第27話
都市ベインブルク内の、ある建物の地下にて。
ベインブルクにて暗躍している〈真理の番人〉の四人が集まっていた。
「あまり現状を共有できていない方もいるため、情報を纏めさせていただきましょう」
羽帽子の男……〈静寂の風ダルク〉が、そう切り出した。
「〈不滅の土塊ゼータ〉は、この地の冒険者……マルクという少年に敗れました。現在、タルナート侯爵家の館の地下にて、拘束されているようです。また、私とゼータが誘拐していたティアナ嬢も、その際に奪還されました」
「子供相手に敗れた……人形姫を奪還されただと!? 確実に侯爵領を手に入れるため、あの女を確保しておくのではなかったのか!」
獅子の鬣のようなごわごわとした金髪の、荒々しい印象の男が叫ぶ。
彼はトーマス。
幼少の頃にタルナート侯爵家より追放された、元分家の男である。
「貴様らが凄腕揃いだと自称するから、この俺様がわざわざ乗ってやったのだ! 俺様をタルナート侯爵家の当主にすると、貴様らがそう言ったのだぞ! 一般冒険者に遅れを取って、確保した人形姫を失うとはどういうことだ! 〈不滅の土塊ゼータ〉は戦力の要ではなかったのか! 第一……ダルク、貴様は何をしてた! ゼータと共に人形姫を拘禁していたのではなかったのか!」
「分が悪いと判断し、情報を持ち帰るため離脱しました」
ダルクは無表情で答える。
トーマスは彼の様子に重ねて苛立ち、唇を噛み締めた。
「のうのうと帰ってきよって! 貴様らはヨハンの集めた、戦闘能力しか取り柄のない逸れ者の集まりだろうが! その癖に一般冒険者のガキ相手に敗れるなど、もはやただのカスではないか!」
トーマスが壁を叩いて吠えた。
「よせ、トーマス殿。ゼータもダルクも、僕は深く信用している」
そう声を掛けたのは、顔の左側を仮面で覆った少年であった。
薄い水色の髪をしており、片側だけ結んだ三つ編みが頬に垂れている。
煌びやかな美しい衣を纏っていた。
「ゼータは真っ当な戦いではまず敗れない。そして、ダルクは判断を誤らない。ゼータが囚われ、ダルクが逃走を選んだのは、彼らの失態ではない。僕の想定していない異物がこのベインブルクに紛れ込んでいたのだろう」
「ヨハン……俺様が問いたいのは、計画が成功するのだろうなということだ! 本家の奴らをぶっ殺して当主になれるというから、貴様らのような胡散臭い団体に手を貸してやって、俺様のマナで毒竜と精霊契約まで結んでやったのだ!」
「問題は何もない。誘拐は失敗したが、それによって要注意人物が洗い出せた。ゼータは強いが、その本分は数を相手取ることだ。一対一の専門家は別に用意している。黒武者……例の少年の対処は君に任せたい」
「御意。ゼータを拘束する程の強者とは、興が乗る」
黒武者と呼ばれた男が前に出る。
彼は異国の鎧である『甲冑』を纏っており、顔には鬼の面をしていた。
腰にはこの国では珍しい片刃の剣、『刀』を差している。
「俺様は初めて会うが……こいつはなんだ、ヨハン」
トーマスは目を細めて、黒武者を睨む。
「異国の大罪人だ。万物を受け止める魔鎧〈闇竜〉……そして、万物を断ち切る魔刀〈月蝕〉。どちらも東洋の国ヒイズルの国宝だ。彼はこの二つの神器に魅入られて母国を去ることになり、この地へ流れ着いた。一対一であれば、間違いなく僕達〈真理の番人〉最大の戦力だ」
「こんな男が、か……フン」
「大事を為すためには、想定外の難事は付き物だ、トーマス殿。大事なのはそれを早めに洗い出し、叩き潰せるだけの武器を用意しておくこと。万が一黒武者が敗れても、何重もの保険も用意している。計画の失敗はあり得ないさ。我々は必ずこの地を手中に収める」
「だといいがな。しかし、タルマン侯爵も愚物ではないぞ。周到な計画を練ってから事を起こした、俺様の父上を葬った男だ。これ以上時間を掛けておれば、王家も干渉してくるかもしれん」
「計画を前倒しにする。ティアナ嬢の誘拐に失敗し、こちらの情報を握られた以上……強硬手段に出るしかない。侯爵邸の地下に囚われているゼータを奪還して戦力を補充し、そのまま武力制圧によってこの都市を強奪する。順序が逆になるが、他領地と王家に対して取り繕うのは、ベインブルクを乗っ取ってからにしよう」
ヨハンの言葉に、トーマスが醜悪な笑みを浮かべた。
「全面戦争! クク、悪くない! 元より回り諄い真似は面倒だったのだ。全員派手にぶち殺しちまえばいい。ヨハン、タルマンのクソ野郎は、俺様にやらせろよ! 契約精霊……〈毒霊竜ヒュドラ〉の力、奴の身体で存分に試してやろうじゃねぇか! おい、足引っ張ってくれるんじゃねえぞ、弱虫ちゃん。今度は逃げんなよ?」
トーマスはダルクへと視線を向ける。
ダルクは何も言葉を返さなかった。
「フン。元王家の暗殺者だか知らんが、しょっぱい野郎だ」
トーマスは退屈そうに鼻で笑う。
「決行は今夜だ。地下に囚われたゼータを奪還し、そのままタルマン侯爵を襲撃する。我々の力を示すためにも、侯爵邸は派手に破壊する。使い道のある、人形姫以外の侯爵家の人間は皆殺しにせよ」
ヨハンがそう宣言した。
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