第7話



 ごきげんよう、諸君。

 周囲を見知らぬ人間に囲まれて若干心細いニアモだ。


 別に誘拐されたとかそういう訳では無い。というかそもそも他のパイロットたちの例に漏れず私は生身でも強いから、大人しく誘拐なんぞ絶対にされん。


 ただ単純に、例の国際大会がいよいよ始まり、無駄にクソ長い開会宣言を聞くために整列しているというだけである。

 どうやら各地の士官学校の序列を参照して、知り合い同士が固まらないようにあえてバラバラに配置されているらしい。



 他の者たちも表面上はキリッとした顔で連盟のお偉いさんのありがたい話に聞き入っているように見えるが、内心ではどうでもいいからはよ終われや、と悪態をついている事だろう。

 何故なら、私がそうだからだ。


 ああ見えて根は真面目なネメハくんやレオンくんは、心の底から真剣に聞いているかもしれんがな。ご苦労な事だ。



 だがまあ、いい機会なので先程軽く発表されたプログラムを思い返し、その内容について考えておこう。



 まず最初に行われるのは、各校の序列によって分けられた複数のグループ内での競走。

 ただし今大会はコア・ナイトのパイロット候補生たちが競うものなので、当然全ての競技はコア・ナイトに乗った状態で行われる。


 そのコア・ナイトは主に各国が威信をかけてこの日のために用意した新型がほとんどであり、ルクセラ聖国でも有数の規模を誇る我が士官学校にあってダントツの最強であった私に渡された子は、操作性を犠牲にして追従性を大幅に向上したエースパイロット用の高級機を更にカスタムしたものだ。



 “ナイツ・オブ・ヴィクトリア ニアモカスタム”。

 名付けるとするならそんな所だろう。

 type-ニアモとかも捨てがたいな。



 オリジナル・セブンやナンバーズ専用機には格段に劣るものの、エリートとはいえ候補生のお坊ちゃん共を相手にする程度ならば、正直舐めてかかってもお釣りが来るぐらいだろう。


 機体のデザインもどこか女性的な曲線を多用したスマートなフォルムが中々どうして美しく、センスが良い。

 当たらなければどうということはない、と言わんばかりに極薄の白い装甲も実に私好みだ。



 競走という種目にも機動性を重視したこの機体は非常にマッチしており、まず間違いなく負けはない。

 何の問題もなく競技が終わるのであれば、私の独走で勝ちだな。



 そんなこんなでクソ長い開会宣言を終え、ぞろぞろと他の候補生たちに混じって競技に勤しみ、そして予想通り圧倒的な勝利を得て一息つき、さあ会場を移動してレオンくんの応援でもしてやるか、と意気込んだ所に……。




「おい、なんだあれ……?」


「翼の生えた、コア・ナイト……?」




 遂に奴らがやってきた。




 それぞれ赤、青、緑のボディの天使を彷彿とさせる、どの国のデータベースにも登録されていない機体。



 即ち。

 ナイトメアの幹部、ナンバーズによる襲撃である。




『ごきげん麗しゅう、次代を担う雛の方々。そして、無様に権力にしがみつく汚れた貴族の皆々様。私は武装組織ナイトメアの総司令、マスターフェルトという者です。華々しい競技の最中に申し訳ありませんが、あなた方にはここで死んで頂きます……やれ』


『『イエス、マスター』』



 会場の上空に浮かぶ三機の天使が手のひらを地上へ向け、そして神々しい輝きが大地に落ちる。



 次の瞬間。

 国際大会の会場として選ばれた廃都は、爆炎に包まれた。




「な、何が起こったァ!?」


「しゅ、襲撃!! ナイトメアを名乗る武装組織による襲撃ですッ!!」


「馬鹿な!! 警備の連中は何をしていた!?」


「それが……奴らは突然空に現れたので、警備がまるで意味を成していなかったようなのです」


「突然……転移して来たとでも言うのか!? コア・ナイトの転移システムなど、今は亡き大天才ティアナ・エンクラッド博士お一人しか扱える者はいないはずだ!!」



 どうやらフェルトちゃんはまず挨拶として一発派手にかましはしたものの、これで皆殺しにしよう、などとは考えていないようだ。

 会場であるこの街に先程落ちた光は、本来の出力で放てば生存者などいるわけがない程には威力がある。


 集まった人間たちをパニックに陥れるためか。

 そう思って上空を見上げると案の定、三機の天使……ナンバーズ・シックス、エイト、ナインのコア・ナイトたちは姿を消していた。


 代わりに、ナイトメア御用達の黒い量産機であるゼイラムとノイ・ゼイラムが大量に浮かんでいる。



 そしてそれらは後の本格的な競技を観戦するため街の各地に散らばっていた要人たちを探し、飛んで行く。

 この大会は街を丸ごと一つ使うため、競技を行うグループが違えば会場も全く異なる場所があてがわれているのだ。人数が多いだけに、だらだらと効率悪くやっている程の時間は無いからな。



