第19話

「あ、あの子、認めさせるどころか、ギルド長相手に勝ってしまったぞ!」

「あの若さで……これは本当にとんでもないことだぞ」


 ギルド職員達が騒めく中、ギルベインさんは取って付けたような澄まし顔を浮かべていた。


「やれやれ、だから私は最初からそう言っていたのに。ここまでやるまで信じていただけないなんて、ギルド長もお人が悪いですよ」


「なんであなたが得意げなのよ……」


 ロゼッタさんが、呆れたように額を押さえていた。


『よくやったぞ、マルクよ! まさか触手を移動に用いるとはな。我も思いつきもせんかったぞ!』


 ネロが僕の足許へと寄ってくる。

 はち切れんばかりに尾を振っていた。


「……俺が向かうべきじゃないかと悩んでいたのだが、これだけの実力があれば迷いなくお前に任せられるな」


 ギルド長のラコールさんは、大槍を壁へと掛けると、僕の許へと歩いてきた。


「任せられる……何の話ですか?」


「マルク、突然で申し訳ないが、頼みたい依頼がある。実は昨晩、このベインブルクの領主であるタルナート侯爵家の御令嬢が誘拐された」


「き、貴族の誘拐ですか!?」


 それを聞いて驚いた。

 周囲の職員達は悲痛げな表情こそ浮かべているが、驚いている様子はない。

 僕以外に慌てているのはロゼッタさんだけだった。


「ど、どういうこと!? そんな一大事が起きていたなんて……ギルベイン、あなたも知っていたの!?」


「ああ、今朝聞かされたよ。一応私は、それなりにギルドでは信用を得ているからね」


 ギルベインさんが頷く。


「居合わせた私兵の話では……下手人は、斬られても魔法を撃ち込まれても、全く堪えていなかったそうだ。人外の域の巨漢であり、腕が落ちても、頭が砕けても笑っていた……と。そして、不死身の身体と剛力で私兵達を薙ぎ倒し、御令嬢を攫って窓から逃げたそうだ。まるでお伽話の化け物だな」


 ラコールさんが話を続ける。


「侯爵様の私兵の多くが、盗賊狩りの遠征で出払っている間に、冒険者狩りに令嬢の誘拐……。一連の事件は背後で繋がっていると、ギルドでは踏んでいる。奴の拠点こそ見当がついているものの、生半可な戦力では返り討ちに遭い……逃げられて、今度こそ行方が追えなくなってしまう。俺が向かう予定だったが……侯爵様は、ギルド長を不在にして、冒険者ギルドの機能を麻痺させる狙いかもしれないと警戒なされている。侯爵様は都市のため、最悪の場合は御令嬢の救出を諦めるつもりでおられる」


「そんなキナ臭いことになっていたなんて……」


 ロゼッタさんが苦い表情を浮かべる。


「マルク、都市ベインブルクを守るため……そしてタルナート侯爵家の御令嬢を救出するために、力を貸してもらいたい。子供相手に卑怯な言い方なのはわかった上で言わせてもらうが……恐らくこのベインブルクの中に、この依頼を熟せる冒険者はお前以外にいない」


 特例のB級昇格試験……というのは、僕の力を見るための口実だったらしい。


 ……怖くはあった。

 もしラコールさんの言う通り、ダルクと不死身の巨人が手を組んでいるとすれば、連中は大都市を相手取って何かを仕掛けようとしているのだ。


 それに彼らが組んでいるとすれば、ダルクを取り逃がしてしまった僕は、既にこの騒動に大きく関与してしまっているといえる。

 話の流れから察するに……僕が受けなければ、誘拐された令嬢の安否も絶望的になる。


「わかりました、ラコールさん。その依頼……僕に受けさせてください」


「よくぞ受けてくれた、マルク。大男の隠れ家の情報については、今他の冒険者に調査や情報の裏付けを行ってもらっている。お前にはここで待機してもらい……報告が上がり次第、奴の許へ向かってもらう」


「マルクが向かうなら、私も同行させてもらうわ」


 ロゼッタさんはそう口にして、ジロリと催促するようにギルベインさんの方を向いた。

 ギルベインさんは視線を受けて、頼りなさそうにびくりと肩を跳ねさせ、そっと彼女から視線を逸らす。


「ロゼッタさんが来てくださるなら、心強いです……」


 しかし、ラコールさんは首を横へ振った。


「不死身男の襲撃で重傷を負った私兵には、B級冒険者相応の者もいたという。戦闘自体が非推奨……少人数の方が適している。それにB級冒険者程度では、今回の依頼では足手纏いになる。実際、お前は、ダルクとやらの襲撃に対して何かできたのか?」


 ラコールさんの言葉に、ロゼッタさんが唇を噛んだ。


「そ、そうですか、はは、残念だなぁ。私もマルク君のアニキ分のB冒険者として、力を貸してあげたかったのだけれど」


 ギルベインさんが声高にそう主張し、ロゼッタさんに睨みつけられていた。


「僕としては、冒険者としての経験が長く、判断力のある御二方がいてくれると心強かったのですが……」


 僕が不安げに肩幅を狭めると、ギルベインさんがぽりぽりと頭を掻く。


「……やめてくれたまえ、マルク君。その……そういう純粋な反応をされると、罪悪感が出てくる」


「では、頼んだぞマルク。敵との接触は避けるのがベストだ。不死の巨人の手から、タルナート侯爵家の御令嬢を救出してくれ」

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