勇者の卵と言われ苦節25年、オッサン兵士の俺がナマイキ王女の近衛兵に選任されました

木種

第一話 王女様を担ぎながら

 二十五年前


「うおおおおおおっ! ジュニアランク、エターニャ最強の剣士の名はディア・ハントゥース! その高身長とリーチを生かしたレイピアによる刺突の連続に、相手は全く距離を詰めることができませんでした!」


 会場内から鳴り響くハントゥースコール。その中心に立つ少年は自らがここからどのような明るい未来を歩んでいくのか、夢を膨らますばかりでいた。



 ◇◇◇◇◇◇



 そうして今、無事任務より帰還した報告をするため騎士団の本部が設立されている王宮の前までやってきた顎髭を生やすこの男が十歳の時、権威ある大会にてトロフィーを獲得したうちの一人、ディア・ハントゥースだ。


 当時と比べ身体は一回り大きくなり、身長は百八十三、体重は八十二もある。当時の素早さとリーチを使った立ち回りのうまさによる戦術は既に封印され、背中に掛けられているのは大型の両手剣。


 鍛え上げた筋肉を存分に使う押切型にチェンジしている模様。


「すみません、なにか身分を証明できるものはお持ちでしょうか?」


 衛兵に門の前で止められ一々この流れをするのはどうにも面倒臭いと思いながら、服のなかに隠しているペンダントについたバッジを見せる。


 エターニャに限らず、騎士団のなかで簡単に互いの立場を証明するため設けられた仕組みだ。

 彼が属する遠征団は青のひし形。中央には珠が組み込まれており、エターニャは赤く輝いている。


「ありがとうございます。次に――」


「A組のディア・ハントゥースだ。君の持ってるその名簿に載ってるよ。今日は仕事帰りだからな」

「ハッ! 少々お待ちください。確認します」


 既に夕刻を過ぎ、腹の減っているディアは少々苛立っているように見える。


 その理由が分からず、衛兵は焦りながら手に持っている名簿をペラペラ何度も捲っては先頭に戻りを繰り返す。

 不必要に待たされるこの時間がさらに彼のストレスに負荷をかけ、トントンと指で脚を叩き始めた。


「も、申し訳ございません。ハントゥース様の仰られたことを疑っているわけではないのですが、あまりにも見つけられず、このままお時間を取らせるわけにもいかないので、よろしければあちらのロビーで専用の用紙にご記入いただいた方が早いかと」


 本気で言っているのかと口から出そうになるのを抑えて数回頷きを返し、とにかく中に入ってそちらに向かう。

 衛兵は内心、ここまで探してもないならオッサンの記憶違いだろうと思いながらその背を見つめて一礼。


「すまない。今日、任務から戻ってきた遠征団A組の大隊長、ディア・ハントゥースだ」


 面倒ごとに巻きこまれるのも自分から作り出すのも嫌いなディアは特に衛兵のことを言うわけではなく、落ち着いた声で、座って客人を待っている受付に話しかけた。


 自分より一回りぐらい若いんじゃないかと思えるほどに可愛らしく、綺麗な肌を持つ彼女が専用の紙とペンを用意している間、彼は家で待つ自分の娘のことを思い出す。

 ここ七日間は今回とはまた別の任務もあり、忙しく家に全く帰ってなかった。たとえ、反抗期でウザいだのキモイだの言ってくる娘たちでさえ、すこしは寂しく思ってくれているんじゃないかと淡い期待を持った彼は途端に帰りたくなってくる。


「それではこちらにご用件の内容をお書きください。一応、お名前の方で既に報告が上がっているものがないか確認しておきますから」

「ありがとう」


 この子はもしもの可能性までしっかり考慮して動く良い子だなと感心しつつ、渡された紙に王妃の命令による数日間の遠征結果のご報告と書き、本日分とシールが貼られているファイルの中身を確認している受付の結果を待つ。