「いかんッ!! 奴ら、来賓の方々を狙ってやがる! 警備隊は散開し、皆様をお守りしろ!!」


「はっ!!」



 自分たちのパトロンでもある来賓の連中が危険だという事に気付いた連盟のお偉いさんも、大慌てで配下の警備隊に指令を下し、現場は大混乱といった風情である。

 もっとも、一番混乱しているのは間違いなく私以外の候補生たちだろうが。



 レオンくんとネメハくんは……この有様だとどこに居るのかもよく分からんな。

 仕方ない、ちょっくら魔法で探知を……げっ!?



「あの」


「む? ああ、君は先程の競技で独走していた……」


「友人が危ない。助けに行く」


「む……。そうか、そうだな。悪いが我々は立場上各国のお偉方を優先するしかない。少なくとも今は、君たち候補生には自分自身でどうにかしてもらうしかないな」


「ん」



 大慌てで連盟のお偉いさんに声をかけ、晴れて許しを得たので競技用のナイツ・オブ・ヴィクトリアを置いてある、近くの格納庫に走る。というか途中でコクピットに直接転移した。



 どうやら他の候補生たちも自衛する事を決断したらしく、無数の生命反応が格納庫に近付いてくるのを感じる。

 さすがは各地の士官学校でも上位数名の地位に成り上がったエリート、と言ったところか。ビビって逃げ出すような者はいないようだな。



 と、それはさておき急がねば。

 案の定と言うべきか、大会が始まる前に我々と顔を合わせたナンバーズ・シックス……オカマのエドラスが、レオンくんに目をつけたようなのだ。

 ついでにネメハくんもそんなレオンくんと行動を共にしており、どうやら私を探してこちらへ向かっているらしい。二人はたまたま会場が近かったわけか。



 つまり、ざっくり言うと。

 レオンくんとネメハくんがオカマに追われてる。

 ……字面が酷いがその通りなのだから仕方あるまい。



 ケツを掘られる……もとい、タマを取られる前に助けてやらねばなるまい。

 あー、憂鬱だ。


 この“ナイツ・オブ・ヴィクトリア ニアモカスタム”がいくらエース用の高級カスタム機とは言え、首領わたしが直接手がけたナンバーズ専用機とは性能に差がありすぎる。



 ぶっちゃけ私が最強でも機体が弱すぎて、仮にもナンバーズの一人であるエドラスには絶対に勝てん。

 軽く見積もって三、四世代ぐらいは性能差があるからな。


 こりゃあニアモちゃん、死んだかもしれん。

 まあ、別にそれは良いんだけどもね。

 ここでレオンくんとネメハくんを失うのはもったいないし。



 そんなわけでニアモカスタムを走らせ道中を急ぐが、大混乱に陥る街を爆走するコア・ナイトが居れば嫌でも目立つ。

 フェルトちゃんあたりから指示を受けたのだろう、ナイトメアの黒い量産機、ゼイラムが複数立ち塞がった。


 乗っているのは所詮クローン兵だが、しかし首領が私なだけにナイトメアの技術力はこの世界に存在するどの国をも圧倒的に上回っている。

 当然、量産機の性能も段違いだ。

 ナンバーズの専用機とは違い倒せん事はないが、複数をまとめて相手にするとなると少々時間がかかる。そしてそのロスはことこの状況に至っては致命的だ。



『おっと、逃げようたってそうはいかねえ。今回の作戦にはナンバーズの方々も来ているばかりか、マスターまでいらっしゃるんでね。絶対に失敗は許されんのだ』


「邪魔……!!」



 そりゃあ失敗は許されんだろうよ。

 無限にとまではいかずとも、クローン兵はぽこじゃか作り出せる程度の存在でしかないからな。

 フェルトちゃんに無能と看做されれば、データごと・・・・・廃棄されかねん。


 あの子、部下には厳しいからな。私にはだだ甘なくせに。



 とにかくこの状況はまずい。

 瞬きの間にこの街のデータを思い起こし、地形を把握。

 さっさと切り抜けるため、地を蹴った。



『ちっ、手間を……んなァ!?』


「お前たちの相手はまた今度」


『に、逃がすな!! 追えッ!! でないと俺たちまとめて消されちまうぞ!』



 幸いにして、この街はとうの昔に廃棄されたにも関わらず、数多の企業が収まっていた高層ビル群がそのまま残されている。

 私はニアモカスタムの脚をビル群の一つに向け、そして接すると同時に今度はそのビルを蹴り、その先でまた別のビルを蹴り……と、三角飛びの要領で移動していったのだ。ニンニン。



