第3話



 ごきげんよう、諸君。

 無事に世界的指名手配犯となった首領ドン・ナイトメアこと私ティアナ・エンクラッドは、現在巨大空中戦艦ロード・ナイトメアの艦橋でモニター越しに、フェルトちゃんと共にとある実戦テストの様子を眺めている。



 私が籍を置いていたテレブラント帝国の友好国でもある、北のノエストラ王国。

 戦で勇猛に戦った者は死後に英霊として戦神の領域に招かれる、というどこかで聞いたような話が本気で信じられている脳筋国家で、当初はコア・ナイトの導入にもエラく難色を示していたものだ。


 だが、パイロットの動きをそっくり真似る「アクト・モーション・システム」を搭載しているコア・ナイトの実物を見せると、手のひらを返したように絶賛してくれた。

 脳筋民族的に、良い意味で衝撃を受ける何かがあったのだろう。

 大方の予想はつくが。



 アクト・モーション・システムはただパイロットの動きを真似るだけではなく、魔力での肉体強化なんかもそのまま機体に反映するようになっている。

 つまり、パイロットの生身での戦闘力が機体の戦闘力に直結するのである。

 とりわけノエストラ王国はこの機能を重視する傾向が強く、コア・ナイトのパイロットの事を「ファイター」と呼ぶ奇妙な慣習すら根付いている程だ。


 無論、他国には逆に貧弱なパイロットを機体が補助する、という理論を信奉している所もあったりする。

 この辺りは各国によって実に様々だし、表向きは私が死んだ以上、国ごとの「個性」はより加速するだろうな。




「いっそ清々しい程に近接戦に特化した機体ですね、この新型は。射撃武器らしい物が一つも見当たりません」


「そのようだな。ノエストラ王国らしいと言えば、らしいが」



 クラーケンのようにとんがった頭とシンプルなフォルムでまとまったコア・ナイト、カイトアズール。

 生産性と整備性に優れ、世界中で広く採用されている汎用量産機だ。頭頂高はおよそ二十メーテル程で、これはまぁ大概のコア・ナイトが当てはまるな。


 それが、ドラゴンのような頭部を持つ真紅の機体に蹴散らされている。



 技術交流のため、かつてノエストラ王国を訪れた私が多少の手解きをした技術者、クライム・エッシェンガルト。

 お前本当に技術者か? と問いたくなるぐらいに筋骨隆々の大男なのだが、見た目に反して中々頭が良くてね。


 彼が今回主体となって開発した新型とやらが、あの真紅のコア・ナイトというわけだ。



「ソルドゥイン、と言ったか」


「はっ。二基の新型エーテルエンジンを搭載し、物理障壁と魔力障壁を場合によって使い分ける事で得た高い防御力を頼りに突貫。巨大な斬艦刀をメインウェポンに、様々な近接武器をもって敵を葬る、というのがコンセプトのようです」


「機動性も中々だが……間接攻撃は僚機におまかせ、という事で良いのかな。あれは」


「恐らくは。生産コストもかなりお高いとの情報が入ってきていますし、少数生産を前提としたエース用のコア・ナイトなのでしょう」


「ふぅむ、なるほど」



 実際の戦闘においてはそうそう陥ることの無い格闘戦に特化というか、それしかできない機体というのは正直どうかと思うが、構想としては悪くない。

 新たな装甲材を開発する事ができれば、放っておいてもスーパーロボット路線に進んでいくだろう。


 いっその事、鹵獲させる形で技術を流すか?

