世界は面倒臭い。
しかしながら、今の彼は漏れてくる声をただ聞くのみの存在なのでそういった意見を発することはできず、まだまだ続く叱責に耳を傾ける。
「それから執事、貴方がもう歳を重ねてたった十歳の女の子の面倒も見れないようなら潔くこの職から手を引くべきよ。私の身の回りのお手伝いをしてくれていたときとは身体の状態がまるで違うことは、自分自身が一番理解しているはずでしょ。自分の世話も出来ない人に務まるような職ではありませんよ」
これはまた手厳しい意見。
長年の付き合いだからこそ言えるものではあるが、解雇宣告に等しい。ただ、既に七十歳で息子も同様に王宮内で働いているという事実がある以上、納得の判断ともいえるだろう。
それから数分後、ようやく声が静まった。
さて、ここからは自分がこの言葉の嵐に巻きこまれるのかと心を震わせているディア。小部屋の扉が開く音が鳴ると背筋を一層伸ばし、しゃんと座る。
まず初めに出てきた王妃は白い肌ゆえによく分かるほど頬を紅潮させている。身につけている赤のドレスがなお色の濃さを強調しているようにも思えた。それほど今回のことに対して強い想いを抱いていたのだろう。
次いで出てきた王女は若干下を向き、涙を隠すことなく流している。鼻をすすり、目尻を拭いはするが次々と新たな雫が溢れ出ていく。それほど鬼の形相で叱られたのかもしれない。
ちなみに最後に出てきた老執事も瞳を潤ませてはいたが……。
「ごめんなさいね、待たせた挙句見苦しいところまで聞かせてしまって」
「いえ、滅相もございません」
社会人として目上の人間に対して丁寧に対応する彼だが想像以上の王妃の態度に恐怖心から言葉が勝手に出ただけだ。
「ほらっ、ライリアは自分の部屋に戻って明日のパーティに向けて準備をしておきなさい。執事もそれを手伝うように」
「……はい」
小さな声で返事をした王女は去り際にあんたのせいよと言わんばかりにディアのことを睨んでいった。それから老執事はというと。
「ああ、王妃様、失態を起こすような老いぼれをまだ使って下さるのですね……」
そう言って王女よりも酷く表情を崩し、涙を流していた。
その様子に苦笑を浮かべて二人が部屋から出ていくのを待っていた王妃とディアは扉が閉められたことを確認して顔を合わせる。
「最後にまた身内のとんだ姿を見せてしまって、本当に面目ないわ」
「それほど執事さんと王妃様のご関係が親密であるということなのでしょう。私には似たような関係の者などいませんから羨ましい限りですよ」
「そう言ってもらえると救われるわね。さぁ、次は貴方の番よ、ハントゥース」
この流れで見逃してもらえるかと期待していた彼であったがどうやらそれは叶わないようだ。
この歳にもなってお説教されるのは一家の父親として恥ずかしいこと極まりなく、さらにその相手が国のトップである国王の妻なのだから、それを知られたときのことを考えれば身震いしてしまう。
「ふふっ、冗談よ」
そんな見るからに怯えている彼を見て笑った王妃は彼の対面に座り、本題に入ろうとする。
その言葉にホッとしたディアは一度深く息を吐いて心を落ち着かせた。
「それで頼んでおいたことは遂行できたのかしら?」
「それはもちろん。今日もそのご報告のために参りましたから」
「なら、実物を見せてちょうだい。その腰に下げている袋のなかにあるんでしょ?」
「かしこまりました」
ディアは言われた通り革袋を目の前のテーブルに置き、なかから傷をつけないよう丁寧に箱を三つ取り出す。そうして一つずつ開けていき、ブレスレットにネックレス、それからイヤリングが姿を見せる。
その内、イヤリングを手に取った王妃はじっくりと見つめて注文通りの出来かどうかを確認し、元の場所に戻した。
「問題はなさそうね。ありがとう、わざわざこんな雑用をこなしてくれて」
「そう仰られても、報酬は頂いてますからお気になさらず。それに今遠征団は隣国と良好な関係を築けているエターニャでは仕事が少なく、毎日が鍛錬の日々ですから。こういったことでも別のことをしている時間はとても楽しいですし」
当然騎士団という組織のなかのグループであるから仕事の量に関わりなく給料は支払われるわけだが、代わり映えしない日々は辛く感じてしまうというもの。
