第21話
ダルクは隠れ家にしている廃教会堂にて、仲間の一人である〈不滅の土塊ゼータ〉と顔を合わせていた。
ゼータは二メートル半はある、禿げ頭の巨漢であった。
虚な双眸がダルクを見下ろす。
「都市一つ乗っ取るのに何を悠長な計画をと思っていたが……我ら〈真理の番人〉の中に、たかだか冒険者に敗れるような弱者が交じっていたのならば納得だな。よくぞ逃げ出して、おめおめと我らの仲間面できたものだ」
「……冒険者の中に、イレギュラーが交じっていたのです。あの少年は、このまま行けば我らの計画の大きな邪魔になりかねない……あなたも警戒しておくべきですよ」
ダルクの忠告を、ゼータは鼻で笑う。
「我、不死……不滅……故に不敗! 如何なる相手であったとしても、このゼータが遅れを取るわけがない。貴様のような、器用さだけが売りの凡夫と一緒にしてくれるなよ」
「……頑丈さだけが売りの肉達磨では、あの少年を倒すことはできませんよ」
ダルクの言葉に、ゼータの表情が険しくなった。
殺気を放ちながら巨大な握り拳を作る。
「自身の失態を誤魔化すために、相手を称賛するとはな。腑抜けた弱者め。我らの思想を忘れたか、ダルク。弱者淘汰……人類の選別! 我々〈真理の番人〉が、蟻共に穢されたこの世界を、あるべき形へ戻す。故に我らの中に、虫ケラが交じっていてはならんのだ!」
ゼータはそう口にするなり、拳をダルクへと振り下ろした。
拳はダルクのすぐ横の、廃教会堂の壁へと突き刺さった。
一面に罅が走り、教会全体が大きく揺れる。
「興奮して教会を壊さないでください。あなたは大丈夫でしょうが、地下の姫君が圧死しますよ」
「本気でやっていれば、とうにそうなっておるわ! ダルク……次に敗走するようなことがあれば、主が許そうとも、我が貴様を殺す! 覚えておけ!」
ダルクも額に皺を寄せ、ゼータを睨み返す。
「……私の覚悟も知らずに、よくもまあ軽々しくそんなことを口にしてくれるものです。私はこの命、既に〈真理の番人〉に捧げた身……。私が恐れるのは、私自身の終わりではなく、私の理想の終わり――組織に殉ずる覚悟などできている。次の敗北があれば、あなたの手を煩わせずとも、自ら命を絶ってやりますよ」
――彼らが睨み合っている同時刻、この都市ベインブルクの西部にある廃村へと、少年マルクが向かっているところであった。
◆
ギルド長のラコールさんから指示を受けて、侯爵家の令嬢救出のために、僕とネロは廃村へと訪れていた。
調査に向かった冒険者の報告では、巨人はこの村へと令嬢を幽閉している可能性が高いとのことだったそうだ。
崩れた家屋は植物に浸食されつつある。
魔物災害で村に住んでいた人が都市へと移住したのがもう数十年前になると、ラコールさんはそう言っていた。
『気を付けよ、マルク。もしもギルド長の推測通り、以前のレイドで出くわした男……ダルクの仲間だとすれば……!』
ネロがピンと、警戒したように尾を伸ばす。
「だとしたら?」
『……まぁ、あの程度であればマルクであれば大丈夫か。かといって、不意打ちを受ければ危険である。充分に警戒しておくのだぞ』
ネロはすっと、いつも通りに尾を垂らした。
「捕まっているティアナ様は、僕と同じくらいの歳なんだって。仲良くなれるかな?」
『あ、あまり気は抜かん方がいいぞ?』
ふと、ネロが動きを止めて、周囲を見回し始めた。
「どうしたの、ネロ?」
『周囲にマナが漂っておる……それに、精霊の匂いがする。ここが当たりであったようだな、来るぞ!』
ネロが口にしたのと同時に、目前の地面が罅割れ、大柄の男が飛び出した。
「土魔法〈土潜怪蟲〉!」
周囲に土飛沫が舞うのを、僕は精霊融合の触手で顔を守った。
大男が地面へと着地し、口許に薄い笑みを浮かべる。
「冒険者の群れでもやってきたのかと思ったがガキ一匹とはな。たまたま紛れ込んだか? クク、だとしてもこの場に現れたとなれば、生きて返すわけにはいかんな」
大男が僕へと、巨大な腕を向ける。
圧倒的な巨体に、不気味な白眼、やや角張った身体。
皮膚は土に似た色をしていた。
ひと目見て理解した。
この男が、侯爵令嬢を誘拐した、不死の巨人なのだ。
僕はぐっと腕を構えた。
さっと、その場に一陣の風が吹き荒れた。
土煙を上げる風に紛れ、僕の背後に一人の男が現れる。
『二対一……挟み撃ちにされたか!』
ネロがそう口にする。
「ギルド長辺りを出してくるかと思いましたが、こんな子供を送り込んでくるとは。フフ、ギルドも随分と人材不足だと伺え……」
「あっ……前の、風の人!」
「げぇっ!? あなた、前の……!」
現れた男は、レイドを襲撃した〈静寂の風ダルク〉だった。
前回は逃げられたが、今回こそ捕まえてみせる……!
ダルクは僕の姿を二度見すると、口許を大きく歪めた。
「おい、どうしたのだダルクよ。随分と顔色が悪いが」
大男がダルクへと問う。
「……ゼータ、同じ相手なので、これはノーカンです」
ダルクは大男へとそう返す。
どうやら大男の名前はゼータというらしい。
「おい、何を……」
「〈浚い風〉!」
ダルクを中心に魔法陣が展開された。
さっと風が吹き荒れて、ダルクの姿が消え失せた。
しばらく状況が理解できず、沈黙が続いた。
ゼータも呆然とその場に立ち竦んでいた。
「あれ、あの人は……」
『マルクを見て逃げたようだな』
僕の言葉に、ネロがそう答える。
「貴様、逃げたのか!? 嘘であろう、さっきの今で!? 我ら〈真理の番人〉の恥晒しめが! 今すぐ自刎しろ! 自分の言葉さえ守れんのか! 貴様のような虫ケラ、やはり我らの同胞には不要! 次に会ったとき、必ず我が貴様を殺してやるぞ、ダルク!」
ゼータが大きな足で地面を踏み、そう怒号を上げた。
それだけで周囲一帯が大きく揺れた。
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