第12話
ごきげんよう、諸君。
結構長くなってきたが、相変わらず私ことウルゴスちゃんがお送りするぞ。
燃え盛る国際大会の会場に隠された地下シェルターの最奥部にて、ようやくモティエールくんと合流できた私は、彼女が泣き止んで落ち着いたのを確認してから改めて説明に移る事となった。
ちなみにだが、不逞の輩ではないという事が理解されたレオン少年たちは既にコア・ナイトを降りており、三人集まってこちらの様子をうかがっている。
〈さて、どこから説明したものか……。とりあえず、そうだな。こう言っては少しおかしいが、ティアナ・エンクラッドという人間はあの事件で確かに死んでいる〉
「そんな、博士……では、今のあなたは……?」
〈話を最後まで聞きたまえよ。ごほん、しかし私は私自身を消したがっている者たちが大量にいる事を知っていたため、万が一に備えて予めパーソナルデータを完全にコピーした、電子的な意味でのクローンを幾つも世に放っていたのだ。特に、全てのオリジナル・セブンには私をインストールしてある〉
「電子的な、クローン……要するに暗殺に備えて人間を辞めていたって事ですか」
「そんな事が可能なんですか……?」
「さすが人類史上最高の大天才……やることがぶっ飛んでおられますわね……」
うむ、飲み込みが早くて何より。
この場にはモブも含めて選ばれたエリートしかいないから、いちいちつまりどういうことだってばよ? と目を点にするおバカがいないので楽でいい。
いや、呆然とはしているようだが。
「ですが、それでは何故他のオリジナル・セブンからは何の報告も無いのです? ティアナ博士が電子生命体とでも言うべき存在となっていた、となれば隠しきれない大ニュースとなって世界中を巡って然るべきです」
〈それは、そこのレオン少年が乗っていたエンドウルゴスこそが我々……電子生命体ティアナちゃん覚醒のキーであるからだ。ま、母体となる私が起動したからには他のオリジナル・セブンの中にいる我々も目を覚ますだろうよ〉
「なるほど。では、もしもこのコア・ナイトが破壊されてしまったら、あなたはどうなるのですか?」
〈どうにもならんさ。母体とは言ってもあくまでこの私はただの鍵に過ぎん。私が宿る媒体が一つでも残っていれば、幾らでも繁殖できるとも〉
「アメーバか何かですかあなたは……」
あまりにも人間離れした生命力に──実際人間は辞めている訳だが──呆れ顔のモティエールくんだが、内心ではホッとしているのがありありとわかる。これでも彼女とは長い付き合いだからね。
つまり、赤の他人に大好きなティアナ博士の命運を委ねるとか冗談じゃねえですわ! と言いたいのだ、彼女は。杞憂だったわけだが。
そして、万が一自分がやらかしても大丈夫らしいと聞いたレオン少年も安堵の息を漏らしていた。
自分が世界的な偉人の命を握っているとなれば相当なプレッシャーどころではなく、胃が幾つあっても足りんだろうからな。
〈とはいえやはり肉体が無いのは不便で仕方ない。このシェルターにも確か器を隠してあったはずだが……〉
「……器? もしかして、やたらと本物そっくりなあの人形の事ですか……?」
〈む、見つかっていたか。それだそれ。アレは生前の私が肉体を失った時に備えて作っておいた予備の身体なのだが──〉
「………………」
あらあら。
めちゃくちゃ気まずそうに目を逸らしてどうしたのかね?
ん? お姉さん怒らないから正直に言ってみ。
ま、全部知っているが。
〈抱き枕にでもしていたかね?〉
「そうやってサラッと心を読むのやめてもらえます!?」
「「えっ」」
うむ。モティエールくんめ、見事に自爆したな。
初手でバチクソに号泣した時点で既にカリスマなんぞあってないようなものだったが、今の発言でとうとうレオン少年たちの視線が生暖かくなっている。
ああ、この人本当にティアナ博士が大好きなんだな……という感じの。
そら、とっくに全部お見通しだから観念してブツを持ってきたまえ。
こちとらいつまでもモニターの中だと、やり辛くて仕方ないのだ。
「……少し、待っていてください……」
〈携帯端末の中に入ってついて行っても構わんが〉
「待っていて、ください!」
〈ふむ、そうか。なるべく早めに頼むよ〉
羞恥心からか顔を真っ赤に染めながら吠えるモティエールくん。
なんとか隠そうとしているのだろうが、生憎私は全てお見通しだぞ。君がアレを心の拠り所として大層可愛がっている事もな。
あの人形は器として用意しただけあって細部に至るまで本当に私そっくりにできており、パッと見どころか触ってみてもそうそう作り物だとは分からない程精巧な作りになっている。
もっとも、内部は現段階の科学技術では解析不可能なブラックボックスの塊であり、心臓サイズにまで圧縮する事に成功したブラックホール・エンジンを搭載した、フェルトちゃんとは別のアプローチからなる人間大のコア・ナイトとでも呼ぶべき代物になっていたりするが。
というのも、いずれ来たる神の軍勢との戦いでは、コア・ナイトが展開できないような狭い空間での戦闘も起きるので、そちらにも対応できる兵器を開発しておく必要があるからな。
ナンバーズに施した改造人間手術はそれの試験も兼ねているというわけだ。
時間が限られている以上、何事も効率良くこなさねばなるまい?
