第2話



 ごきげんよう、諸君。

 早速だが、現在我が研究所は正体不明の武装組織による襲撃に晒されている。

 どの国のデータにも存在しない謎のコア・ナイトたちを操るかの組織は、よく統率が取れた動きで研究所の防衛戦力を突破しようとしていた。


 実際問題、研究所が占拠されるのは時間の問題と言ったところだろう。

 それ程に動きが良い。本国からの援軍は到底間に合わんだろうな。



「博士、博士っ!! ここは危険です、直ぐに避難を!!」


「おや。モティエールくん、まだ居たのかね? とうに避難しているものだと思っていたが」


「貴女を置いていける訳ないでしょう!? まだ居たのか、はこっちのセリフです!!」



 ふむ。

 何やらモティエールくんが必死な顔で叫んでいるが、安心したまえ。

 現在進行形で元気に研究所を襲っている武装組織は、その実正体不明でもなんでもない。



 この私、ティアナ・エンクラッド自らが用意した「悪役」だ。

 顔をすっぽりと覆う仮面と、全身を覆う黒いローブを着込んでいかにも怪しい「悪のカリスマ」になりきり、各地のスラムや廃墟を回って身寄りのない者たちを回収、洗脳して手駒とし、一からコツコツと作り上げた。

 もちろん声で身元がバレないようにボイスチェンジャーを使い、男と女が同時に喋っているかのような不気味な機械音声になっている。


 ナイトメア。

 今日この日をもって、「絶対悪」として世界に名乗りをあげる予定の武装組織である。


 さらに言うなら、今こうしてモティエールくんに手を引かれて裏口から地上へ避難させられている「ティアナ・エンクラッド博士」は、ナイトメアを支配する“首領ドン・ナイトメア”こと本物の私が作り、入れ替わっておいたクローン体のようなものだ。

 名前がダサい? 言うな。適当でいいんだこんなもの。


 この身体を通して本物の私……首領ドン・ナイトメアが研究所の様子をモニタリングしており、ドラマチックな爆破のタイミングを見計らっている。




 ここまで言えば分かるだろうが、稀代の大天才「ティアナ・エンクラッド博士」は今日ここで死ぬ。

 安定した収入と、何不自由の無い暮らしを確保できたまでは良かったが、このままでは十年後の最終戦争を乗り切れない可能性が非常に高いのでな。


 パパンとママンには大いに世話になったが、代わりのパトロンも人材も用意できた以上、とうに用済みでしかない。

 楽しかったぜぇ、お前との家族ごっこぉ!! ってやつだ。


 技術の停滞が招く結末は、破滅でしかない。

 許せマイファミリー。これも人類種の維持のため……。



 さて。

 ステンバーイ……ステンバーイ……。



 今だ。



「キャッ……!?」


「むっ」




 なんと不幸にも天井が崩落し、モティエールくんと分断されてしまったぞぅ!?

 しかも彼女を巻き込まないために咄嗟に押し出したせいで、ティアナちゃんが取り残されてしまったぁ!!



「あ、え……はか……博士っ!! 博士ぇっ!!」


「……これは、私一人では出るに出られんな。モティエールくん、どうやらここが私の運命の終着点らしい。早すぎるが、仕方ない。これも戦争の道具を作った報いだろう」


「そんな……博士! 諦めないでください!! まだ何か、何か手があるはずです!! そうだ、アグナマズダー……アレを起動すれば、まだ……!」


「それも無理な相談だ。今から行っても間に合わんし、敵があの子を放置しているとは考えられん。むしろ、奴らの目的はあの子だと考えた方が自然ではないかね」


「それは……!!」


「さっさと逃げたまえ、モティエールくん。そして、私の後を継いでもらえると助かるよ。まだまだ研究すべき事は山ほどある。隣で私を見てきた君が継いでくれるのならば、私も安心できるというものだ」