 そうすればもっと面白い物ができそうではあるが、少し気が早いか。



「まあ、まずは試してみない事には始まらんか。潜伏させておいた部隊を展開させろ。ただし、新型は壊すな。まだまだ捕獲しようとも思わんが、狩るには早い」


「畏まりました。使い捨てのクローン兵しかおりませんので、確実に勝利を捧げる、と断言する事はできませんが……」


「構わんよ。こんな所で勝ち負けに拘る必要などありはしない」


「恐れ入ります」



 ぺこり、と深く一礼してから。

 それまで柔らかい笑みを浮かべていたフェルトちゃんは一転して鋭い表情になり、耳に手を当てて命令を下す。



「各員、作戦開始。奴らの実戦テストを手伝ってやろうではありませんか。それと、閣下からのオーダーが一つ。新型を壊してはいけません。捕獲もしなくて結構」


『イエス、マスター』



 ナンバーズ・ワン、マスターフェルト。

 ナイトメアのほぼ全部隊を指揮する権利を持つ司令官である彼女は、部下たちからそう呼ばれているようだ。


 組織の構成員はほとんどが使い捨てのクローン兵だが、彼らにだって自我はある。

 そうなると裏切りの心配なんかも出てきそうだと思うかもしれないが、そこら辺はきちんと洗脳してあるので問題ない。

 自我こそあるものの、部下たちの辞書に「組織を裏切る」という言葉は存在しないのだ。


 思考パターンからそういった雑念は排除した上で生産しているからね。

 当然それは幹部格であるナンバーズ……フェルトちゃんも含めて、である。


 私に恩義があるから裏切らない、などという不確かな次元の話ではない。

 そういった結論に至らないように、人間として根本的な部分から改造してあるのだ。


 故に正しくは、フェルトちゃんたちは私を決して裏切らないし、裏切ろうとも思わない。

 万が一敵との間に人情的な何かがあってエラーが発生し、裏切ろうとしてもセーフティーが機能し、「裏切れない」。



 ま、ここまでしても都合のいい“奇跡”が起きて組織を裏切る者が出る、なんてのが常道だが、そうなっても充分に対処は可能だ。

 何せ、ナイトメアのメンバー全員の体内には特製の爆弾が仕掛けてあるのでね。

 世界を怯えさせる演出としても使えるし、一石二鳥だろう。



 ここだけの話、それを狙ってあえてセーフティーを緩くしてある人情家のナンバーズも作っておいた。

 言っただろう? 「ナイトメアは絶対悪」だと。

 私はこだわるタイプなのさ。



「こちらはゼイラムが二十機、ノイ・ゼイラムが三機。対して向こうは新型……ソルドゥインが一機にカイトアズールが十機か。数も質もこちらが勝っているがどうなるやら」


「見たところそれ程優れたパイロットはいないようですし、頼みの綱であるソルドゥインも単騎で戦況を覆せる程の性能は持っていません。トラブルが起きなければこちらに分があるかと」


「さてね。連中は随分と混乱しているようだが……」



 私が設計し、開発した汎用量産機……ゼイラム。

 黒と赤でまとまったスタイリッシュなフォルムを持ち、性能もオリジナル・セブンには劣るが、各国が独自に開発してきたエース用の高級機と同等以上はある。


 ノイ・ゼイラムはそれを更に一回り強化した指揮官機で、頭部にブレードアンテナを装備して通信能力を向上させている。


 これが現在のナイトメアの主力、という事にしておく。

 実際は既に次世代機をも用意してあるし、ゼイラムもノイ・ゼイラムもまだまだ改造の余地があるのだ。



 しかしまぁ、こちらのパイロットは基本的にクローン兵ばかりだからな。

 突出した技量を持つエースが居れば、戦況をひっくり返される恐れもある。

 残念ながら、この戦場には関係の無い話だが。



 突然現れた黒い軍勢が「ナイトメア」を名乗った事により、混乱の極みに陥るノエストラ王国の実験部隊。

 どうやら、せっかく作った新型を壊されてはたまらないとばかりにカイトアズールが前面に出て盾となり、ソルドゥインはその後ろに隠れるように陣形を整えている。


 脳筋民族にしては消極的だが、それほど我々を警戒しているという事かな。



 まずは小手調べとばかりにゼイラムが距離を詰め、数の利を活かして敵を囲い込むように展開。

 携行武装であるエネルギーライフルを撃ち、カイトアズールの装甲を吹き飛ばす。


 王国兵も機体の手に持つレールガンを撃ち返して反撃しているが、無情にもゼイラムの物理障壁を貫く事ができずにいる。



『くそ、こいつらなんて硬さだ! 攻撃がまるで通らんぞ』


『射撃が効かないのなら、寄って斬るしかない!!』



 敵方のそんな通信をロード・ナイトメアの設備がキャッチし、事実その言葉通りにカイトアズール隊が黒い軍勢に接近を試みるも、安物のポンコツが私の手がけたコア・ナイトたるゼイラムの火器管制装置FCSを掻い潜れるわけもなく。



『て、的確な攻撃だ……』


『俺は今日、ロワール・コートへ行く……』



 無理やり格闘戦に持ち込もうとしたカイトアズールの大半が蜂の巣にされ、ソルドゥインを守る盾はあっという間に穴だらけになってしまった。


 ちなみに、ロワール・コートというのはノエストラ王国で信じられている戦神の領域の事で、今日そこへ行くというのは要するに「あ、俺死んだわ」というのを脳筋民族なりにオサレに表現したものだ。