まあ、最近はそれが重なって数日家に帰ることができはしなかったから、なんでもかんでも引き受ければよいというものでもないが。
「それにしても、これを明日あの娘が身に着けてパーティーに向かうのかと考えると心配だわ。国内とはいえ、多くの貴族の方がいらっしゃるからそこで失礼なことをしないか……」
「今日は確かに大変なご様子でしたけど、普段通りというわけではないのでしょう?」
「もちろん私もそれぐらいは分かっているけれど、どうしてもね……そうだ、良いこと思いついたわ」
その瞬間、ディアはなにか嫌な予感がした。そして、それは当然の如く当たる。
「ハントゥースの遠征団A組は今日まで私の依頼を受けていたから明日は何も予定がないでしょう?」
「規則で万が一のトラブルのために一日余裕をもって日程を組むよう言われてますからね。ですが、せっかくできた休日です。団員たちは疲れているでしょうから追加での依頼は……」
「あらっ、そんなことを言えるような立場だと?」
その返答を聞いて王女のあの性格はしっかり母親である王妃から引き継がれているものなんじゃないかと心のなかでぼやき、苦笑を浮かべるしかなかった。
「そう仰られてしまっては私は黙って首を縦に振ることしかできませんが」
王妃はそんな彼の対応に満足気に笑みを浮かべ、しっかりとハラスメントを決め込んでいく。
「私から匂わせておいてこんなことを言うのはおかしいでしょうけど、貴方の言う通り、人には休息が必要ですものね。たしかに無理を言うのはよくありません」
立場を利用しようとしていたとはいえ、さすがにわかってくれたかと表情を明るくした彼であったがすぐにまた困ってしまう。
「だから、大隊長である貴方だけ特別についてきなさい」
「はい?」
「なに? 不満でもあるの?」
「いえいえ、そんな王妃様のお言葉を否定するようなことは言いませんが、ただ……」
こちとら愛する妻と娘に会いたくて仕方ない気持ちを抑えてここまで来たのにこのままだと家に帰ってもまともに話す時間を取れないまま明日を迎えてまた仕事じゃないか!
そう大声で言ってやりたい気持ちをディアは必死に我慢して、なにか他の言葉はないかと模索する。
「ただ、なにかしら?」
「ただ……私みたいな下っ端が傍にいるせいで王家の皆様の印象を悪くしてしまわないかと心配で」
なんとか言葉を紡いでピンチを脱したが、しかしその言葉が王妃のやる気をいれるスイッチとなってしまったようだ。
それもそのはず。
そもそも遠征団は騎士団という組織のなかでは下から数えたほうが早いぐらいには格の低い職業で、主な任務は戦争や小競り合いにおいての増援隊であり、たとえそこの大隊長であったとしてもこうして王妃と一対一で話すことなど一生に一度もないだろう。
それなのにディア・ハントゥースがここにいるどころか個人的な依頼までも受けられている理由はただ一つ。
王妃であられるラン・マキュリーが彼の大ファンだから。これに尽きる。
故にそれが本人からの謙虚な言葉であったとしても自らを下げるような発言を許すわけがない。厄介オタクの一種みたいなものだ。
「そんなこと何も気にしなくていいのよ。たしかに貴方も私と同じ三十五歳、一人の騎士としては下降線をたどり始めていてもおかしくはないわ。でも、貴方は幼き頃にエターニャ一の剣士という称号を手に入れているんだから、もっと胸を張って生きるべきよ」
「そんな二十五年も前のことなんて誰も覚えていませんよ。今は当時と体格も戦術もなにもかも違うんですから」
「いいえ、目の前に一日たりとも記憶から消えたことのない人間がいるのだからその発言は間違っているわ。だから、もっと自信を持ってライリアの護衛にあたって欲しいの。貴方が来てくださるのなら他の団員の方たちは予定通り休暇ということにしてあげるから」
横暴だよと心のなかでため息をつくディア。しかし、ここまでの熱量で頼む王妃を断るなんてことその後の展開も含めてできるわけがなく、渋々ではあったが頷きを返すしかなかった。
その姿を到底三十五歳とは思えない綺麗な顔でニコニコと見つめる王妃は気分良く立ち上がり、次のステップへと話を進めていく。
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