挿話 少年2




 ──あの人と出会ったこの日を、僕はきっと生涯忘れることは無いだろう。



 あまりにも色々な事があった国際大会から一ヶ月。

 あれよあれよと時は過ぎ、プロの戦士である警備隊の皆さんが次々と戦死したあの地獄において、ナイトメアの内情を探っていたらしいティアナ博士曰く曲がりなりにもナイトメアの幹部だというオカマの人を撃退するに至った僕達三人は、博士の計らいもあって士官学校を急遽卒業。

 叶わないと思っていた博士の身辺警護を主任務とする親衛隊に配属される事となった。



 そこまでは良かったんだけど……。




「うわっ!?」



「──そこまで!! 勝者、ニアモ・エーベルシュタイン!」




 ……はぁ、また負けたぁ……。



「流石はニアモさんですわ!」


「ぶい。でもレオンも動きが良くなってる。その調子」


「は、はは……ありがとう……」


「……? レオン、元気ない」


「そ、そうかな? そんなことは無いよ」


「ある」


「ちょっ!? ち、近──」




 最後のオリジナル・セブン、エンドウルゴス。

 中にティアナ博士が居た、あの機体を動かす事に成功した僕は晴れてメインパイロットとして登録され、ティアナ博士とエルティリーゼ博士からも大いに期待されている。いや、エルティリーゼ博士は割と結構冷たいけど。


 それなのに、僕は相変わらず生身ではニアモにてんで歯が立たない。

 それはつまり、エンドウルゴスにだって本当ならニアモが乗った方が遥かに性能を発揮できるということだ。



 僕は、それが悔しい。

 同時に、なんて情けないんだとも思う。



「おーっと、思春期のレオン少年に美少女が密着するのは頂けないなぁ。こいつの心臓が破裂しちまうぜ?」


「む、ホモのおじさん」


「その覚え方やめて!!」



 隠しきれない後ろ向きな心境をニアモに問い詰められようとしていた僕を、ガリクソンさんが助けてくれた。

 普段なら勿体ない事を、なんて恨めしい視線を送っていただろうけど、今の僕にはただただありがたい。


 ガリクソンさんはあの時エルティリーゼ博士の元へと僕たちを案内してくれた三人の帝国兵の一人で、実は同僚の尻を狙っているホモだという事が暴露されたあの人だ。

 帝国の重要人物であるエルティリーゼ博士の警護を務めていただけあって、どうやらガリクソンさんは相当な腕利きらしく、こうして僕達と一緒にティアナ博士の親衛隊……通称“ティアナガード”に配属されてきたんだよ。


 もちろん、ロリコンの人と男装腐女子の人も一緒に。



 ……僕としては、見た目がロリロリしいニアモがロリコンに狙われやしないかと心配でならない。



「ほら、交代だ交代! 次は俺とネメハ少女の番だぞ!」


「待っていましたわ。それはそうと、その呼び方はもしかしてティアナ博士の真似事ですの? 全然まったく似合いませんわよ、ホモのおじ様」


「君たちもっと俺に優しくしような!? あとさっきから二人しておじさん連呼すな! まだ二十代だっつーの!」


「充分おじ様じゃありませんの」


「口の減らないお嬢様だなァおい!」



 ガリクソンさんとエッセンバウアーさんが、軽く口論しながらも位置につく。

 今日の僕達は非番だから、空いた時間を利用して交代しながら生身での戦闘訓練に励んでいるってわけ。

 ついさっきティアナガードで使われる新型機が発表されたばかりだから、皆やる気充分だ。実際、僕ら以外のメンバーもそこかしこで訓練に励んでいて、たぶん非番の人達は全員ここに集まっていると思う。



「レオン、下がろ。観戦」


「う、うん。そうだね……」


「やっぱり、元気ない」


「う……」


「レオンは、私キライ?」


「そんな訳ないじゃないかッ!! そうじゃ、そうじゃなくて。ただ、いつまで経っても君に歯が立たない僕自身が、僕を許せなくて、情けなくて……ごめん」


「……そっか。なら、ティアナ……博士に、師事でもしてみる? あの人、私でも指一本触れられないぐらい、強い。一度死んだのが、信じられないぐらい」


「それは……」



 なんで少しティアナ博士と呼ぶのを言い淀んだんだろう?