「博士ぇ……! なんで、そんなに冷静なんですか……! こんな時ぐらい、歳相応にみっともなく騒いでくださいよお!」



 なんでって、これが自作自演だからだよ。


 ついでだが、後継者に彼女を指名したのは、何もその場しのぎの嘘というわけではない。


 エルティリーゼ・モティエール。


 私が見てきた中でもトップクラスの頭脳を持つ天才であり、彼女が全く無名の時代から助手にする事で、思考回路を私に似せておいた才媛だ。根っこは善人なあたりが私とは決定的に異なるが。

 つまり、元々彼女には私のポジションにすっぽりとおさまってもらうつもりで育ててきたのだよ。


 アグナマズダーの建造にも関わらせる事で因果律機構の存在すらも頭脳に叩き込んでおいたし、こうして恩師とのドラマチックな別れを経験させる事で復讐心の芽生えも期待できる。

 普段は口が悪いが、その実私を妹のように、はたまた姉のように想っている彼女の事だ。きっと素晴らしいコア・ナイトを生み出してくれるだろう。


 私の知識がそう言っている。




 さて、そろそろ頃合いか。




「モティエールくん」




 それではさらばだ、我が研究所よ。




「──後は頼んだ」




「……ッ、博士ぇえぇえぇぇぇッ!!」





 ぼかーんと爆発。

 アグナマズダーをしっかりと奪取し、すたこらさっさとずらかる“謎の武装組織”、我らがナイトメア。


 瀕死で転がるモティエールくんと、それをギリギリで救助する遅すぎた援軍。

 ついでに言うと今更なタイミングでやってきた援軍の中には、オリジナル・セブンを駆る面々もいた。精鋭中の精鋭が大急ぎですっ飛んできたのだから当たり前である。

 つまり、銀狼ことシスコンな兄者も。




 稀代の大天才、ティアナ・エンクラッド。

 ──爆炎の中に消えた彼女わたしが見つかる事は、ついぞ無かった。



 骨も残さずあぼんしたから当たり前だがね。





 エンクラッド研究所の焼失と、人類に革命を起こした大天才ティアナ・エンクラッド博士の死亡。

 史上最悪の凶事として歴史に深く刻まれた大事件を齎した実行犯として声明を上げた、謎の武装組織こと「ナイトメア」の名は世界中に広まり、戦慄と共に人々は予感した。




 ──これから、新たな時代が始まると。



 ついでに、名も知れないナイトメアの首領……つまり本物の私の首には、百億ティアもの賞金がかけられた。

 ティアというのは我が国……いや、テレブラント帝国で広まっている通貨単位である。


 名前の由来は、私だ。

 それ程の偉業を成したと扱われているわけだね。




 ◆



 一ヶ月ほど後。




 所変わって、とある廃都の上空。

 国のしがらみから解放され、自由になった首領ドン・ナイトメアこと私は、自重を捨てて心の赴くままに建造した巨大空中戦艦「ロード・ナイトメア」の艦長室で、腹心の改造人間から世間の動向の報告を受けている。



 どうでもいいけど、正体を隠すために着込んでるこのローブ、ちょっと窮屈だな。

 豊満な私のおっぱいが圧迫されて地味に痛い。

 後で改造しておこう。



「失礼致します、閣下。帝国の連中は相変わらず血眼になって我々を探していますが、こことはまるで真逆です。そうそう見つかる事は無いでしょう。しかし、この国の連中は洗脳が完了しておりますから、閣下のご命令一つでいつでも我々が表に出る事は可能です」


「他の国の連中はどうだね?」


「はっ。ティアナ・エンクラッド博士の死亡という大事件は他国にとっても決して無視できるものではなく、積極的に捜査へ協力しています。その一方で、軍事面を大幅に強化している国々が目立つ事も確かであり、少しつつけばたちまち世界中を巻き込む大戦が起こるでしょう」


「ふむ、ご苦労。エンクラッド研究所の生き残りはどうなっている?」


「そちらに関しては、第二の襲撃を随分と警戒しているようでして。徹底的な情報の封鎖が行われており、オリジナル・セブンを駆る例の内通者ですらも迂闊な動きは取れないとの事です」


「ふっ、肝心要のエンクラッド博士を失った今になってからでは遅いがな。奴には暫く帝国の忠実な犬として働くように伝えておけ。仮に我々と戦う事があっても、手を抜く必要は無いともな」


