第26話
「しかし……お嬢様のことや、私兵へのスカウト問題に頭を悩ませるのはいいけれど、もっと深刻な問題がこのベインブルクには迫っているようだ」
ギルベインさんが少し表情を固めてそう口にした。
「それって〈真理の番人〉のことですか?」
僕の倒したゼータが口していた組織名だ。
「そう、〈真理の番人〉。マルク君も耳にしていたかい? 誘拐されていたティアナ嬢も、連中がその組織名を口にしていたのを聞いたそうだ」
「何者なんですか、その人達は」
「私も大して聞かされてはいないし、下手に口にするなと緘口令が敷かれてるんだけど……マルク君には話しておくべきだろう。〈真理の番人〉は、過激な精霊信仰の団体らしい。『人類は愚かだから精霊の統治する新世界を作りましょう』って内容で……要するに、国の体制への不満を煽って革命を促す教えを広めているようだ」
「精霊信仰……?」
「人の上に精霊を置く……その手の精霊信仰自体は珍しくないんだ。精霊は世界の意思そのものだと定義されることもある。もし国の統治に組み込めば、俗欲に左右されず、長命故に後継争いも起きない国主が生まれる……という理屈はわかる。だけど国の構造そのものをひっくり返そうってことなんだから、大混乱が起こり、争いの連鎖になるだろうさ」
『一見正当性のある、間違った結論を招く思想……。真の狙いは精霊国家への改革ではなく、国の調和を乱して混沌の時代を築くことか。悪党のやり口は、いつの世も変わらんな』
ネロが目を細めた。
「これまで〈真理の番人〉については組織名や教えばかりが一人歩きしていて、実態がほとんど掴めていなかったそうだ。架空の団体だとも噂されていたし、教典がマニアの間で高額で取引されたりなんかもしていたんだとか。私はこれまで聞いたこともなかったけど、オカルト好きの間では有名な話だったみたいだね。それがこうして、S級冒険者格の戦力を集めて、この都市を狙っている……悪夢か戯曲のような話だよ」
ギルベインさんが肩を竦めた。
想像以上に話が大きくて……僕にはなんだか、話が上手く掴めなかった。
「要するに、正義をでっち上げて好き勝手にやってる団体ってことでしょ? その〈真理の番人〉っていうのは」
僕が考え込んでいると、ロゼッタさんが口を挟んできた。
「まぁ、纏めるとそういうことだね。タルマン侯爵様やギルドが警戒しているのは、これまで婉曲だった〈真理の番人〉のやり口が、どんどん露骨になっているってことさ」
ギルベインさんの言葉に、僕は息を呑んだ。
〈真理の番人〉は冒険者狩りの失敗に、ティアナ様の誘拐失敗で、自分達の実態が割れつつあるのは理解しているはずだ。
諦めて手を引いてくれればいいけれど……逆に、行動を早める可能性もある。
それはきっと、〈真理の番人〉と都市ベインブルクの全面戦争の始まりだ。
「私もまだ実感はないけれど、近い内にこの都市が戦場になるかもしれない。卑怯な言い方だが……ギルド長のラコールさんは、君がこのベインブルクの命運を左右するだろうと、そう口にされていたよ」
「僕が……?」
「〈真理の番人〉の面子を撃退できたのは君だけだからね。レイドでは〈静寂の風ダルク〉相手にガンド班の冒険者が全滅させられていたし、侯爵邸の襲撃では〈不滅の土塊ゼータ〉相手に歯が立った私兵はいなかった」
僕は息を呑んだ。
確かに〈真理の番人〉に彼らのようなレベルの戦力がまだまだ控えているのであれば、ネロの力を借りている僕でなければ、きっと止められない。
後はせいぜいギルド長のラコールさんくらいだろう。
近い内に、彼らと決着をつけることになるかもしれない。
その覚悟を決めておくべきだろう。
「だがね、マルク君……力量としては及ばないながらに、冒険者の先輩として一つ忠告しておいてあげよう。私から言わせてもらえば、君には致命的に足りていないものがある。君が今後、更に高みを目指すならば、避けては通れない課題さ」
ギルベインさんが、ビシッと人差し指を僕へと突き付ける。
「た、足りないもの……?」
「そう、レイドのときにも言わせてもらったがね、君には武器が足りない! 単純明快な攻撃手段を、敢えて放棄する選択肢は有り得ない。君の戦闘スタイルを考えても、あって損にはならないはずだ。何か大きな戦いの前に、自分の手にしっくりとくる武器を用意しておくことだ」
う〜ん……そうなんだろうか?
遠距離、中距離は〈炎球〉だけで事足りてしまっている。
もう少し応用の利く魔法を習得しておきたい、という気持ちはあるが。
そして近距離は、殴打から拘束、なんでも自由自在に熟せるネロの触手がある。
今のところ攻撃力も申し分ないように思う。
僕の会った中で最上位クラスの精霊使いである、〈真理の番人〉の二人であるダルクとゼータも、特に武器を有してはいなかった。
「ロゼッタさん、僕に武器って必要なんですか?」
「この人、先輩風吹かせたいだけよ。放っておきなさい」
ロゼッタさんが面倒臭そうに答える。
『と……いうことらしいぞ、マルク。答えは出たな』
ネロもそれに同調した。
「君達の私への評価、辛辣すぎないか!?」
『我らの評価は順当である。マルクが優しすぎるのだ』
「そっ、そうだ、マルク君! 私の剣を少し振ってみるかい? 剣の良さを実感できるかもしれないよ」
ギルベインさんの剣を……?