 前から思っていたけど、ニアモはどこか博士との距離をはかりかねているフシがある……気がする。



 ……普通に模擬戦を挑んだりしてるし、勘違いか。うん。



 それはさておき、たしかに博士は強い。

 ニアモが子供扱いされるところなんて初めて見たもの。


 正直、あまりにも強さの次元が違いすぎて親衛隊とか必要無いんじゃないかなって思うぐらいなんだけど。

 だってあの人、生身でコア・ナイトを破壊できるんだよ?



 でも、研究所の件でナイトメアに一度殺されたのは事実なんだろうし、奴らの中にはそれだけの達人が居ると考えた方が自然だよな……。

 もしかして、そいつが首領なんだろうか。


 やっぱり、あの時聞こえた声……。

 マスターと呼ばれていたアレがそうなのか……?




 そんなこんなで博士の話題でニアモと話していると──。




「おっと私を化け物呼ばわりするのはやめてもらおうか。なぁ、ミリア」


「全くです。ティアナはこんなに可愛いというのに……」


「ほわぁっ!?」


「わぁ。驚いた」



 背後から届いた博士ともう一人の声に飛び上がる僕。

 驚いたと言う割にめちゃくちゃいつも通りなニアモ。



 って、ミリアってもしかして……!?




 慌てて振り向くと、そこにはやはり聖女がいた。



「えっ、えっ、聖女……ミリア・アーカード……様……?」


「初めまして、レオンくん。私はミリア。つい先程お邪魔致しまして、ティアナに我々聖教会が世界連盟に加入する旨をお伝えしました」


「え!?」


「ま、そういうわけだ。少年、君はミリアと同じオリジナル・セブンの乗り手でもある。いい機会だから彼女を師と仰ぐがいい」


「えっ!?」




 えっ!?



「聖女ミリア。コア・ナイトが普及する一年前に“七星天”の一人に数えられ、瞬く間に頭角を現した聖教会の最高権力者にして世界最高戦力の一人である」


「いつになく饒舌でどうしたのニアモ!? 解説ありがとう、全部知ってるけど!!」


「まあ、ありがとうございます。こんなに可愛らしい子にそんなに詳しく知って頂けているなんて、嬉しいです」


「あっ、聖女様嬉しそうだ!!」


「えっへん」



 ニアモがやたらと早口で告げた解説にあった“七星天”と言うのは、要は「世界最強の七人」の事だ。

 コア・ナイトが現れるまでのこの世界では、生身の人間同士が主に争い合っていたため、七星天に選ばれる事は非常に名誉な事だったんだね。


 目の前の聖女様を含めて、今でもそのほとんどがオリジナル・セブンのパイロットとして世界中の尊敬を集めているけど、実は全員が全員パイロットになれたわけではない。

 コア・ナイトというのは正しく動かすには知識も必要なために、そのあたりで脱落した脳筋の七星天も存在するんだ。


 たぶん、僕のエンドウルゴスのパイロットが未定だったのもその辺りが影響しているんじゃないかな。

 オリジナル・“セブン”と“七”星天だもの、どう考えたって本来は七星天の専用機として設計されたものだろうから。




 ていうかそんな聖女様に僕が師事って!?



「い、いいんですか!?」


「いいとは?」


「その、僕なんかが、聖女様のお手を煩わせるなんて……」


「今日から私たちは世界連盟という同じ組織に所属する、オリジナル・セブンのパイロット同士です。そんなに畏まる必要はありませんよ? もっと気を楽にして下さい」


「そうだぞレオン少年。それに、ミリアはこう見えて考えるより動け、を地で行く脳筋だ。優しく鍛えてもらえるなどとは考えない事だな。無駄にデカい胸に知能が吸い取られているんじゃないかな? とティアナちゃんは思うゾ」


「うふふ、それはセクハラですよ。ティアナ」



 可愛い顔しておっさんみたいな事言わないでくださいよティアナ博士! 失礼ながらも自然と胸に目が行っちゃうじゃないですか!



 というかそう言う博士自身も普通に巨乳ですよね!?



「レオンのえっち」


「あら」


「ふ、思春期の少年には辛いか」


「ち、違うんだニアモ!! これは、その、つい……!」




 この後聖女様改め、ミリア師匠にボッコボコにされた。

 脳筋という評価は正しいのかもしれない……。

 綺麗な笑顔を浮かべて、「これから容赦無くいきますから、身体で覚えてください。必ずそれがコア・ナイトの操縦にも活きてくるはずです。たぶん」だってさ……。




 かてるきがしない。つらい。

 たすけてニアモ。

 あ、でもニアモもちゅよい。かてない。つらい。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る