挿話 少年1



 僕は、他人から「天才」と呼ばれた事は何度もある。

 だけど、僕は僕自身の事を天才だなんて思った事は一度もない。




 いや、ごめんウソ。

 正しくは、“あの子”と出会ってからは一度もない、だね。



 僕の名前はレオン・ユークトリア。

 ルクセラ聖国の辺境に小さな領土を持つ弱小貴族の生まれで、だからこそ子供の頃から類稀な才能とやらを発揮していた僕には大きな期待が寄せられていたんだ。




 でも、あの日──。




「──大丈夫かい?」


「ん。ありがと。私、ニアモ。あなたは?」


「僕? 僕はレオンっていうんだ。よろしくね、ニアモさん」


「ニアモでいい」


「そっか。じゃあ僕の事もレオンでいいよ」


「わかった」




 あの子に、大人の男たちに襲われかけていたニアモに出会ったあの日から、僕なんてちょっと他人より上手く物事をこなせるだけの凡人でしかないんだなと思い知った。



 何があったのかって?



 別に大した事じゃないよ。

 ただ、僕は生物がその身に宿す魔力の量を「視る」事ができる魔眼って奴を持っていてね。といってもこれはそれほど珍しい物でもないんだけど。

 ニアモに出会うまでの短い人生では、どれだけ見比べてみても僕よりも魔力量が多い存在を見たことがなかったのさ。不世出の大天才と謳われたあの人を除いてね。


 だからこそ、僕は天才と呼ばれた。

 幸か不幸か手先が器用で、物事を覚えるのも他人よりほんの少しだけ早かったし。




 でも──。




 ニアモは、格が違った。



 そもそもの話だけど、保有する魔力量ってのは多ければ多いほど良い。当たり前だね。で、僕はルクセラ聖国でも比較的保有する魔力量が多いと言われている父上の十倍はあった。幼少の頃でだよ? 大の大人とこれだけ差があれば、多少天狗になるのも仕方がないと思うんだよね。




 でも、あの子は次元が違う。

 魔力量が多すぎて、正確な値が分からなかったんだ。


 ただ、分かった範囲だけでも僕の一億倍はあった。

 まあ、多すぎるなんてもんじゃない魔力量のせいで制御がかなり難しくなっちゃってるみたいで、一度に使える魔力は全体の一割も無いらしいけどね。


 一般的には魔力量とは即ち魂に刻んだ知識の量である、なんて言われているけど、そうなるとニアモの頭の中はいったいどうなっているんだ? まさかこの世界の全ての知識を頭に入れているとか……。

 うん、さすがにそんなわけないか。もうそこまでいったら人間じゃなくて神様か何かだし。




 とにかく、もう分かるだろ?

 おまけにニアモは僕より物覚えが良かったし、運動も勉強も何もかもが群を抜いていた。しかも可愛いしおっぱいもでかいしそれでいて背はちっこくて頭を撫でやすいしおまけに優しいとか天使かよ。


 と、とにかく。

 ──ぽっきりと伸びた鼻を折られた僕は、けれども懲りずにすぐさま誓ったんだ。



 必ず、ニアモの隣に立つのに相応しい男になってやるってね。

 もっとも、全く同じことをエッセンバウアーさんも考えているようだけど。まあニアモは天使だから仕方ないね。



 でも、何故かニアモと出会ったあの日が、具体的に何月何日の事だったかを覚えてないんだよなぁ……。

 おかしいなぁ、父上が暑いからって裸になって母上に怒られていたっていうアホみたいな事件の日付だってしっかり覚えているのに。



 ……まあ、それからなんやかんやあって僕らは士官学校に入学し、今や戦場の花形として扱われているコア・ナイトのパイロット候補生になる事ができた。

 入学の件に関しては、本当に父上に感謝している。時々すっごいアホになるのが玉に瑕だけど。

 というのも、僕の家は貴族といってもほとんど平民の皆と変わりない生活を送ってしまっているぐらい貧乏なんだ。それでも父上は方々に頭を下げ、先祖代々の家宝を売り払ってまで僕が士官学校に入学し、卒業するまでの学費を工面してくれた。



 もっとも、売っちゃったはずの家宝は後日になって、ニアモがいつもの無表情で持ってきたんだけどね。

 彼女曰く、「金という武器を使って強引に買い上げた。あげる」との事だった。大貴族って怖い。


 ちなみに、ニアモの家であるエーベルシュタインは、ルクセラ聖国のトップである聖王家の皆様と密接な繋がりがある程の大貴族で、冗談抜きでポンっと国一つを動かせるだけの権力者だ。

 そんな権力者の当主様であるニアモの父君に「娘はやらんぞ」と睨まれるのは正直毎回寿命が縮む。いやほんとに。ニアモの母君には気に入られているみたいだから、かなり助かっているけどね。

 というかあのお義母さんは本当に母親なのかと疑ってしまう程に若々しい。最初見た時なんて、ニアモさんのお姉さんですか? って思わず声をかけちゃったよ。親子なんだから当たり前だけどニアモによく似てるし。



 ……随分と話が逸れたけれど。

 とにかく僕と、ついでにエッセンバウアーさんは、案の定コア・ナイトのパイロットとしても超がつくほどの天才だったニアモに追い付くため、日々努力を重ねてきた。



 なのに、現実はどうだ?



『あーら、あの時のイイオトコじゃなぁい? こんなところでアタシと出くわすなんて運の悪い子ねェ。せっかくのイケメンなのに残念だけど見逃す訳にもいかないし、オネエさんと遊んでいきましょ』



『ムーダムダ。攻撃が素直すぎてお話にならないわァン。才能はあるみたいだけど、圧倒的に経験が足りないわネェ』



『ほぉら、そっちは二人がかりなんだしもっと足掻いてみせなさいな』



 ……パイロット候補生の国際大会を襲撃してきたナイトメアという武装組織のコア・ナイトを……命に代えても絶対に倒すべき敵を前に、手も足も出ないじゃないか。



 ナイトメアは、僕が家族以外で世界一尊敬している偉人、大天才ティアナ・エンクラッド博士を殺害した極悪犯共だ。

 世界の宝だったティアナ博士を亡き者にするというとんでもない愚行を犯したこいつらは、ニアモと一緒に博士の護衛になるのが夢の一つだった僕にとっても、そしてこの世界にとっても、絶対に許してはいけない巨悪だ。



 共に並び立つはずのニアモは、とんでもない「必殺技」を披露して、僕とついでにエッセンバウアーさんが手も足も出なかった真紅のコア・ナイトをぶっ飛ばしてみせたっていうのに。




 僕はいったい何をやっているんだ……!!




 力が、力が欲しい。

 ニアモを守り、皆を守り、そして!

 奴らを、ナイトメアのクソ野郎どもをぶっ飛ばせるだけの力が欲しい!!






『その願い、聞き届けた』





 ──えっ? な、なんだこれ……!?


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