素朴

「ねえ、聞いてる?」

 聞いていることなんか分かりきっているのに。試すようなことをしてしまう。

 あ〜あ、私、別れるまでに何回このセリフを彼に言うんだろ。

 頬杖をついて本を読む彼の容姿は、惚れた弱みの色眼鏡で贔屓目で見ても、間違ったってイケメンとかハンサムとかじゃない。ファッションセンスだって趣味だって特技だって特別かっこいいわけじゃない。だから、盗られるなんてこと、あるわけないのに。そんな心配ばかりしてしまう。

「聞いてるよ」

 彼は本を閉じて、私の目をまっすぐ見て、そう言った。

 私は別れるまで何回彼に同じセリフを言わせるんだろう。

「聞いてなかったでしょ。知ってるんだから」

  そういえば、彼の読んでいた本が先週貸した本だな、なんてくだらないことを思い出す。

「ごめん、嘘ついた。聞いてなかった」

「ほら!」

「だって、この本すごく面白いから」

 そう言って彼が見せたのは、私が貸した、私が好きな作家の新作で。

 好きを「いいね」と言ってくれるのが何よりも嬉しい。

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