漆烏国の秘密
第15話 旅立つ剣芯
宝葉姫と雲慶が漆烏国に戻ると、
「宝葉姫様、これで一安心ですね。無事に蒼天国に届き、友好の証が根付いてくれるとよいですね。」
「えぇ、雲慶様。もう我が国は孤独ではありません。いつでも助け合える蒼天国が隣に在る。今日ほど近くに蒼天国を感じた事はありません。今とても心強く嬉しく思います。そして何より、雲慶様が、あなたが私の傍に居てくれる。」
少し恥じらいながら微笑んだ。
「これからは共に手を取り合い、漆烏の民と共に歩んで参りましょう。そして、泰極王と七杏妃のように仲睦まじい夫婦となりましょう。」
雲慶も微笑んで答えた。
漆烏国からの木蓮の種と苗木を受け取った泰極王は、皆で手分けして王府の庭に造った苗床に種を蒔き、芽吹きの春を楽しみに待つ事にした。五十株の苗木は、王府と空心庵、将軍府で五株ずつ、龍峰山の温泉周辺に十株程、残りを東門、西門、南門、北門に取り分け春先に植える事にした。また、種から苗木が育ったら、青星川に沿って植える事にし、歳月を経て春先に木蓮の花見ができる日を待ち望んだ。
「あぁ、泰様。春が楽しみですね。ちゃんと蒼天の土に根付いてくれると善いのだけど。」
「杏。きっと大丈夫だ。この種は、漆烏国との友好の証。特別な種なのだから。必ず芽吹きやがて花開く。私たちの友好も、これからそうなるはずだ。」
「えぇ、そうですわね。古い因縁が払われ、私たちの代から国交が始まるのですものね。」
「うん。きっと獅火たちの頃には、青星川に沿って春には木蓮の花が咲く。そうなったら、この蒼天でも木蓮節をしよう。そして民と共に一年の悲しみ憎しみ痛みを手放し、新しい春の到来に希望を手にしよう。それが ‘忘悲節’ だからな。」
「いいですわね。ぜひ、忘悲節をしましょう。そして、同じ頃に漆烏国でも忘悲節を祝っていると思うと親しみが湧きますね。」
「あぁ。今度、宝葉姫に木蓮の忘悲節の習いを教えてもらわねばな。」
「えぇ、泰様。今のうちに書き記しておきましょう。宝葉姫様は、もう凰扇様に祝いの習いを教えてもらったかしら?」
二人は微笑み合って話しながら、青星川を歩いた。
その二人の横顔を、秋の夕陽が穏やかに照らしている。二人手を取り合い紅い盃を交わしてから、もう二十余年の月日が過ぎている。しかし、二人の互いに向ける華やいだ微笑みは、少しもあの頃と変わらずに夕陽に映っていた。
白鹿王に即位した武尊から帰国を求められていた剣芯は、心を決めた。
「とうとう行くのだな。」
「はい。空心様。あの日、武尊様とした約束を守りたいと思います。この蒼天で、泰極王、空心様や天民様との関わり合いを間近で見て来て思ったのです。やはり、王には助けが必要なのだと。
我が村を救い今は国を守ってゆく武尊様のお力になりたいと思います。」
「そうじゃな。天民もそれでよいな。」
「えぇ、もちろんです。それが白鹿の民であった剣芯の務め。縁でございましょう。白鹿には、澪珠様もおられます。大いに力になって差し上げるのが善いと思います。」
「天民様、ありがとうございます。この十年余り、天民様と空心様と共に学んだこの身を、これからは白鹿の為に生かしたいと思います。」
「そうだな。それが善い。では、泰様にも知らせるとしよう。」
空心は王府へと向かい、剣芯の白鹿への帰国の決意を報告した。
「そうですか。ついにこの日が来ましたね。空心様。武尊王との約束ゆえ仕方のない事。快く送り出してあげましょう。ちょうど漆烏国との国交も始まり、友好の証にたくさんの木蓮を頂いたところ、少し剣芯にも持たせ三国の友好が続くことを願いましょう。」
