第18話
「次は実力の程を確かめさせてもらうぞ!」
ラコールさんが、大槍を手に向かってくる。
一歩目を踏み込んだ床が、靴の形に窪んでいた。
本当に手加減してくれるんだろうか……?
「こ、殺すつもりじゃありませんよね、ギルド長?」
見ていた職員が不安そうに口にした。
「小僧……俺はA級冒険者の中でも、単純な剛力ではトップクラスだった。さぁ、どう捌いてみせる?」
「精霊融合!」
袖からネロの触手を出して、自身の前面へと展開した。
ラコールさんは、やや失望したように息を吐き出した。
「正面から受けるなと……そう忠告してやったつもりだったのだがな。やはり見込み違いだったか。ハァァッ!」
ラコールさんは大槍を引き、真っ直ぐに突き出した。
触手で大槍の先端を絡め取り、そのまま受け止めた。
「と……!」
少し押されたものの、大槍の勢いは無事に止まった。
「な、なんだと……? 避けるでもなく、正面から……俺の大槍を受け止めた……?」
ラコールさんが、驚いたように目を見張った。
その後、ラコールさんが大槍を引き抜こうとしたため、触手でがっしりと押さえる。
「あの子……ラコールさんの一撃を受け止めたばかりか、互角以上に槍を引き合っているぞ!」
「ほ……本物だったんだ!」
職員達が、僕とラコールさんの様子を見てどよめいていた。
「フン、だから私の言った通りだったろうに。マルク君には、この街の上位冒険者が束になっても敵わないよ」
……なぜかギルベインさんが、肩を大袈裟に竦めて、他の職員へと偉そうにしていた。
しかし、これで力を示せたんじゃないだろうかと思ったのだが、ラコールさんは一向に力試しの終わりを宣言しなかった。
「ギルド長、ここまででよろしいのでは? 彼の力は、明らかに我々の想定以上です!」
職員の一人が、ラコールさんへとそう尋ねた。
「……いや、まだだだ。一撃凌げればそこで終了とするつもりだったが……こうなった以上、小僧の底を確かめておきたい。それに、俺も引退したといえ戦士……こうも見せつけられては、火が着いてしまってな……!」
ラコールさんが俺を見ながら、不敵な笑みを浮かべる。
まだ駄目なのか……?
形式が模擬戦闘であるから、一応の決着が付いたといえる切っ掛けのようなものがなければ、終われないのかもしれない。
かといって……精霊融合の触手は、まだあまり制御ができる自信がない。
下手に攻撃すれば、それこそ大怪我を負わせてしまいそうだ。
何か、丁度いい攻撃を当てなければならない。
「雷魔法〈雷纏装(らいてんそう)〉!」
大槍が黄色い輝きを纏い、触手を押し退けた。
ラコールさんはそれに合わせて身体を半回転させ、触手から大槍を引き抜いた。
そのまま背後へと跳んで間合いを取る。
「あっ!」
「ここからは半ば俺の我儘だが……付き合ってもらうぞ、小僧!」
ラコールさんは口を大き開けて笑っていた。
雷を纏ったままの大槍を舞うように振り乱してから構え直す。
天井や壁に雷が走り、壁がごっそりと抉れる。
「駄目だラコールさん、完全に冒険者時代のスイッチが入ってるぞ! 止めないと……!」
「今間に入ったら殺されるぞ!」
職員達が、おっかないことを口走っていた。
ラコールさんの最初の印象だった『寡黙で厳格そうな怖い人』というイメージが崩れて、『戦闘狂の怖い人』へと変化した。
真っ直ぐ走ってきたラコールさんが、素早く横へと跳んで、壁を蹴ってジグザグに僕へと向かってきた。
触手を壁のように展開し、ラコールさんを受け止める。
そのまま触手で捕らえようとしたが、ラコールさんは素早く触手を蹴ってまた後方へと跳んだ。
着地した際に、床の木材が勢いで派手に割れていた。
「〈雷纏装(らいてんそう)〉の一撃でもどうにもならないとは!」
ラコールさんが嬉しそうに笑う。
こ、このまま戦ってたら、ギルドが滅茶苦茶になる……!
触手の力は充分だけど、僕自身が未熟過ぎて捉えられない。
ラコールさんの動きに僕の目はまるで追い付いていない。
僕本体の移動速度は触手やラコールさんのように速く動くこともできないため、どうしても触手で防ぐ以外の戦い方ができない。
力押しすればどうにかなりそうだけど……多分それをしてしまったら、ほぼ間違いなくラコールさんの身体を押し潰すことになる。
「そうだ……!」
「これほど楽しいのは久々だ! 感謝するぞマルク!」
またラコールさんが突進してくる。
僕は触手で床を叩き、床の木材の破片や粉を宙へ飛ばした。
「ぐ、目眩し……!」
ラコールさんは速度を落とし、手で顔を庇った。
ラコールさんは眼帯を当てており、隻眼だ。
目眩しは充分に機能してくれた。
「小僧が、消えた……?」
彼の視界が潰れたその一瞬の内に、僕は触手を床へと叩きつけた反動で宙へと跳んでいた。
僕は触手ほど速く移動できない。
だけど、僕を触手で速く移動させることはできる。
「〈炎球〉」
僕は手のひらに、小さな炎球を浮かべる。
よし、上手く制御できた……。
僕はほっと息を吐く。
これで制御できずに、いつもの巨大炎球になったらどうしようかと思っていた。
「えいっ!」
宙より、軽く炎の球をラコールさんへと放った。
「上から……!?」
ラコールさんの肩に、炎の球が当たった。
小さな炎は、衣服を焦がすこともなく消えていった。
ラコールさんは呆気に取られたように自分の肩を見つめていたが、やがて深く息を吐き、構えていた大槍を下ろした。
「なるほど、これは俺の負けだ。言い訳もできない。ここまで付き合わせて……認めないわけにはいかないな、マルク。お前は今から、俺の権限で……特例としてB級冒険者への昇格だ」
ラコールさんは、ニッと優しげに笑って僕へとそう告げた。
戦いを見守っていた職員達から歓声が上がった。
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