第32話

 黒武者は床の上に仰向けに倒れた。

 破損した鎧の間からは血が流れ出ている。


「ど、どうにか勝てた……」


 僕は刀を持つ手を垂らし、息を整える。


「常は使い手が刀を選ぶ……。しかし、人の想いの込められた名刀は、逆に使い手を選ぶもの……。某は器ではなかったか」


 黒武者は苦しげに言葉を発する。 


「持っていくがいい……童よ。月さえも喰らう魔刀……〈月蝕〉は、そちにこそ相応しい」


「……僕は〈真理の番人〉の敵ですよ?」


「拙者は名と共に信念を捨てた、ただの人斬りの鬼……」


 黒武者は腰から鞘を外すと、震える腕を伸ばして僕へと向けた。

 僕はそれを、恐る恐ると受け取った。


「ヨハン殿の語る、強き者だけの理想郷……。真にヨハン殿が器に足る人物か否か、そちが確かめるがよい」


 ヨハン殿……。

 初めて聞いた名前だ。

 彼が〈真理の番人〉のリーダーなのだろうか?


「……ありがとうございます」


 僕が頭を下げた、そのときだった。


「ふぅん!」


 ギルベインさんが、黒武者の頭部へと大きな壷を振り下ろした。


「ぬうっ!?」


 鈍い音が響き、黒武者の顔が横へと倒れた。

 完全に意識を手放したようだった。


「ギ、ギルベインさん、何を……!」


「い、いや、もし起き上がられたら面倒だから……とりあえず昏倒させておこうと。重傷には見えたけど、生き埋めにされてあっさり出てくるくらいにはタフだったから、一応……」


『その気持ちはわからんでもないが、今この流れでやることか……?』


 ネロが呆れたようにギルベインさんを見上げる。


「そっ、それに、長話している場合じゃないよ。まだ他の〈真理の番人〉はこの館内に居座っているはずだし……!」


「だ、大丈夫ですよ、ギルベインさん。その、責めてるわけじゃありませんから……」


 僕はそう言ってから、受け取った鞘へと目を落とす。

 もう一度小さく黒武者へと頭を下げてから、腰のベルトへと鞘を噛ませて、そこへ〈月蝕〉を差した。


 その後、僕達は館の捜索を再開した。


「オオオオオッ!」


 三体同時に〈不滅の土塊ゼータ〉の兵らしい土人形が迫ってくる。

 僕は〈月蝕〉を抜き、三体纏めて叩き斬った。

 綺麗に上体を斬り飛ばされた土人形は、すぐにその輪郭を崩す。


「……本当にとんでもないね、その刀」


 ギルベインさんが、若干引き気味に口にする。


「ギルベインさんの助言のお陰です。あれがなかったら、きっと咄嗟に相手の剣を奪おうとは思えませんでした」


「私のお陰…? そ、そうかい! そういうことにしておくか! はっはっはっ!」


 ギルベインさんはちょっと嬉しそうにそう笑った。


「しかし、この土人形は厄介だね。いや、マルク君にとってはそうではないだろうけれど……侯爵邸の惨状はほとんどあの土人形の仕業みたいだからね。この質の兵を無尽蔵に生み出せるのは、放置しておくわけにはいかないよ」


「ゼータの討伐と、タルマン侯爵様の確保を優先した方がよさそうですね」


 とは言ったものの、両者共どこにいるのかわからないため、行き当たりばったりで行動する他ないのだが……。


「さっき逃げられたあの風男……! あの風男は、別に優先しなくていいか……。いや、強いし危険なんだろうけど……うん……なんだかなぁ……」


 ギルベインさんは近くの窓を見つめて、ぶつぶつと呟く。

 〈静寂の風ダルク〉のことだろう。

 ……凄い勢いで逃げて行ったけれど、そもそもダルクは今、この館にいるのだろうか?


 そのとき、通路全体が大きく揺れ始めた。

 何事かと、僕は周囲を警戒して身構える。


「我の討伐と、タルマンの確保が最優先とは……互いに手間が省けたようだ」


 聞き覚えのある声と共に、天井が崩落した。

 二メートル半はある、禿げ頭の巨漢が僕達の前に現れた。

 〈不滅の土塊ゼータ〉の土塊の鎧だ。


 ゼータはその巨腕に、壮年の男の人を握り締めていた。

 豪奢な貴族服を纏っており、白に近い金の髪をしている。

 傷だらけでぐったりとしていた。


「タ、タルマン侯爵様!」


 ギルベインさんが、男の人を見て叫ぶ。


「ゼータ!」


 僕はゼータの前に出た。


「会いたかったぞ、マルク……! 我に敗北は許されておらんのだ! 我が信念のため、〈真理の番人〉のため、雪辱を果たさせてもらう!」


 ゼータはそう吠えると腕を地面へと振り下ろし、タルマン侯爵様を壁へと投げ捨てた。

 ギルベインさんが慌てて飛んでいき、彼が壁に衝突する前に受け止める。


「ふ、ふぅ、危なかった……! お、おい、君ィ! タルマン侯爵様が狙いではなかったのか! こんなっ、無意味に乱暴なっ!」


 ギルベインさんは非難げにゼータを指差し、ブンブンと腕を振るう。

 ゼータに睨まれると、ギルベインさんはすぐに首を竦めて小さくなった。


 ゼータはすぐに僕へと視線を戻す。


「侯爵領など、我らが王国を支配するための足掛かりに過ぎぬ……。我らの正義は、信念は、我らが絶対的な強者であること! 我らの決して穢されてはならぬ、絶対の信条! マルク……我が全てを賭して、今度こそ貴様を葬る!」

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