第33話

「土魔法〈神魔巨像〉!」


 ゼータを中心に大きな魔法陣が展開された。

 膨れ上がるゼータの巨体が館の壁や床を破壊し、その瓦礫を呑み込んで更に大きくなっていく。


『切り札をいきなり切ってきたか! 奴からは、強い信念を感じる……。この戦いに全てを賭す覚悟があるようだ。こうしたニンゲンは強いぞ……マルクよ。油断するな』


 ネロがゼータをそう評する。


「信念だとか、正義だとか、難しいことはわからないけれど……僕はあの子には、絶対に負けないと思う」


 僕はそう口にしながら、刀を抜いた。

 ゼータの顔が怒りで大きく歪む。


「我を愚弄するか!」


 ゼータの巨大な腕が僕へと迫ってくる。

 以前よりも遥かに速い。


 僕は触手を纏った腕で刀を振るった。

 ゼータの巨大な腕に切断面が走る。

 床を砕き、下の階層へと落下していった。


「黒武者の刀……〈月蝕〉か。偉そうにしておったが、奴も敗れるとはな! だが、そのお陰で我に復讐の機会が舞い込んできたのだから、好都合よ!」


 周囲の瓦礫が集まり、あっという間にゼータの腕が再生する。

 ばかりか、次々に館を崩壊させていき、どんどんと腕の数を増やしていく。

 土塊の巨人はその姿を変容させ、三面六腕の異形を象った。


「なんだ、あの姿……こんなこともできたのか」


「この姿であれば死角はない! 前のように手足を削いで持ち上げることも叶わぬぞ!」


 ゼータが吠える。


『……状況が悪いな。奴はいくらでも館の残骸で身体を補給できる。それに何より……契約精霊由来の再生能力も、以前と桁違いである。恐らく奴は、生命維持に必要なマナさえ、この戦いのために投じておる。逃げて時間を稼げばマナ不足で死ぬだろうが……引き換えに辺り一帯が更地になるであろうな。都市の中央である今、取りたい作戦ではない』


「そっか……じゃあ、早めに終わらせてあげないとね」


 僕の言葉に、ゼータが目を見開く。


「この期に及んで、よくぞそのような言葉がほざけたものだ!」


 ゼータの巨大な多腕が飛んでくる。

 僕はネロの触手を用いて飛び回って移動し、辛うじて攻撃を躱していく。


 避けきれなかった土塊の腕を、僕は身体を捻りながら刀を振るい、どうにか斬り飛ばした。

 床に着地したとき、僕の横にネロが降り立った。


『その刀であれば、あのデカブツでも斬れるだろうが……。参ったな、まるで近づける隙がない。激昂しておるというのに正確な攻撃だ。ニンゲンの信念のなせる業か』


「どうしてあの子が侵略戦争なんかに命を懸けているのか、僕には理解できないよ」


「この世界を在るべき、正しき形に導くための聖戦である! 強者が栄え、弱者が滅びる! それは生ある者がいずれ死するが如く、絶対の真理! だが、今の王国は、秩序という建前の許に、卑劣な弱者が群れ、強者を虐げている! 世界を絶対的な力が支配する……自然な形へと戻す! それが我ら〈真理の番人〉の使命!」


 ゼータが土の多腕を放ってくる。

 僕はそれをどうにか凌ぎながら、彼女の言葉を聞いていた。


「そうか……だから君は、そんなおっかない外見の土塊にずっと隠れていたんだね」


「なんだと……?」


「強くなければ自分の主張を守れないから……せいいっぱい、自分の描いた、強い自分を主張していたんだ。黒武者は力に呑まれたと自称していたけれど……君はまるで、力に縋っているみたいだ」


「ほざけ! 貴様に何がわかる!」


 一層苛烈にゼータの多腕が飛んでくる。


『奴の守りが、やや崩れた! 勝負を決めに来たようだ!』


 ネロの叫び声と共に、僕は前に出た。

 壁や床、天井を触手で弾き、一気にゼータへと接近していく。

 触手で身体を守り、やや強引にゼータの多腕を往なした。


「ぐう……何故、何故、攻撃が当たらん!」


「……悪いけど、これで終わりだよ」


 ゼータの巨体と接触し、僕は刀の一閃を放った。


 大きな土の身体に斬撃が走り、館の一部を呑み込みながら全身が崩れていく。

 その残骸の中に、ゼータの本体である少女が、血塗れで倒れていた。


 僕の背後にネロが立つ。


『よくやったぞ、マルク! ……だが、少々危うかったぞ。マナ消耗が激しい今の奴は、どこかで攻勢に出ざるを得ない……。挑発してそこを引き出して叩くのはよかったが、それでも強引に接近し過ぎである』


「長引いたら館が完全に崩れちゃいそうだったし……それに、あの子の命にも関わるだろうって話だったから」


『やはりマルクは少々甘すぎるきらいがあるな』


 ネロが呆れたふうに息を吐いた。


「貴様に、何が、わかる……。世間知らずの、ガキが。弱者に祭り上げられ、英雄気取りか?」


 ゼータが呻き声を上げる。


「さぞ生温い地で生まれ育ったか。しかし、貴様もいずれ知るだろう。この王国では、力を持つ者は二分される……。兵器として利用されるか……危険分子として迫害されるか、その二つに一つ……。我の理解者は……居場所は、ヨハン様だけだった……」


「……僕も村では一人ぼっちだった。悪魔の子だって呼ばれて……神様への生贄として生かされていたんだ」


「だったら、何故……! 何故我らの邪魔をする!」


 ゼータが怒りを顔に浮かべ、僕を睨む。


 どうしてこの子に負けないと思ったのか、今わかった。

 ゼータは僕と少しだけ似ていた。

 ただ、彼女は色んなものを諦めて……世界を敵と味方に二分して捉えていた。


 その理由が僕にはよくわかる。

 きっと、そうやって他人に期待することを諦めてしまった方が、楽だったからだ。

 そうして他者から逃げて、自分の殻に籠ってしまった彼女に、僕は負けたくなかったんだ。


「小さい頃……寂しくてよく、家の近くを通った子に声を掛けてたんだ。いつも無視されていたけどね。でも……昼に無言で通り過ぎて行った子が、夜遅くに僕の家に来たことがあった。『見張りの人がいたら親に密告されるから、いつも無視してごめん』って……お菓子をくれた。些細なことだったけど……それが僕は、凄く嬉しかった」


「…………」


「君の居場所が〈真理の番人〉にしかなかったんじゃない。きっと、君がそれ以外を見なかったんだよ。僕は君には、絶対に負けたくないと思った。だって『強くなければ居場所がない』なんて考え……あまりにも寂しすぎるよ」


「我……は……」


 ゼータは何か言い返そうと口を動かしたようだったが、それ以上言葉は出なかった。

 気を失ったらしく、ゆっくりと目を閉じ、動かなくなった。

 言葉を発するだけの力が残っていなかったのか……それとも、返す言葉がなかったのかはわからない。

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