 ちなみにだが、飛行能力を標準装備しているナイトメアのコア・ナイトたちが異常なだけで、各国が開発している機体はまだ空を飛ぶ事は出来ない。

 できても跳ぶくらいが精々であり、それ故にコア・ナイトの機動は陸地に接している事を前提にして行う。



 だからこそ私はこんな曲芸じみた真似をしなくてはいけなかったというわけだね。

 まったく、これだから凡人は。コア・ナイトの安定した飛行装置ぐらい、三日も経たずに作れるだろうに。



 さて、それはそうと何とか振り切れたようだ。

 今頃奴らは血眼になって私を探しているだろうが、余程気を抜いていなければ見つかることは無い。


 そんな事より、並行して探知していたレオンくんとネメハくん側の様子がやばい。

 自分たちを追ってくるオカマはどう頑張っても振り切れないと悟り、戦ってあわよくば撃破する事にしたようだ。


 しかしはっきり言って、いくら才能が豊かとは言っても、殺意と悪意が混ぜこぜになって地獄の釜のようになった戦場を、幾つも潜り抜けてきたナンバーズを倒せる程の力は、少なくとも今の彼らには無い。

 ついでに言うと機体の性能差もありすぎるしな。それが無ければまだ善戦できたかもしれんが、機体もパイロットも劣るのでは勝ち目などあるわけがない。



 機体の関節にあまりダメージがいかないように配慮しつつ街を爆走し、やがて激しい戦闘が行われている区画が見えてきた。

 あそこだ。二人とオカマはあそこで戦っている。

 流れ弾に注意しつつ慎重に様子を窺うと……。



「あちゃぁ」



 ま、だよな。

 案の定、戦況は圧倒的にオカマのエドラスが駆る真紅の天使型コア・ナイト、“アンジェロ・ゼクス”が優勢であり、レオンくんとネメハくんのコア・ナイトは既にボコボコのボコであった。

 何しろアンジェロには傷のひとつもついていない。誰がどう見ても優勢なのはオカマ側だと分かる。


 このまま放っておいてもレオンくんだけは殺されない……と言いたいところだが、真紅のアンジェロを駆るエドラスは強い破壊衝動を奥底に秘めている。それが表に出てこないとも限らんし、やはり介入せねばなるまい。

 特に、ネメハくんは助けないと普通に死ぬだろうしな。友を敵に殺された過去を持つ英雄、とかありがちでつまらんだろ。



 仕方ない。

 どうせ多少の無茶をしてもアンジェロは壊れんし、やるだけの事はやっておくさ。

 私に貸し出された、このナイツ・オブ・ヴィクトリアは逝ってしまうかもしれないが。



「……術式展開……一極集中……システム、オーバーロード……!」



 む。

 さすがに近くでこれだけ莫大な魔力が突然発生すれば気付かれるか。

 エドラスがお遊び気分から戦闘モードに切り替わったのを感じる。


 ナイツ・オブ・ヴィクトリアの腰に据え付けられたエネルギーブレードを抜き、さながら弓に矢をつがえるように構える。



 一瞬で、しかし溜めに溜めた魔力をエネルギーブレードに集中し、狙いを定めた。



 そしてそれを──。



「──放つ……!!」



 エネルギーブレードの刃の部分が魔力を纏った槍となって飛んで行き、エドラスが駆る“アンジェロ・ゼクス”を凄まじい速度で貫いた。

 アンジェロは槍が突き刺さった勢いのまま吹き飛び、後方にあったビル群を破壊しながら彼方へと消えていく。




 やりすぎじゃないか、だと?

 甘い甘い。首領わたしが作ったアンジェロの一つが、あの程度でやられるものかよ。

 胸にあるコクピットを僅かに外してあるから、中にいるエドラスもきっちり生きているはずだ。



 そんな事よりもだ。

 さも「友人が心配で仕方がないといった様子の女の子」を演じてレオンくんとネメハくんの元へと駆け寄ったのだが──。



『ニアモ……?』


『今のは……』


「ん。必殺技。でも手応えがあんまり無かったし、たぶん生きてる。急いで逃げた方がいい」


『あ、う、うん。そうだね……』




 早く逃げた方がいいつってんだろタコ助。

 何をボケっとしてんだ二人して。おん?




 ……げっ。

 私の機体、右腕が黒焦げになって動かんくなってる。

 おのれポンコツめ、たった一回のオーバーロードにすら耐えられんのかっ!!


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