第16話




 ごきげんよう、諸君。

 引き続き名無しのナンバーズ・フォーことこの私、ネームレスちゃんがお送りするぞ。



 ミーナセリスが駆るソルロワールが斬艦刀を振り回して突撃していったわけなのだが、そういえばまだ名乗ってなくね? 万が一ただの賊集団だとか思われてたら困るんですけど。

 普通ならそんな事ないだろうと思うところなのだが、何せ相手は脳筋民族が集うノエストラ王国の連中だ。

 なんか敵が来た! 野郎オブクラッシャー!! ぐらいしか考えていなくても不思議はない。

 はっきり言って奴らの知能はそんな次元なのである。よく国家として成立してんなこいつら。一部のかしこい人々はさぞかし苦労している事だろう。



 仕方ない、クローン兵を装って通信入れておくか。



「姫さん姫さん、名乗り忘れてますよ。いやはや、困るんですよねそういうの。しっかりと“我々はナイトメアだ!”って明言して頂かないと。後でフェルトちゃんに怒られるのわたしなんだからさぁ、もー。仕事はきちんとしよ?」


『んっ?? あ、あー! そ、そうね!! そうだったわね! いや、もちろん忘れてなんか無いわよ!? 今から言うところだったのよー!』


『……ふぇ、フェルトちゃん?』



 あ、やべ。

 つい癖で、マスターじゃなくてフェルトちゃんって呼んじまったぜ。

 というかこの私に設定した口調があまりにも独特すぎて普通に喋れなくなった気がする……。


 なんと言えばいいのか。

 私ことネームレスは、インテリぶった慇懃無礼な口調と幼い少女のような可愛らしい口調が混ざりあったような不可思議極まりない喋り方をする、という設定になっているのだ。

 故に、私を知る者が聞けば一発で正体が分かってしまうというスンポーである。


 頭がパッパラパーなミーナセリスは気付いていないようだが、クローン兵の一人が明らかにおかしい私の存在に気付いてしまったっぽい。

 イエス、マスターが合言葉なフェルトちゃんを、公共の場で馴れ馴れしくフェルトちゃん呼びする奴なんて一人しかいないんだよなぁ。



『もしかしてネームレ──』


「めっ」


『アッハイ』



『えーと、通信をオープンにして、と……なんか言った??』


『何でもないッス!!』


『ふーん……?』



 ふう、何とか事なきを得たか。

 めっ、じゃなくて“滅っ”する事にならなくてよかった。

 聞き分けがいい子は好きだゾ。


 ナイトメア宣言に気を取られているミーナセリスも我々のやり取りは聞こえていなかったようだし、これで万事問題ないな。



 では改めて、プリンセス。You言っちゃいなYo!

 あっ、動きが止まったソルロワールに敵が群がっとる。




『我々……われわ……あーもう邪魔ねぇ!! しゃらくさい!』


『ぐわああああ!!』



 満を持して「我々はナイトメアだ」、と言おうとしたミーナセリスだったが、群がる王国の連中にキレて斬艦刀を振り回した。


 堪らずぐわる脳筋民族。

 一応それを援護するゼイブルート隊。

 ポティトティップスを頬張りつつそれを観戦する私。ポテチうめえ。


 地味に、世界連盟のティアナ博士やナイトメアの首領のように頭を働かせる必要もなく、ただ首領やティアナ・ネットワークからの指示だけに従っていればいいこの私は非常に楽ちんな生き方をできている。

 そのせいかちょっと他より頭が弱い気もするが、まぁ所謂コラテラルダメージというやつだろう。あれ、ちがう?



『我々は武装組織ナイトメアだ!! ノエストラードの脳筋民族ども、今日が貴様らの最期だと知るがいい!!』


『『ナイトメアだとっ!?』』



「んぐ」



 黒い炭酸飲料をカオス・レクイエムの換装領域から召喚して飲んでいたところ、ようやくプリンセスが宣言できたらしい。


 ちなみにこの“換装領域”というのは、主に次世代のコア・ナイトに備わっている独自の空間の事で、要するにそれぞれの機体がアイテムボックスのようなものを持っているのだと思ってくれていい。

 通常ならばここに武装を収納しておき、状況に応じてそれを取り出して戦うのだが、ナイトメアの司令官たるフェルトちゃんの専用機であるインフィニティをも凌駕する性能を誇る、このカオス・レクイエムのそれは、各種武装を全て収納しても余るどころか、同じものを十機分いれても尚余るほどに容量があるのだ。


