第10話 友

 これは霧が晴れる前、俺が一人で彷徨さまよっている時の話である。



 クソっ。かれこれ3時間は歩いているが一向に霧から出れるような兆しはない。それどころか、余計に迷っているようなそんな気まで起きてくる。この中だとなぜか千里眼も効かない。この霧はおそらく精霊が魔術によって作り出したものだ。単に野良精霊のらせいれいが引き起こしたのか、それとも精霊術師がやったのか知らないが、精霊術師がやったのならかなりの腕だ。もしかすると、『本当の契約』を交わしているのかもしれない。


そもそも精霊魔法とは、精霊と契約して精霊に魔力を供給し精霊に戦わせるもの。そう世間は思っているのだろう。実際に俺もそう思っていたし、何よりほぼ全ての書物にはそう書かれている。


だが実際には少し違う。魔力量の少ない者が精霊と契約したなら確かにそうするしかないだろう。しかし、膨大な魔力を持つ者が契約したなら話は別だ。


本当の契約を結んだ時、契約者は契約している精霊の魔法を使用することができるようになる。魔力量の少ない者なら魔力が枯渇し、死んでしまう。しかし、魔力量の多い者なら精霊に魔力を供給しつつ、自らも精霊の使う規模で魔術を行使できる。


これにより俺は精霊と同レベル……いや、精霊以上の火で魔術を使えるようになった。これもレイラと契約したおかげだ。


 しかし今はそんなことはどうでもいい。この霧から抜け出す方法だ。さっき風魔法で霧を吹き飛ばそうとしてみたがすぐに霧があたりを覆い尽くし、あまり成果は上げられなかった。契約精霊であるレイラとのつながりは感じられるが、霧が魔力を含んでいるせいかはっきりした位置が分からない。完全にお手上げだ。


 俺がそう手をこまねいていた時、その男は現れた。深い霧、ついさっき風魔法で一度は霧が晴れ、何もないと確認したばかりの所からその男は歩いて現れた。


その男には見覚えがあった。それどころか話したこともある。遊んだことも笑いあったことも悪戯いたずらをして一緒に怒られたこともある。遠い昔だ。俺の中では48年……いや、暗闇の中で修行していた年の分を引くと8年前か。


整った顔立ちに赤い髪を後ろで束ね、翡翠の瞳を輝かせている。何度も遊んだ。雨の日は家の中で。嵐の日は秘密基地で。雪の日は雪玉を投げ合い。毎日遊んだ。


人を和ませる独特のオーラ。白のマントを羽織っている。時に喧嘩し、すぐに仲直りし、また喧嘩する。そんな毎日を送った。ある日、加護を授かり忽然こつぜんと姿を消した男。


その名もブレイブ・サンチェス………俺の生涯唯一の『友』にして『勇者』の加護をたまわった者だ。


 「よう……久しぶりだなブレイブ……元気だったか」


俺はできるだけいつも通りの声音で話しかけた。なぜならこいつは俺の憎む王都の人間。それにこいつは何も言わずに村をさったのだ。当時は親友であった俺にも。それに今もこいつは俺のことを思い出せないのか俺の顔をじっとみて考えるように顎に手を当てている。確かにそれも仕方ないかもしれない。俺の容姿は以前とはかなり違っている。


「もしかして………オズ?」


ブレイブはしばらく考えた後、まるで外れても言い訳ができるような自信のなさそうな声で尋ねる。


「ああそうだよ……元気にしてたか」


俺は必死に笑顔を作ろうとするがおそらくできていないだろう。表情筋の動かし方がわからないのだ。それもそのはずだろう。40年以上の間、一度も笑っていない。しかしなぜ俺は笑おうとしているのか。もしかして勝手に村を出ていったことを自分から謝ってほしいのかもしれない。


「あぁ元気だったさ!こんなところでどうしたんだよ!オズ!」


俺の欲しい言葉とは見当違いな言葉と態度に若干苛立ちを覚える。


「ああ……ちょっとな……王都に用があるんだ。」


苛立っていることがバレないようになんとか返事を返す。昔からこいつはこんな奴だった。能天気で空気が読めないヤツ。しかし昔はそれが良かった。そんなこいつと一緒にいて、一緒に遊んで、一緒に怒られて、そんな毎日が楽しかった。でも今は違う。こいつの性格、言葉、態度、表情に至るまで全てが俺の苛立ちを募らせるだけだ。


「へぇー王都に用があるのか?それじゃあ今度、俺が王都を案内するよ。」


「あ、ああ………」


イライラする。こいつは黙って出ていったことを何も思っていないのか。それに勇者なら村がなくなったことくらい知っているはずだろう。なぜそのことについて何も言わない。


「それで……村のみんなは元気にしてる?」


剣を抜き、ブレイブの首筋に突きつける。


「お前本気で言ってるのか!能天気もいい加減にしろ。」


「ちょっと待ってくれ!オズ!何のことだ?!まさか村に何かあったのか?!それに君の髪と目はどうしたんだ?!」


こいつは本気で言っているようだ。尚更腹が立つ。こいつはあの悲劇をあの惨劇をあの理不尽を何も知らず、何も考えず、何も思わずに過ごしてきたのだ。


「まあ…知らないのは無理もないよな……お前はあの村を捨てた人間だ。今更あの村に何が起きようが大して興味はないんだろう。」


「ちょっと待ってくれ!本当に何があったんだ?!あの村に!そして君に!」


「死んだんだよ!みんな!」


久しぶりに叫んだ。いつぶりだろう……叫ぶのはスッキリする。少しだけ苛立ちがおさまったように思える。


「死んだんだよ……みんな……そして村も滅んだ。生き残りは俺だけだ……」


「そ……そんな……誰がそんなことを……」


「ここまで聞いてそんなこともわからないのか。お前は昔から鈍感だったもんなぁ。この国の王国騎士だよ……」


「う、嘘だ……あの人たちはそんなことしない。」


「そいつらがやったからこうなってるんだろ。お前はさっきこの髪と目について聞いたな。これはその時からこうなったんだよ。だから俺は王国騎士……いや、すべての人類に復讐する。」


そう言い残し俺は背を向け、この場を後にする。ブレイブは以前立ち止まったままだ。


「………………………オズ……君が人類の敵になるというのなら……僕は君の前に立ち塞がらなければならない………どうか考え直してくれないか……僕は君を殺したくない。」


「安心しろ………殺すのは俺だ。」


「…………………そうか………………ならば………次に会った時が君の最後だ。」


そう言い残し霧の中に消える。


 この時、かつての友は友ではなくなった。かつての親友として毎日を共に過ごした男は復讐の相手、憎むべき敵の一人、そして……最大の障害に変わった。

 


 これから数十分後……霧が晴れ、ジェームズを見つけた。


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