第31話
「ゆくぞ童よ! そちの武人の魂、しかと見させていただく!」
黒武者が床を蹴り、僕の目前へと躍り出る。
「うっ!」
黒武者の刀はネロの触手さえ両断する。
下手に防ぐこともできない。
僕は触手で地面を叩き、その反動で移動して黒武者の凶刃から逃れた。
「〈炎球〉!」
距離を取り、すかさず魔法攻撃を放つ。
この人は動きが速い上に、刀の威力も絶大だ。
触手でガードしても容易く崩される。
近距離に持ち込まれるのは危険だ。
刀の間合いで戦わず、魔法攻撃で牽制しつつ、触手で隙を突くしかない。
魔法攻撃を仕掛け……避けたところを触手で叩く!
「無駄なことよ……ふんっ!」
だが、黒武者は僕の〈炎球〉を避けず、鎧で受け止めた。
「嘘……っ!?」
炎が爆ぜて、視界が潰れる。
僕の魔法は、契約精霊であるネロのマナによって強化される。
鎧越しとはいえ、直撃を受けて無事で済むわけがない……そのはずだった。
「逃げ回るだけでは某には勝てぬぞ!」
爆炎を突き抜けて、黒武者が姿を現した。
「そんな……! ぐっ!」
咄嗟に左袖から伸ばしている触手で、黒武者の刃を防いだ。
受け止められたように見えたが、次の瞬間、触手に切れ目が入ったのが見えた。
僕は慌てて首を横倒しにする。
触手が切断され、迫る刃が頬を掠めた。
「なんと頑丈な精霊体よ。もしそれが並みの盾であれば、首ごと叩き斬れていたのだがな」
あの鎧……僕の魔法攻撃を耐えられるのか。
おまけに黒武者の刀は、ネロの触手をも斬ることができる。
一見僕の方が、攻守共に遅れを取っている。
だが、それで僕に手立てがなくなったわけではない。
精霊融合の触手は、すぐに再生させることができる上に、その長さも自在だ。
僕の方が手数で勝っている。
僕は触手を斬られても、即座に逆の腕で反撃ができるのだ。
僕は右腕を向け、黒武者へと目掛けて触手を放った。
黒武者は至近距離からの反撃に対応が遅れ、胸部で触手を受けることになった。
「むっ!」
僕は触手で黒武者を弾き、壁へと叩き付ける。
壁が崩れ、土煙が上がった。
「よし、当たった……!」
ネロの触手を至近距離から受けたのだ。
さすがに頑丈な黒武者とて、無事で済むわけがない。
……そう思っていたのだが、黒武者は土煙の中から平然と立ち上がった。
「なるほど……なかなかの速さ。これは攻め方を少々捻らなければ。童よ、誇るがよい。某をここまで楽しませてくれた者は久しいぞ!」
「全くダメージの入った様子がない……」
黒武者の鎧には、傷一つついているようには見えなかった。
僕の攻撃手段は、魔法攻撃と精霊融合の触手くらいである。
この二つで全くダメージが通っていないのであればやりようがない。
やっぱりもっと本格的に魔法の修練を積むべきだったのかもしれない。
精霊使いとしての戦い方についても、ネロや他の冒険者の人からもっと助言をもらうべきだった。
或いは、ギルベインさんの言っていたように、僕に適した武器を手に入れることができていれば、もっと何かやりようもあったのかもしれない。
「童よ、驚いた様子だな。この甲冑は万物を受け止める魔鎧〈闇竜〉……そしてこの刀は、万物を断ち切る魔刀〈月蝕〉! どちらも某の故国、ヒイズルの国宝なり。この双方を手にした某こそ、天下無双の武人……真の強者!」
黒武者が刀を掲げてそう叫ぶ。
「異国の国宝……」
万物を受け止めるだの、断ち切るだの、大仰な触れ込みではある。
だが、それがただの大袈裟でないことは、先の戦闘で散々痛感させられていた。
『……決定打がないのであれば、さすがに分が悪い。ここは逃げるしかない……か』
ネロが悔しげにそう漏らす。
「マ、マルク君、その男は放置して、タルマン侯爵様を捜しに行こう! あんな出鱈目装備で身を包んでいる奴、手の付けようがない!」
ギルベインさんが、遠くから声を張り上げてそう助言してくれた。
こんな危ない人を放置しておきたくはないけれど……倒せる見込みがないのであれば、ずっと戦っていてもいずれは僕が敗れるだけだ。