 なので私は大好きな炭酸飲料やお菓子を山ほど詰め込んでいるというわけだ。



 無数の命が失われていく様を肴にバクバク食い、グビグビ飲むのはたまらなく幸せな事だぞ。



 と、そんな事を言っているうちに、きちんと奴らは気付いてくれたようだな。



『今の声……まさか、姫様では……?』


『馬鹿な!? そんなはずは!!』




 ボソリと呟いた誰かの言葉に、動揺が拡がっていく。

 そんなはずはない、姫様が祖国を裏切るなど有り得ない。


 そう言い聞かせながらも、しかしあの声はたしかに姫様のものだった、と疑心を募らせるノエストラ王国の兵士たち。


 よかったよかった、これで気付いてくれなかったらどうしようかと思っていたぞ。



『ふふ、うふふふふ!! そう、ようやく気付いたみたいね』



 我が意を得たり、とニヤけるミーナセリス。

 予定通りに進むように性格も改造しておいた甲斐があったというものだ。



『我が名はミーナセリス・ソル=デ・ノエストラ!! お前たちの国の元王女であり、今は偉大なるナイトメアの騎士として栄光の刃を振るう者!!』


『そ、そんな……!?』


『嘘でしょう、姫様……!!』




 あまりにも衝撃的な、王女が国を裏切り敵に寝返ったという真実を前に、戦う気力を失い呆然とする王国の兵たち。

 罠だ、これは罠だ! と否定しようにも、ミーナセリスがわざわざその美貌をオープン回線に乗せて外に映しているせいで否定のしようが無くなっている。


 敵に操られているだけだ、と未だに信じようとする者もいるだろうが、そんなものは全体を見ればほんの僅かに過ぎん。

 何故ならば、人というものは視覚に頼る生き物だからだ。



 ミーナセリスと寸分違わぬ容貌の美少女が自分たちに剣を向け、自国のソルドゥインによく似たコア・ナイトを駆り、自分たちと敵対している。



 ただそれだけで人々は衝撃を受け、そして王族への信頼をも失墜させる。

 何せ、あれほど国を想っていた王女であるミーナセリスが裏切ったのだ。他の王族も裏切らないという保証がどこにある?


 後衛はきちんと仕事をしているか?

 まさか自分たちは売られたのか?

 そんな疑念が兵士たちを支配し──。




『今だッ!! はあァッ!! 【龍咆】!!』




 ──兵たちの背後にある王都ノエストラードの防備が薄くなったこの瞬間を狙い、黒い龍の頭部を持つコア・ナイト、ソルロワールが吼えた。


 その口から放たれた暗黒のビームは都の防壁を破り、最後の砦である城壁をも突き抜け、王族を含めた国の上層部が集う王宮の一角を、吹き飛ばす。




 うむ、狙いはバッチリだぞ。

 先程こっそりと生命反応をサーチして、今回のターゲットであるカルロス・マクダウェル公爵が居るポイントをミーナセリスに送っておいたのだ。



『し、城が……街が……!!』


『姫様、あのお優しかった貴方が、何故こんな……!?』


『ちくしょう、こんな事って……!! 俺たちは一体誰を信じればいいんだ!?』



 誰って、王族だろ。

 ……と一蹴するのは簡単だが、つまりはまぁ国内でのミーナセリスの人望がそれほどあったというわけだ。


 この方についていけば大丈夫だ、と信じきっていた分だけ裏切られた時のショックは大きい。

 ミーナセリスが攫われてからある程度の時が経ち、王国の連中の精神が消耗していた事もあるがな。


 弱ったところを突くのは基本中の基本である。



 さーて、ひとまずの目的は完了だ。

 ここまでしておけば後は連中が勝手に盛り上がって「ナイトメア討つべし」と声を上げてくれるようになるだろうさ。

 脳筋民族は単純だからね、仕方ないね。



『よくやりました。ターゲットの抹殺を確認できましたので、後は適度に暴れてから帰還してください。決して王国を再起不能にしてはいけませんよ。彼らにはまだまだ役立ってもらいますので』


『イエス、マスター! よーし、聞いたわね皆!! どうせ王都をボコボコにしても国そのものが無くなる訳では無いし、好きに暴れて構わないわよ! うふふふふ、さようなら。お義父さま♡』


『うーす!!』



 すかさず入ったフェルトちゃんからの通信で、ターゲットの死亡を確認する事ができた。任務完了、ヨシ! ってやつだ。

 しかしまあ、まだ婚約段階だったとはいえ、絵に描いたような幸せ家族の大黒柱だった義父をその手にかけたというのにニッコリ笑顔とは、ミーナセリスも立派になったものである。




 ん、笑ってるけど涙を流してるじゃないかって?

 知らんなぁ。

 ま、私にはそこらへんの感情はいまいち理解できんが、実の父母は生きてるんだからいいんじゃないか? コラテラルコラテラル。




 ……もうちょい暴れたらいよいよ私の出番かねえ。


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