「はっ。承知しました」



 艦長席兼ナイトメアの玉座に腰掛ける私の目の前で、跪いて報告する腹心の改造人間、フェルト・ヴァレンタイン。

 淡い水色の長い髪をしたとってもプリティな美女なのだが、元々はスラムを一つ支配していた天才孤児である。


 それを私が拾い、神経や臓器の全てを私特製の人工物に入れ換えて、保有する魔力と身体能力を大幅に向上させた傑作だ。

 これまでに手がけた改造人間の中で特に出来が良かったので、こうして腹心として横に置いている。

 いわゆる組織のNo.2というやつだ。



 もちろん皮膚も改造してあり、生身でありながら剣も銃弾も跳ね返し、上級魔法を雨のように浴びても傷一つ負わない。

 言ってみれば、人間サイズに縮小した生きるコア・ナイトとでも評するのが相応しい。

 正直少しやり過ぎたかと思わんでもないが、まぁ本人が満足そうなので構わないだろう。



 他の改造人間たちもこの子程ではないが従来の人間とは比較にならない戦闘能力を獲得しており、そのほとんどをナイトメアの幹部格として籍を置かせている。


 尚、実は十人ほど改造手術に失敗して頭や手足、臓器がパーンしてしまい、使う前に死んでしまった被検体も居たりする。

 ん!? まちがったかな? ってやつだ。

 まあ、どうせ死んで悲しむ者など誰もいないヒューマンデブリ人の形をしたゴミどもだし構わんだろう。



 もちろん、幹部格に相応しいコア・ナイトも別に用意してあるし、中でもフェルトちゃんの機体は表社会では最強として知られるオリジナル・セブン、兄者のデウス・ゼロをも超える程の性能を持つ。もちろん他の幹部格用の機体も、全てがオリジナル・セブンに匹敵するかそれ以上の性能を誇っている。

 ぶっちゃけて言えば、やろうと思えば今から世界征服に乗り出す事だって充分可能である。


 だがまぁ、他はともかくフェルトちゃんは機体共々強すぎるので、出撃させるのはサイコシスコンから復讐鬼にランクアップした兄者を抑えてもらう時ぐらいだろう。


 さて、と。



「北のノエストラ王国が新型のコア・ナイトを開発したと聞いたが」


「はっ。生前のエンクラッド博士が少々教えを授けたという人物が居るらしく、その者が主体となって作り上げた物のようです。奪いますか?」


「性能を見てからでも遅くはなかろう。部隊を編成し、偵察に向かわせろ」


「畏まりました。まずは一当て、ですか」


「そんな所だ。何、たとえ敗北したとて痛くもない。気楽にやればいいさ」


「承知しました。すぐに」



 こう言っておけばナンバーズ……幹部格の改造人間を向かわせるなんて事は無いだろう。

 それは過剰戦力というものだからね。

 ナイトメアの目的は人類の進化を促す事であって、人類の支配ではない。


 せっかく世界中の人々が新型を作ってもナイトメアがすぐに狩る、なんて事をやりすぎれば進化どころではなくなる。


 勝ちすぎても負けすぎてもいけない。

 必死に頑張ればナイトメアに勝てるかもしれない、と表社会の人々に思わせるのが大事なのだ。


 ちなみに、ナイトメアの一般兵士は私が拾った元スラムの住人たちの中でも少し優秀寄りの凡人どもの生体パターンをクローニングし、この巨大戦艦ロード・ナイトメアの中にある設備で生産しているクローン兵である。

 なのでこいつらはどれだけ死んでも懐が痛むことは無い。人的損失が実質無いって素晴らしいね。

 オリジナル? 奴さん死んだよ。頭がパーンした。



 少し優秀寄りでその扱いなら、てんでダメな連中はどうしたのかと言うと……。

 生体部品って結構使い道が多いんだよね。それが答えだ。



 さぁて……。

 ノエストラ王国に居る教え子と言えば……彼か。

 せいぜい足掻いてみせてくれ。



 でなければ成長の見込みなしと判断して、潰してしまうぞ?



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