第30話
「待て!」
僕はダルクの後を追い掛けながら、彼の背を目掛けて〈炎球〉を放つ。
ダルクは風魔法と精霊融合の翼の合わせ技で回廊を飛び回り、間一髪というところで僕の〈炎球〉を躱していく。
館の中には、先程僕が倒したのと同様の土人形が徘徊していたが、こちらはあっさりと精霊融合の触手で撃破することができた。
「ゼータの土塊兵が足止めにもなっていないなんて、冗談じゃない……。あの子とまともに戦ったら、私の方が持たない!」
ダルクは必死の形相で、館の奥へ奥へと逃げていく。
風魔法を移動に用いている分、ダルクの方が遥かに速い。
屋内だからギリギリ見失わずに済んでこそいるが、追い付ける気配がなかった。
僕の魔法制御能力では、風を纏って飛び回るダルクを仕留められない。
あの土人形は、〈不滅の土塊ゼータ〉の土鎧に似ていた。
ゼータと同様に再生能力も持っているようなので、どうやら彼女の能力によるものらしい。
……侯爵邸に囚われていたゼータは既に、ダルク達の手によって解放されてしまっているようだ。
「……向こうも超一流の精霊使いのはずなんだけれど、さすがにマルク君と正面から戦うつもりはないみたいだね」
後ろから追いかけてくるギルベインさんが、そう口にした。
「にしても……妙だね。あの男……ダルクは、本気で逃げるつもりなら、窓を見つけて風魔法で逃走を図った方がいいはずだ。それが、館の奥へ奥へと向かっている。まさか、私達を引き付けて誘導しているのか?」
「僕達を誘導……?」
確かにギルベインさんの言う通りだ。
ダルクは精霊融合によって、精霊の翼を得て、自在に空を飛び回ることができる。
本気で逃げたいのならば、ダルクが屋内に拘っているのはおかしい。
「風魔法〈嵐王球〉!」
ダルクは手のひらに白い風の球を浮かべると、壁へとぶつけて崩し、その先へと逃げ込んでいった。
僕も続いて壁の穴へと飛び込む。
「やっぱりおかしい。別の進路もあったのに、わざわざ魔法攻撃で道を作るなんて。マルク君、ダルクは明確な目的を持って動いているとしか思えない!」
僕の背後から、ギルベインさんがそう声を掛けてきた。
『マルク、前である!』
ネロの警告に、僕は咄嗟に精霊融合の触手で前面を覆う。
空中に、黒い風変わりな鎧を纏った人物がいた。
大きく振り上げられた片刃の剣が、触手へと叩きつけられた。
「ぐうっ!」
触手越しに、鎧男の剛力が伝わってくる。
僕は触手で鎧男を払いながら、背後へと飛んだ。
男と僕の間に、どさりと何かが落ちた。
精霊融合の触手だった。
僕は息を呑んだ。
どうやら鎧男の刃を防いだ際に、切断されてしまったようだ。
触手は出鱈目な動きで床を跳ねた後、すうっと光に包まれて消えてった。
「ネロの触手が、斬られた……?」
「ほう……某が仕留め損ねるとは。ダルクの慌てようからも、そちが例の少年、マルクと見受ける」
鎧男は後方へ振り返り、逃げていくダルクへと目を向けた。
「その少年は頼みましたよ、黒武者! 必ずやここで処分してください!」
ダルクはそう叫ぶと、先の通路の窓を破り、精霊融合の翼を広げて飛んで行った。
『……ギルベインの予想が当たったか。どうやら、この男とマルクをぶつけるのが狙いであったらしい』
ネロが前方の鎧男へと牙を剥く。
「あなたも〈真理の番人〉の仲間ですか?」
「如何にも。某は黒武者……人を斬る、黒き鬼。強者と相見えることだけが某の喜び」
鎧男……黒武者が、そう口にした。
黒武者は奇妙な装備をしていた。
鎧も兜も、僕が知っているものとは造形が大きく異なる。
顔には防具の一部なのか、黒い鬼の仮面をしていた。
彼の剣も見慣れない形をしている。
「片刃の剣なんてあったんだ……」
『あの装備……この国のものではないな。あれは刀というものである。どうやら異国の剣士らしい』
ネロがそう解説してくれた。
「童といえど、侮りはせんぞ、マルク。一人の武人として相手をさせていただく。あのダルクをあそこまで脅えさせるとは只者ではない」
「やっぱりあの男……マルク君に脅えていたのか……」
追い付いてきたギルベインさんが、距離を保ったところからぽつりとそう口にした。
「某は戦いに魅入られ……強さに憑りつかれ、外道へと堕ちた身。修羅として生きるのは望むところ。だが、一つ問題があった。某は強くなりすぎたのだ。気が付けば某は、戦いではなく、ただ無為な殺戮を繰り返していた」
黒武者はそう言うと、片刃の剣……刀を僕へと構えた。
「久々に思い出せそうだ! 死闘というものの感覚を!」
『気を付けよ、マルク! こやつ……ダルクやゼータよりも危険な匂いがするぞ!』
ネロが僕へとそう忠告した。
僕は黒武者を睨みながら、小さく頷いた。
ダルクの狙いは、僕を黒武者へと擦り付けることだった。
つまり、ダルクは黒武者ならば僕に勝てると確信していたのだ。
恐らくこの男……僕が一度は勝った、ダルクやゼータよりも強い。
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