第4話
ごきげんよう、諸君。
先日無事にノエストラ王国のミーナセリス姫を誘拐する事に成功した、
誘拐したミーナセリス姫は王国の連中が突っかかってくる前にさっさと改造し、洗脳を施してフェルトちゃんに預けておいた。まだ殺すなと言ってあるので使い潰す事は無いだろう。
ところで、今更改まって言う事でもないのだが、この世界には普通に魔法が存在する。
それも、日常生活で使うような単純な物ならそこらの主婦ですら習得している程度には親しまれているのだ。
スラムで這いずり回っているような底辺の人間はさすがに大半が無縁だがね。
しかし、元は貴族だったりした者が没落し、スラムに身を置くまで落ちた輩がいたりもするから案外彼らも侮れない。悪役令嬢的な子が本当に転がってたりするんだよ、意外とね。そういう子は当然魔法を使える。
実は、という程の事でもないが、裏の組織にはスラム出身の者が多かったりするのだ。我々ナイトメアもそうだしね。
まあそれはともかく。
コア・ナイトにも仕込まれているこの魔法という力だが、実のところ遠い昔から伝わってきた使い古しのものをどうにかこうにか改良しつつ長く使っており、まったく新しいものを生み出すというのは不可能に近い。
それは何故かと言うと、この魔法というものが元は古き世界を支配していた神々が振るっていた「奇跡」を、人の身に合うように分解し、劣化させた模造品に過ぎないからだ。
しかし、肝心の古き神々はとうにこの世を去り、遥かな高次元の彼方に消えている。
故に新たな魔法を生み出そうにも、その素材となる「奇跡」がもう無いのだな。
だが、大天才たる私は神に匹敵するとまでは言えずとも、限りなく神に近い全知零能の存在だ。
魂に刻まれた叡智からどうにかこうにか必要な知識を捻り出し、未だ世に認知されていない新たな魔法を生み出す事に成功した。
それが、「有り得た可能性を顕現する魔法」。
つまりどういう事だってばよ、と思ったそこの君。そう難しいことは無い。
要は自分を増やす魔法だと思ってくれればいいさ。少なくとも今はな。
人生とは、そして世界とは、無数の「選択」によって形作られている。
この魔法は、運命とも呼ばれるその「選択」による結果弾かれた、別の可能性をこの世に呼び出すものなのだ。
たとえば、朝食としてパンか白米かどちらにするかを悩んだ結果、君はパンを食べたとする。
それはつまり運命が「君がパンを食べる」という選択をした事になるわけで、ほんの些細な違いで有り得たはずの「白米を食べた君」は現実に残る事ができず、過去の可能性としてのみ刻まれる。
その「白米を食べた君」を現実に呼び出すのが、私が作った新たな魔法というわけだよ。
早い話が一人が二人に増え、二人が三人に増える。
そういうわけだ、ざっくり言うとな。
この魔法によって「私という個」は百人ほどに増えて世界中に散らばっており、その中の一人がこの私。
割と外見はバラバラだったりするが、百人の全てが私であり、一人殺された程度では私は死なない。というか百人全員を一度にまとめて殺されない限り、私が消える事はない。
そして、善人として振舞っている私もいれば悪人として振舞っている私もおり、様々な陣営に潜り込んでいるので、全員まとめて殺される可能性はまず無いだろう。
なんなら宇宙空間をのんびりと漂っているだけの私も存在するからな。ま、アレは人間ではないのだが。
ティアナちゃんは死なない、何度でも甦るさ!! ってやつだ。
正しくは、何度でも増えるさ!! とでも言ったところだがまあ細けぇこたぁいいんだよ。
更に言うなら、念の為にと各地に秘密のアジトを拵えて追加で合計一万人ほどの私がコールドスリープ中だったりもする。
自分で言うのもなんだが、あの光景はキモイのであんまり見たくはないな。
ついでに、更に追加で五十人ほど私を増やし、肉体を分解してオリジナル・セブンやナンバーズ専用のコア・ナイトに生体部品として採用している。流石は私、素材としても天才なのだ。地味に兄者が最強のパイロットなのはこのせいである。
そんなに増えたら自我が薄まるんじゃ? などといった心配は全くの無用である。
この程度で消える程ヤワな自我はしていない。
試してみない事にはわからんが、感覚的に百万人ぐらいまでなら増えても全員が私で居られるはずだ。
尚、適当なサンプルを捕まえて実験してみた事があるのだが、凡人では二人に増えただけで自我が崩壊を起こす結末を迎えた。
なのでせっかく作ったこの魔法は禁術扱いにしてある。
これだから凡人は、精神も肉体も貧弱で困るよ。
フェルトちゃんなら使えそうだが、まぁいいだろう。
何せ私自身が実演しているように、この魔法を使えれば擬似的に不死身になれるからな。駒ごときに与えるには少々リスクが高すぎる。
──さて、ここまでが前置きなのだが。
西のルクセラ聖国に潜伏している私が、どうにかこうにかとっ捕まえて交友関係を築く事に成功した少年がいる。
無口なロリ巨乳で行く事にしたその私曰く、その少年はさながら物語の主人公のように才能が豊かで、成り上がりロードを駆け上がろうとしているのだとか。
そこを一つ、ナンバーズにでも襲わせてほしいのだそうな。
ただし命は奪わず、少年の身柄を拘束するような事はまだしないでほしいとの事だった。
ちょうど少年は私と共に士官学校にパイロット候補生として通っており、近日中に各地から有力な候補生たちが集って競う大きなイベントがある。
そこを襲撃する事でナイトメアの売名にも繋げる事ができるはずだ、というのがロリ巨乳な私の言い分だった。
