クール

 背の高い彼を見上げると、彼の、夜の海のような瞳が覗き込める。

青い、蒼い、あおい海が、日が沈むと、真っ黒、真っ暗な腹の底を見せる。朝の港は大漁でも、海の中では大勢の名の知れない魚たちの弔いをしているんだろう。そんなふうな目をしていた。

 そんな彼の目が好きだ。

 彼を好きな理由はもちろんそれだけではない。けれど、多くを語らない彼が、たくさんの物を見て、知って、得て、失って、それの積み重ねを繰り返して、私の隣にいるのだなと思うと、彼の歴史を教えてくれる、彼のなんてことない目が愛おしく感じられる。

 彼の海では、名を知らない魚が泳いでいる。私も、多くの人も、彼の魚の名を知らない。しかし、特別な魚は泳いでいない。銀の鱗が輝くイワシの群れや、ヒレを立てて海原を王者のごとく泳ぐサメ、バッタのように波間を跳ねるトビウオ。そんな魚ばかり泳いでいて、そんな彼らに彼が名を付けたとして、その名を知る者は彼以外誰一人としていないのだ。

 クジラが52ヘルツの声で歌う。海鳥が空を行く。

 淡い朝もやに、漁船のライトが浮かぶ。

 朝もやが晴れて、鏡のように凪いだ海面に私の顔が映り込む。

 イルカの群れが私の像を崩して揺らす。彼と私の唇が合わさって、離れたのと同じ時。

 だから、彼が好き。

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