 そうしていると、ロビーから真っ直ぐに伸びる廊下の先から声が聞こえてきた。


「ジョーさま! お待ちくだされ!」


 どうやらどこかの貴族の坊ちゃんか王族の誰かが走っているようで、声の主はそれを追いかける年老いた執事だ。ぜぇぜぇと肩で息をして全く追いつく気配がない。

 それを止まっては振り返り、止まっては振り返りと何度も見て楽しんでいる様子のジョー様。


 このまま行けばこちらに近付いてくるじゃないかと察したディアは面倒だとは思いつつも、舐め腐ったジョー様の態度が気に食わず、そちらに向かう。


「あっ、ちょっと、ハントゥースさん。ちょうど報告書が見つかりましたよ!」


 そんな受付の声には耳を貸さず、一歩一歩たしかにジョー様に近付いていく。その距離が近くなったことで金髪なうえにまるで女の子のように艶やかで肩口まで伸びた髪であることがよく分かる。


 どうしてジョーなんて名前を娘にくれてやったのかと彼は名付け親のことを心配したが、それはとんだ勘違いだ。でも、今はそれに気付く余地がない。


「やーい、腰痛持ちのへっぽこ執事! 私のことを捕まえるようお母様に言いつけられたなら、ちゃんと仕事してみなさいよ――キャッ!」


 いつまでも煽り続けようとしていた少女の腹に腕を回し、肩に乗せるように持ち上げるディア。

 突然の事につい声をあげてしまった少女もその少し先で彼のことを見つめる老執事も状況を理解できていないようだ。


「ほらっ、捕まえてやったぞ、じいさん。何用かは知らないが、とにかくこの子のお母さんが呼んでいるんだろ。案内してくれ、そこまで連れてってやるよ」

「えっ、ああ、はい。ありがとうございます」

「ちょっ、あんたなに? 下ろしなさいよ!」


 なんとか暴れて抜け出そうとするもしっかりと押さえ付けられていることで何もできない少女はぽこすかと拳を彼の頭にぶつけるが、非力なもので全くと言ってよいほどダメージは入っていない。


 それから、とにかくよく分からないけど、このままにしておいた方が都合が良いと察した執事によって目的の場所に案内されるディア。


 道中、私が誰かわかっているのとか、お母様に言いつけて地獄を見せてあげるだとか喚く少女であったが、うるさい小娘だなぐらいしか感想の出てこない彼は一切動じず、むしろ少女の方が先に諦めてしまった。

 そうしてなかなか深くまで入ったところで執事は足をとめ、振り返る。


「こちらでございます」

「……えっ?」


 ディアは一ミリたりとも想像していなかった見覚えのある部屋の外観につい言葉が漏れた。それもそのはず、そこは今回の任務内容である娘へのプレゼントを隣国の職人から受け取って来いという雑務を賜った場所だったのだから。

 つまり、少女の言っていたお母様とは王妃のことで、自分が今腰に下げている革袋に仕舞った平屋の新築と同等の価値がある装飾品たちは今持ち上げている少女のためのものなのではと考えた彼は途端に汗をかき始めた。


「あれれー? おじさんどうしたの? なにか嫌なことでもあったのかな?」


 その理由は分からずとも、様子からこれまで微塵も感じなかった感情が確認でき、口角を上げて口撃を仕掛ける少女。

 いやでも、まだなにか別の路線も考えられるのではないかと模索する彼に止めを刺すように執事が少女に向かって話しかける。


「お嬢様、そのような口の利き方をされてはまたお叱りになられますぞ」

「お、ジョー様? ああ…………はいはい」


 これはもう逃げられないと悟ったディアはさてここからどう巻き返したら良いものか頭をフル回転させるが混乱と焦りでかき乱された脳内がまともな思考を受け入れられるわけがなく、なにも浮かびやしない。


 どうせ、今すぐお嬢様をおろして許しを乞うたところで何も変わらないし、万が一にも秘密にしておいてあげると言われたとしてもそこに信憑性などありはしないし、どうしようもない結末しか待っていないと察した彼はそれならばと、息を呑み、覚悟を決める。


 このままなかに入ってやろうじゃないかと。


「何してんの、あんた! 早く下ろしてよ! こんな姿お母様に見られでもしたら――」


 まさかの行動に動揺を隠しきれないお嬢様とここで死ぬかのような覚悟を決めた顔で扉をノックしてなかに入っていくディアと、そしてまたこの状況が飲み込めず目をまん丸にして彼を見つめたままの老執事といったそんな光景が、開かれた扉の先にて玉座に座り待っていた王妃の瞳には映されたのだった。

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