僕の目前で、ギルベインさんが鞘から剣を抜く。
刃は黄金色の輝きを纏っていた。
「ギルベイン……あなたの悪趣味なきんきら金の剣なんかじゃ、マルクは釣れないわよ。武器は飾りじゃないんだから」
ロゼッタさんが呆れたように口にする。
「か、格好いい!」
僕の言葉に、ロゼッタさんがガクッと肩を落とした。
「フフ、私の二つ名……〈黄金剣のギルベイン〉を忘れたわけではないだろう?」
「さ、触らせてください! ぜひ試してみたいです!」
「やれやれ、仕方ないなぁ、マルク君」
ギルベインさんが、得意げに僕へと黄金剣を手渡してくれた。
「魔法金を練り込んで、強度と斬れ味……マナ伝導率を跳ね上げている業物さ。どれ、ちょっと振ってみるといい。見ていてあげよう」
「はいっ!」
ギルベインさんに指南を受けて、何度か剣の素振りを行ってみた。
ロゼッタさんはネロと並んで、退屈そうに僕達の様子を見ていた。
「別に武器を試してみること自体は悪くないとは思うけれど……どうして男って、ああいう悪目立ちする大味な武器が好きなのかしら」
ロゼッタさんがはぁ、と溜め息を吐く。
「今は難しいことは考えなくていい。両手持ちと言っても……左手でがっしりと掴み、右手は支える程度にするのが基本だ。う〜ん……基礎がちょっと時間が掛かりそうだなあ。意外と力はあるみたいだけど、剣はまだマルク君には難しかったかな」
ギルベインさんが活き活きとそう話す。
ネロの許で修行していた際に、マナを伸ばすための一環としてある程度身体も鍛えていたのだが、その成果が出ているようだ。
ただ……それでも、技量不足を埋めるには遠く及ばないようだ。
我武者羅に剣を振るよりは、精霊融合の触手に専念した方がよさそうだ。
「まぁ、修行であれば私がいつでも付き合ってあげるよ。先輩冒険者としてね」
「……あなた、やっぱり師匠面したかっただけでしょ?」
ロゼッタさんが呆れたようにそう口にする。
『我も無理に武器を使う必要はないと思うぞ、マルクよ』
確かに、ちょっと剣士に憧れてはいたけれど、僕にはまだまだ早そうだ。
「いや……ちょっと待って」
僕はギルド長のラコールさんとの戦いで、機動力を触手で補う術を学んだ。
こと剣術においても、同じことができるかもしれない。
僕は袖から触手を伸ばして、自分の腕へと絡めた。
僕もネロの領域での修行で、多少は膂力を鍛えている。
ただ、それでも力量不足を補えるだけのものではなかった。
しかし、触手でその膂力を補強すればどうだろうか?
「あの……マルク君、マルク君、それ、ちょっと危険なんじゃ……」
「見ていてください、ギルベインさん!」
僕は勢いよく剣を振り下ろす。
途中で止めるつもりだったが……触手に引かれ、勢いよく刃を地面へと叩きつける形になった。
「っと……わぁっ!」
ギィンと鈍い音に続き、ゴオオオンと轟音が響く。
地面に亀裂が走り、土煙が巻き起こる。
周囲の人達が何事かと僕の方を見ていた。
う、腕が痛い……。
骨の関節が外れるかと思った。
「マルク……その剣技は、危ないから封印しておきなさい」
ロゼッタさんは手で土煙から顔を庇いながら、疲れたようにそう口にした。
「は、はい……」
「あーーーっ! マルク君、私の、私の黄金剣!」
ギルベインさんが悲鳴を上げ、頭を抱えながらフラフラと歩み寄ってくる。
目線を剣へと落とすと、刃の先端が折れて、綺麗に吹き飛んでいた。
「あっ、ああああーーーーっ! ごめんなさい、ごめんなさい、ギルベインさん! これっ、あの、べ、弁償しますから!」
慌てふためいている僕の傍で、ロゼッタさんが淡々と折れた刃を拾い上げる。
「……魔法金を練り込んだって、これ、表面に薄く貼っ付けてるだけじゃない。ほんっとに呆れた。あなたにそんな大金も、魔法金の重量を支えられるだけの力もないと思ってたわ。〈金メッキのギルベイン〉に改名してもらった方がいいわね」
「い、今、傷口に塩を塗らなくてもいいだろうに! 私は愛剣を失って傷心なのだから! 今だけでいいから私に優しくしろ!」
ギルベインさんが、半泣きになってロゼッタさんを責める。
『触手の力で叩き斬るのは悪い発想ではなかったが……耐えられる剣が見つかりそうにないな』
ネロがそう口にした。
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