「閣下。勝ち目がないと悟ったのか、ソルドゥインが撤退を始めました。ノイ・ゼイラムのレーダーには既に王国の艦影を捉えていますが……追撃しますか?」


「やれやれ、勇猛果敢とは何だったのか。我々のデータを持ち帰らせるのも良い刺激になるだろうが、こうもあっさりではな。少々遊んでやるといい」


「畏まりました」



 余程新型を落とされたくないと見える。

 それ程に重要な機体なのか、はたまたパイロットの方が大事なのか。


 答えは当然知っているが、まあ脳筋連中であれば多少痛めつけたとてトラウマになるような事はなかろう。



「ゼイラム隊は念の為周囲を警戒。ノイ・ゼイラムは敵を追撃し、新型と遊んでおやりなさい。敵艦は落としても構いませんよ」


『イエス、マスター』



 鋭い表情で命令を下すフェルトちゃんの言葉に従い、三機いるノイ・ゼイラムの内の一機が前進。

 バーニアを吹かして地を走り撤退するソルドゥインと、それに帯同する僅かに残ったカイトアズールを追撃する。


 すると当然奴らもそれに気付き、またまたカイトアズールが盾として前に出て攻撃。

 しかし、ゼイラムに効かなかったものが上位機種であるノイ・ゼイラムに効くわけもなく。


 それどころか、簡易的な予知機能を持つノイ・ゼイラムの前では雑兵の豆鉄砲などかすりもしない。



『なんだそれは? 攻撃とはな、こうやるんだよ!!』



 調子に乗ったノイ・ゼイラムのクローン兵が煽るように格闘戦を仕掛け、一機のカイトアズールを右腕のエネルギーブレードで真っ二つにし、続いて左腕のエネルギーライフルでもう一機のド真ん中を撃ち抜く。



 そして。

 逃げながらもそれをしっかりと見ていたソルドゥインのパイロットが恐慌状態となり、右手で保持していた斬艦刀を振り回して暴れている。



「ふっ、若いな」


「新型のパイロット、ですか」


「ああ。ナイトメアの名をより広く知らしめるには丁度いいか……。ノイ・ゼイラムのサンダー・ロッドを使い、ソルドゥインのパイロットを捕獲しろ。機体は捨てておいて構わん」


「畏まりました」



 実のところ、今回の実戦テストは極秘に行われたものであり、脳筋民族なりに徹底的な情報の封鎖をした上で敢行したのだ。全知零能の存在たる私の前では無意味な努力だったが。

 それは何故かと言うと、テストパイロットがただの軍人や民間の協力者などではなく、王族だからである。


 ……どうでもいいけど、全知零能と表現するとなんだか私がすごいショボく思えるな……。全能ではないからこれが適切なのだが。



 ミーナセリス・ソル=デ・ノエストラ。

 若干十五歳と、先日成人したばかりのお姫様であり、命の奪い合いなど経験した事も無い雛鳥だ。


 こいつを奪うのが今回の目的だったわけだが、そもそも王族なんぞをテストとはいえ実戦に出すなと言いたい。

 前線に出て勇猛に戦い、士気を鼓舞してこその王族……などと考えるノエストラ王国の脳筋思考が災いしたな。



『きゃあぁッ!?』


『姫様ッ!! おのれェ、船をぶつけてでもお助けしろ!!』



 パイロットに直接ダメージを与えて気絶させるサンダー・ロッドが無事命中し、無様に暴れていたソルドゥインは沈黙。

 遠くからそれを見て怒り狂った敵艦が猛スピードで突撃してくるが、後方で援護の用意をしていた二機のノイ・ゼイラムが両肩のフレキシブルカノン──出力と向きを調整する事でスラスターユニットとしても使える──を展開し、砲撃。



 それは見事に艦橋を吹き飛ばし、敵艦は煙を吹いて空中から母なる大地へと堕ちていった。




 王族強奪作戦、無事成功……である。

 あくまで「機体の」捕獲をしないと言っただけで、「パイロットを」捕獲しないとは言っていない。ふんす。


 もっとも、新型から無理やりほじくり出したパイロットの正体を知っているのは、ナイトメア側では私だけなのだがね。

 フェルトちゃんも今回の目的にはとうに気付いているだろうが、何故わざわざパイロットだけを狙ったのかについては内心首を傾げている事だろう。


 すぐに分かるのだから、教えてやるつもりはないけども。

 さて、次はどこを狙うか……。



 人類というのは、共通の敵がいると案外簡単にまとまるものだ。

 逆に言えば、「ナイトメアは人類の敵だ」と世界中から認識される程度には暴れておく必要がある。


 今回の作戦もその一環というわけだな。


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