十分なデータが取れる頃には情勢も落ち着いている予定なので、性能をダウングレードした量産型を世界中に配備するつもりだ。
その為には、裏社会での首領に対応する、表社会の支配者にのし上がっておく必要がある。
今回ナイトメアが各国のきたない貴族たちを排除したのも、私が手っ取り早く成り上がる道を整備しておくという意味合いを兼ねている。
一つの作戦でいくつもの目的を達成するのは戦略の基本だからな。
さて、そうこうしている内に、来たか。
「お待たせ、しました……」
〈うむ。ご苦労〉
急いで持ってきたから着替えさせる事もできなかったのだろう、器たる私そっくりのその人形は、しかしフリッフリのメイド服を身に纏っていた。
しかもやたらと丈が短い萌え衣装。
まあ、固定された百点満点の笑顔でだらーっと項垂れている様は非常にホラーだが。
小柄で非力なモティエールくんが足をぷるぷる震わせながら肩を貸して無理やり歩かせているので、より一層ホラー感が増している。
あの人形は本来の私と同じ重さであるとはいえ、その頭頂高……いや、身長の平均を大きく下回る軽さなはずだが。
建物の中に引きこもって研究ばかりしているからだぞ、モティエールくん。少しは鍛えたまえ。
「わわ、気が回らなくてすみません! 僕も手伝います!」
「結構ですッ!! 故も知らぬ男が気安く博士の玉体に触らないでください!」
「アッハイ」
「じゃあ私、手伝う。女同士、問題ない」
「…………………お願いします」
人形もろとも今にもぶっ倒れそうなモティエールくんを見かねたレオン少年が慌てて駆け寄るも、ぷるぷる震える彼女に一喝され撃退された。
次に立候補したニアモに対してすら、かなり葛藤していたあたり、モティエールくんの中では私の身体というのは相当に神聖視されているらしい。
〈私は特に気にしないのだがな〉
「博士が良くても我々が嫌なんです……」
と思いきや、モティエールくんの言葉に隅っこで空気と化していた帝国兵たちも頭が取れそうな程激しく頷いているあたり、どうやら特別モティエールくんだけがおかしいわけではないようだ。
「本当に慕われているんだね、ティアナ博士は……」
「当たり前じゃありませんの。出身地である帝国のみならず、世界中で関連するグッズが出回っている程の御方なのですから。あなたが馴れ馴れしすぎるだけですわ、ユークトリアの」
「うっ……」
何を当たり前な事言ってんだてめー、とばかりにネメハくんが呆れている様子が見える。
果たしてそんな私そっくりの人形を着せ替えて抱き枕にするなどして夜な夜な愛でているモティエールくんは、セーフでいいのだろうか? 下手したら捕まるのではなかろうか。
そんなこんなでぷるぷる震えるモティエールくんと相変わらず無表情なニアモに運ばれ、等身大ティアナちゃん人形がモニターに寄りかかる形でゆっくりと置かれた。
「博士……」
〈うむ。この人形には私の頭脳を再現するための特殊な演算装置が頭部に仕込まれていてな。そこにこの私が乗り移れば、正真正銘ティアナ・エンクラッド復活というわけだ。ついでに言うと心臓部には圧倒的な出力を誇る霊的エンジンが組み込まれていて戦闘も可能──〉
「自慢は結構なので早くしてくれます?」
〈──ちっ、せっかちめ〉
自分の作品をギャラリーに自慢するのは科学者の性分だというのに、それを全カットするなどとんでもない話だ。
そんなだから結婚相手も見つからんのだぞ?
……まぁいい。
ではでは、また電子の海をエンヤコラっと……。
「モニターが消えた……」
「いよいよ、なのですね……なんだか緊張しますわ」
乗り移った反動でビクン、と人形が動き、目を閉じる。
わざわざ視覚で確認せずとも、この場の全員の視線が集中している事がハッキリと分かるよ。
さて。
システム、オールグリーン。
ティアナ・エンクラッド、起動。
「…………! 博士ッ!!」
「……おはよう、モティエールくん。改めて、久しぶりだな」
「はい……はい……ッ!! お久しぶりです……ッ!!」
世界よ、震えろ。
世紀の大天才が、再びこの世に舞い戻ったぞ。
萌え萌えのメイド服なのがいまいちしまらんが。
元々私自体が死んでいたわけではないという事実はひとまず置いておくとしてだな。
「まるきり、人間にしか見えない」
「そうだね、ニアモ……。いったいどうやったらあんな精巧な人形が作れるんだろう……?」
「確かに、素材なんかは少し気になりますわね。というか、老化現象とかはどうなっているのかしら……?」
「そうか、そう言われてみればそうだね。もしかして、不老不死に限りなく近い存在だったりするのかな……」
「あの技術を体系化したら、とんでもない事になる」
「たしかに……僕はそこまで頭が回らなかったよ。さすがニアモとエッセンバウアーさんだね」
「ふふん、もっと褒めて」
「ふふん、崇め奉りなさい」
兵たちの歓声に包まれる我々を他所に、ニアモたちがこっそりとそんな会話をしていた。
生憎だが、この技術を表に出すつもりはないぞ。
間違いなく権力者たちの醜い争いが起こるからな。
というか私が開発した魔法ありきだし。
他の人間には真似できんのさ、現時点では。
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