「泰様。それは善いですね。ぜひ、剣芯に持たせましょう。澪珠様もきっと喜ぶ事でしょう。」
こうして剣芯は、漆烏国から贈られた木蓮の苗木と一握りの種を持って、十年ぶりの白鹿へ帰国する事となった。
蒼天国から剣芯の知らせを受け取った武尊は、文を手に急いで澪珠を呼んだ。
「澪珠。澪珠。聞いてくれ。剣芯がやっと・・・」
「まぁ、大きな声で。どうなさったのです? 武尊様。」
「あぁ、今、文を受け取ったのだ。剣芯が白鹿へ戻って来る。やっと白鹿へ。空心様と天民様の教えを携えてこの白鹿へ、戻って来るのだ。こんなに心強い事はない。」
「まぁ。本当に? それは嬉しいわ。また一緒に過ごせるのね。これから私たちの舵取りに力を貸してくれるのね。」
「あぁ、そうだ。さっそく剣心の住まいを準備しよう。」
武尊は、急いで剣芯の住まいを整えた。王府から少し離れた、小川のせせらぎが聞こえる静かな場所に庵を用意した。
蒼天国では、剣芯の旅立ちを前に泰極王が、此度の漆烏国の一件で尽力してくれた永果と空心ら三人の僧侶を誘い温泉に向かっていた。
いよいよ龍峰山も深まる秋の気配を見せ、都より早い季節の移ろいを知らせている。山の湯に浸かれば、その湯の温かさにほっと解け有り難みが増す心持ちになった。
「空心様。此度は、誠にありがとうございました。雲慶様が還俗し、宝葉姫と共に国を立て直す決意をされたのも、空心様との対話があってのこと。」
泰極王の言葉に、天民も剣芯も大きく頷いている。そして天民は、
「この世に生まれてからの二十数年を僧侶としてのみ生きてきた方が還俗して、新たに生まれたように俗世で生きようと思う事は、相当な決意がなければ出来ません。雲慶様は幼き頃より寺で育ち、当たり前に傍らに仏道があり、その中でしか生きてこなかったのですから・・・」
と険しい顔をした。
「そうじゃな。天民が推し測った通り。雲慶様も随分と苦悩していた様子じゃった。だがな、その胸の内にある慈愛が勝ったのだよ。雲慶様は、誠に仏の教えが染みつい僧侶じゃ。還俗されてもその教えを生き、国や民の為に生かしていくであろう。俗世に生きていても誠の僧じゃ。私はそう思っておる。」
空心は感慨深げに天を仰いだ。
「空心様。そのような生き方もあるのですね。此度の雲慶様に、人としての大事な在り方というものを教えて頂いたように思います。」
「そうじゃな。剣芯。私も大いに学ばせてもらった。きっと、そなたも私も、雲慶様のお陰でまた一つ修行の道が深まったのう。」
「いやいや、誠に。私たち仏門にのみ生きる僧侶には、計り知れない心痛かと。此度は善き学びの機会を雲慶様に頂きましたな。」
「うむ。天民もそう思うか。此度、顔を合わせた仏縁の導きの僧侶が四人。とても善い学びを得たのう。人は肩書や門地門下ではなく、在り方で真価が見える。そういう事なのであろうな・・・ 剣芯、蒼天での最後に善き場面に巡り逢ったな。これまでの学びを持って白鹿で大いに才を生かしなさい。」
「はい。空心様。あの風砂の時に天民様に出逢い、蒼天国に連れて来て頂きお二人の下で仏の教えを学べた事は、誠に幸せでした。この幸せな導きの先に、白鹿での在り方があると思っております。目の前に開かれたこの道を、しっかりと歩んで参ります。これまで、ありがとうございました。」
剣芯は涙ぐんで答え、そのこぼれそうな涙を湯水で隠した。
「ほうほう。今日は、蒼天の聡明な僧侶が集まり、これはまた尊き仏縁の湯じゃなぁ。ほっほっほっ。」
突然、龍鳳が現れた。
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