好男子

ヤチヨリコ

好男子

真面目

「僕を忘れないで、忘れて」

 私が「なんで」と訊ねると、

「だって、君が僕を忘れようとするたびに、僕のことを思い出すだろう」と、泣きながら答えた。

 嗚咽を零しながら、彼は続ける。

「僕はそうだ。君を忘れようとするたび、君の顔を思い出す」

 私は言葉を返す資格が無いと思った。この言葉に返したら、もう戻れなくなると解っていたから。

 彼は、顔を伏せて、その雨に濡れた子犬のような涙まみれの情けない顔を隠した。それがひどくみっともない。

 そんな人だから、そんな人だから、そんな人だから……。お門違いの恨みは私自身を悪者にした。

「君にとって僕はつまらない男だったろう。情けない男だったろう」

 返す言葉が無かった。返した言葉も、また、無かった。

「つまらない僕の、最後の復讐なんだ」

 今、彼の目に映る私はどんな人なんだろう。どんな人だろうと私自身にとって、私は世紀の大悪人だ。

 今の私には、彼の顔なんて、とてもじゃないが見れたものじゃなかった。テーブルに目を向けると、彼の手ばかりが目についた。彼の右手の薬指には、私が贈ったルビーのリングが今でも鈍く輝いていた。

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