第22話
ゼータが巨大な拳で地面を殴った。
蜘蛛の巣のような亀裂が一面に走っていた。
ゼータが顔を上げて、僕を睨みつける。
「仕事が一つ増えたようだ……。ガキ、とっとと貴様を殺し、あの腑抜け者のダルクを我が手で抹殺せねばならん」
「タルナート侯爵家の令嬢を攫ったのは、あなたですね。彼女はどこにいるんですか?」
「ほう、まさか、本当にこんなガキが、娘の救出のための兵だったとはな。侯爵は戦力を分散するよりも、娘を見捨てる方を選んだらしい。賢明だな」
ゼータが僕を見て、鼻で笑う。
「答えるつもりはないんですね」
「答えてどうする? 聞いたところで無駄なことよ。貴様如きが、この我を倒せるとでもか!」
ゼータはそう口にするなり、僕の方へと掴み掛かってきた。
『素早さはなさそうであるな。マルクよ、このデカブツを魔法ですっ飛ばしてやれ!』
「う、うん!」
ネロの指示通り、僕は炎のルーン文字を浮かべた。
確かにダルクのような素早さはなさそうだ。
それに身体が大きい分、魔法攻撃を避けにくいはずだ。
僕程度の魔法であっても充分当てることができる。
「〈炎球〉!」
僕は林檎くらいの大きさの炎の球を展開し、ゼータへと一直線に放った。
ゼータの左肩へと命中し……奴の身体に、罅が走った。
「基礎魔法など避けるまでもないと思ったが……ほう、我の身体に傷を付けるとは。ここに送り込まれてきただけのことはあるらしい」
「当たった……けど、身体に、罅……?」
『この風貌……気配……そして、あの亀裂。マルクよ、こやつ……精霊融合を、鎧のように纏っておるらしい』
ネロがそう口にした。
「精霊融合を鎧のように?」
『珍しい形態ではあるが、あり得ん話ではない。ただ自身の身体の周囲に精霊を展開しておるだけであるからな』
巨体の怪人の正体は精霊融合だった。
どうやらあの身体は、ただの鎧のようなものでしかないらしい。
あの中に本体が入っているようだ。
「ほう、間抜け面のガキだが、精霊の方は聡明らしい。この身体が精霊融合によるものであると、一目で見抜いたとはな。ただの犬っころではないようだ」
ゼータが興味深そうにそう言った。
「えへへ……ネロ、褒められてるよ。ネロは長生きで、すっごい物知りだもんね」
『間抜け面だと!? このデカブツ、我のマルクを愚弄しおったのか! ただではおかんぞ、土達磨!』
僕はネロが称賛されたことに喜んでいたのだが、ネロは気を悪くしたようで、ゼータを睨みつけて吠えていた。
「ふざけた奴らめ……だが、その余裕もこれまでよ」
ゼータの左肩が輝きを帯びる。
かと思えば、左肩の亀裂が一瞬の内に完治した。
「我の契約精霊……〈回帰の土人形アドニス〉の力だ! 如何なる損壊も、この土の身体は一瞬の内に再生する! 無限の再生! 我は戦いの中で死ぬことがない! この我が〈不滅の土塊ゼータ〉と畏れられる所以よ!」
「無限再生……! そんなの、勝ち目がない」
僕は息を呑んだ。
『……マルクよ、さっきの〈炎球〉、かなり加減して放ったであろう?』
「え、う、うん」
本気で〈炎球〉を撃てば、相手を殺してしまいかねない。
それに、あの大きさでも当たれば充分勝敗を決するだけの威力があるため、あれ以上は過剰であると判断したのだ。
しかし、ゼータがあそこまで頑丈だとは思ってもいなかった。
『本気でやっていいぞ』
「で、でも、不滅だって……無限再生だって! 下手にマナを吐き出していたら、僕のマナの限界が……!」
本気で〈炎球〉を放っていたら、数発でバテてしまう。
再生する相手に無計画に放つのは悪手であるように思えた。
『いや、問題あるまい』
ネロはあっさりとそう返す。
僕は不安さを覚えながらも、再び炎のルーン文字を浮かべる。
僕はマナを注ぎ続け、炎球を膨らませ続ける。
「万策尽きて自棄になったか! そのような魔法、いくらくらおうとも無駄……」
ゼータは嘲笑っていたが、炎球が五メートル近くになったところで言葉を途切れさせた。
「な、なんだあの、馬鹿げた大きさは……!? ま、待て、一度止めろ! そんな魔法、想定していないぞ!?」
「〈炎球〉!」
炎球が、地面を削り飛ばしながらゼータへと迫っていく。
「い、今からでは避けきれん……ならば、防ぐまでよ!」
ゼータが魔法陣を展開する。
「土魔法〈バベルの城壁〉!」
ゼータが両腕を地面につく。
分厚い土の壁が、彼の前へと迫り上がった。
「無限再生があるのに、防御を……?」
『一撃で吹き飛ばされれば元も子もあるまい』
僕の疑問に、ネロが呆れたようにそう返す。
「好きにほざいておれ! わ、我はアドニスの再生力と、土魔法の防壁によって不滅を誇ってお……」
土魔法の城壁に、僕の炎の球が当たった。
壁が球状に抉れ、その周囲に細かい亀裂が走り、一瞬にして崩れ去った。
「げぶぅっ!?」
炎の球が爆ぜて、ゼータが吹き飛ばされて、地面へとその巨躯を打ち付ける。
土の腕や足が取れて、バラバラになっていた。
大きく開いた亀裂の奥に、微かに人影が見えた。
「こ、こんな、ことが……! この我が……不滅の土塊……ゼータが、敗れるなど……」
ゼータが苦しげな呻き声を上げる。
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