ギルベインさんの言う通り、ここは一度逃げるべきだ。
僕はタルナート侯爵家を守るために〈真理の番人〉と戦っている。
その優先順位が逆転してしまっては本末転倒だろう。
「某が逃がすと思うてか? 久々の手応えのある強者との邂逅……みすみす逃すつもりはない。我が魔刀の錆となるがよい」
黒武者が刀を構える。
ふとそのとき、一つの考えが僕の頭に過ぎった。
「あるかもしれない……あの鎧を攻略する方法」
『マルクよ、誠か? しかし、どう打ち破るつもりなのだ』
「某の魔鎧〈闇竜〉を突破できると? 童……そちはどこまでも某を楽しませてくれる。やってみせるがよい!」
黒武者が僕へと突進してくる。
僕は触手を地面へ打ち付け、その反動を利用して壁や床を飛び回って逃げる。
「どうした? 逃げ回ることしかできぬのか! 某を失望させてくれるなよ!」
近距離で戦い続ければ、いずれ触手ごと叩き斬られる。
それに、こちらの思惑が悟られれば、策を通すのは難しくなる。
今は可能な限り意図を隠し……黒武者を焦らす。
逃げ回っている内に、僕はついに壁際へと追い込まれた。
「触手の動きはもう見切った! そちの移動方法も、速さはあるがどう足掻いても単調になる! もはや後はないと思うがよい! さぁ、どうする童!」
向かって来る黒武者に対し、僕は炎のルーン文字を浮かべた。
「この魔鎧〈闇竜〉には、魔法攻撃など通じぬと……」
「〈炎球〉!」
僕が撃ったのは、黒武者ではなく、彼の足場だ。
「むっ……」
元より、僕は狭い通路に追い込まれていた。
突然足場を崩され、黒武者が逃げる場所はなかった。
崩壊する床に呑まれ、黒武者が下へと落ちていく。
ここは館の二階層だ。
床の崩落に呑まれれば、一気に一階まで落ちることになる。
あれだけ大層な鎧だ。さぞ重量もあることだろう。
「そうか! 落下の衝撃なら、鎧に損傷がなくても中身にダメージが通る! 奴とて無事には済まない!」
ギルベインさんが、嬉しそうにそう口にした。
一階に落下した黒武者へと、崩れた床や壁の瓦礫が、雪崩となって落ちていく。
あっという間に彼の姿が瓦礫の山に埋もれていく。
「なるほど……風雅な策よ」
一筋の線が走ったかと思えば、瓦礫が周囲へと舞い、黒武者が姿を現した。
彼は一階へ叩きつけられたというのに、ピンピンしていた。
「しかし、この手で某を葬ろうというのならば、最低でもこの十倍の高さと瓦礫がなければ……」
「ここだっ!」
僕は一階へと飛び降り、黒武者の死角より、彼へと触手を飛ばした。
「力押しの攻撃は、某には通じぬと……」
黒武者が僕を振り返ったとき、触手は彼の刀へと絡まっていた。
「ぬ……!」
右の触手で黒武者の刀をしっかりと抑え、左の触手で黒武者の鎧をぶん殴る。
ついに黒武者の手許から刀が離れた。
「某を一階に落として瓦礫で埋めたのは、刀を奪う隙を作るためだったか……!」
前日にギルベインさんより、武器について指南してもらえていたのが大きかった。
僕は刀を握り締め、自身の腕にネロの触手を絡める。
黒武者は自身の鎧を『万物を受け止める魔鎧〈闇竜〉』と称していた。
その言葉が本当であるのならば、攻略することは不可能かもしれない。
だが、刀についても『万物を断ち切る魔刀〈月蝕〉』と称していたのだ。
この刀――〈月蝕〉の力であれば、魔鎧〈闇竜〉も貫けるかもしれないと思ったのだ。
「なんと、風雅な……!」
「はぁぁぁぁあっ!」
触手で腕を引き、威力を底上げした刀の一撃をお見舞いする。
瓦礫の山が吹き飛び、床と壁に大きな亀裂が走った。
「見事……! マルクよ……そちこそ、真の
黒武者の仮面に罅が入り……魔鎧〈闇竜〉が砕け散った。
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【作者からのお願い】
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