やれやれ、私のくせに青春してやがる。
まあ優秀なパイロットが育つのは良い事だ、まんまと乗ってやろうじゃないか。
ああ、これが「あちらの私」が「こちらの私」を陥れるために仕組んだ罠だという事は有り得ない。何せあちらも私だからな。
マッドサイエンティストがいちいちモルモットに感情移入して情に流され、正義に目覚めるなんて事は無いからね。
私はついさっきまで笑い合った友でも、ホイホイ分解して素材に変えてしまえる人間なのだ。
特に脳みそというのは生体CPUとして優秀でね。
その処理性能は意外と凡人でも天才でも大差が無い。無論私ならば話は別だが、最近は忙しくて素材になっている場合ではない。
故にどれだけ数があっても足りないのさ。
この事からも分かる通り、実は凡人と天才の間にそれほど性能差は無い。では何が「才能の差」を分けるのかというと、私が思うにそれは記憶という本棚から望みの記憶を引き出し、現実に応用する力、が大きいのではないだろうか。
学習速度の差なども、結局のところは「応用力に差があるから」で説明がつく。
何せ、人間というのは本来一度記憶した事は二度と忘れない生き物なのだ。
君たちが「忘れた」と思っているのは、ただ単に記憶という本棚から「引き出せなくなった」だけなのだ。記憶そのものはしっかりと君たちの頭の中に残っているのだよ。
完全記憶能力と呼ばれるものがあるが、あれは要するにどの本棚にどの記憶が仕舞いこんであるかをしっかりと全て認識できている、というだけだ。
そしてそれは本来、人間という生き物全てに備わっている基本的な機能なのだ。
……っと、今回はどうも話が脇道に逸れがちだな。
「フェルト」
「はっ。ここに」
「西のルクセラ聖国で行われる士官学校の国際大会を襲撃したい。都合のいいナンバーズを数人選定し、送り込め。我々ナイトメアの脅威を思い知らせるいい機会だからな」
「!! おお、ついに──! 畏まりました!! なんなら私が行って参りますが?」
「ふっ。よせ、大人気ない。お前が出向いてはただの虐殺になってしまうだろう。それではつまらんじゃあないか」
「ふふ、それもそうですね。では、すぐにメンバーを選定し、襲撃を実行します」
「ああ、任せたぞ」
「はっ。失礼します!」
とりあえず任務を言い渡しておき、ウッキウキで去っていくフェルトちゃんを見て苦笑いする。
士官学校に通うエリートとは言え、アマチュアの小僧どもが集まる所に大ボスが襲撃してくるとか何の悪夢だ。生かしておく予定の少年まで木っ端微塵になってしまうではないか。子種を貰い受けるシナリオも用意してある以上、今少年にくたばってもらっては困るのだよ。
だがまあ、今まで地味な任務ばかりだったからな。ナイトメアがしでかした大きい事件と言えば、まだ精々エンクラッド研究所の襲撃ぐらいだ。あの時は付近に展開された私謹製の防衛機構を突破するため、フェルトちゃんを含めた表立って活動可能なナンバーズ全員が参加していた。
あれ以来、久々の大イベントとあれば、私に心酔するように調整しておいたフェルトちゃんがウキウキするのも無理はない。
実働部隊として直接的には参加しなくても、作戦の指揮をとるぐらいはやりそうだな。なんと愛らしい。実に操りやすくて助かるよ。
さぁて……。
向こうの私と意識を接続して、敵としてのナイトメアの働きぶりを拝ませてもらうとするか。
ああ、そうそう。
フェルトちゃん以下、ナンバーズの面々であっても私が新開発した魔法で増殖できる事は知らない。故に当然、襲撃予定のルクセラ聖国にも別の私がいる事など知る由もない。
駒は駒らしく、無知なまま踊っている方が相応しいのだ。下手に知恵をつけて予定外の行動をとられたら修正が面倒だからな。
私は全知であるが故に未来も過去も全てを見通しているが、厄介なことに可能性というのはそう単純なものではない。
細かいものを含めれば軽く万を超える「こうなるかもしれない」状況を知っているが、運命がどのルートを選ぶのかまではわからん。幾つかに予想を絞る事ぐらいはできるが。
私が自分自身を「全知であっても全能ではない」と称するのはこのあたりが関係している。
最終的に私が道半ばで滅びるルートもほんの僅かとはいえ存在するが、まあ手を尽くした結果そうなるのであれば是非もない。
その時は大人しく運命を受け入れるさ。
どうせそうなった時には、どのルートでも私の目的は必ず達成されるからな。この星に生きる今の人類が、あと一万年ほども存続すればそれで十分だろう?
ちなみに、変わったルートを挙げてみると、色々と好き放題した結果邪神として畏れられ、そういった人々の思念によって本当に神へと昇華した私……というものがある。
あとは、宇宙を漂う私が遠い銀河の不思議生物と融合し、生命の母たる創世神へと昇華して宇宙人を作り、広大な銀河帝国を築く……というものもなかなか面白いな。
もっとも、当然のことながら私とは全く無関係の宇宙人が既に存在してはいるのだがね。そいつらがこの星の資源に目をつけて襲来するルートも存在するので、そちらの対策もしておかねばならない。
まったくもって面倒な事だ。
この星が辿りうる運命の幅があまりにも膨大すぎて、どれだけ働いても全てに完璧な対策を立てる事は難しい。
別の次元から偶然転移してくる異星人の軍勢だとか、未来からやってくる異星人の軍勢だとか……。そんなところまではさすがに面倒を見きれんよ。
できる限りの手は打っておくつもりだがな。
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